第132話 計画(2)
「あら。『噂をすればオーガ』ってやつね! さ、タクマ、開けてみなさいよ!」
リロエが目を輝かせてそう促す。
僕は早速封書を開いて、中の二つ折りにされた手紙を取り出した。
「うん。ええっと――
『親愛なるタクマ=サトウご一行様。この度、アレハンドラが育んだ勇者 アルセが各地で志を共にする英雄を集めるという難行を果たし、世の人々を苦しめる諸悪の根源たる魔王の討伐を目的とした救世軍を組織するために、凱旋致します。それに伴い、私たち救世軍後援委員会は、この偉大なる勇者たちを祝福すべく、壮行会を催す運びとなりました。しかしながら、本壮行会を準備するにあたり、一つの大きな問題が発生したのです。と、申しますのも、不届き者が、あろうことかスタンピードで世界が苦しんでいるこの時期に魔族と共謀し、本会場付近で隠しダンジョンを拡大していたのであります。さらに不幸なことには、隠しダンジョンはおよそ60階層にも及び、並の戦士では対処できない段階にまで達しており、このままでは晴れ晴れしい壮行会を開くことはできないと、我々は途方にくれております。
そこで、まことに不躾なお願いとは知りつつ、魔将の討伐で名高い、英雄タクマ=サトウ様とご同道のお仲間方に、是非ご助力願えないかとこうして筆を執った次第です。
つきましては以上の件に関して、前向きにご検討頂けませんでしょうか。
もしお引き受けくださるならば、アレハンドラと後援委員会は最大限の待遇をもって皆様を歓迎することをお約束致します。
※ 追伸 早急に危難に対処しなければならない都合上、他の地方の有力者の方々にもお声かけさせて頂いているため、その場合は図らずも隠しダンジョンの攻略を競う形になってしまうかもしれません。また、場合によっては、皆様のアレハンドラ滞在中に勇者一行が帰郷し、その正義感故に隠しダンジョン攻略に乗り出すこともございますので、ご承知おきくだされば幸いです。 救世軍後援委員会 会長 アルベルト=シューバッハより』 だって」
僕は装飾的な文章を、ゆっくりと読み上げる。
「ああ! もう! 長いわね! つまりどういうことよ!」
リロエが苛立たしげに叫ぶ。
「婉曲な表現をしておりますけど、要するにワタクシたちに、壮行会で勇者たちの引き立て役になれということですわね」
ナージャがそうぶっちゃける。
「然り。アレハンドラの防衛軍は隠しダンジョンを見逃すほど貧弱ではござらん。おそらく、地元で勇者一行の見せ場を作る目的で、わざと隠しダンジョンを放置していたのでござろうな」
レンが渋面で頷く。
「なによそれ! 創造神様に対する反逆行為でしょ!」
リロエが眉を潜めた。
「……これが、シャーレの言っていた『興行』ってこと?」
僕はさっきほどのシャーレの発言を思い出し呟く。
「そうでしょうね。各国の英雄たちに競わせて隠しダンジョンを攻略させるのを、目玉のイベントにするつもりなのですわ。『勇者は他の地方の英雄とは比較にならないほど強い』というのが目に見える形で明らかになった方が、愛郷心が盛り上がりますもの」
ナージャが皮肉っぽく言って、口の端を歪める。
僕たちは、噛ませ犬ということか。
「えっと、でも、依頼そのものの内容はどうなんでしょうか。最大限の待遇ということは、宿とかもいい所に優先して泊めてくれたりしませんか? もしそうなら、ハネムーンにもってこいの条件だと思います」
ミリアが控えめに片手を挙げてそう発言した。
「確かに、隠しダンジョンの攻略は極端な話、最初の10~20階層くらいでお茶を濁して撤退してしまえばいいだけですものね。どうせ、私たちが活躍することは期待されていないみたいですし――テルマ。詳しい条件は判明しておりますの?」
「してる。結論からいえば、隠しダンジョンの攻略達成報酬自体はかなり低い。これはおそらく、皆の言う通り、他のチームのやる気を抑えて、勇者一行に手柄を立てさせるため。だけど、旅費と滞在費は向こう持ちだから、確実に損はない。しかも、宿泊先は『グリーンウッドホテル』のスイートルーム」
テルマはそう言って、再び懐から取り出した情報誌をカウンターに広げた。
「『グリーンウッドホテル』!? Aランクのホテルじゃありませんの! しかもスイートルームとなれば、平時でも一年待ちくらいは普通と聞いてますわよ!」
ナージャが興奮気味にまくし立てる。
「そんなにすごいんだ。僕たちのパーティも随分高く評価されたものだね」
僕は驚きと共に目を見開いた。
客観的に見て、マニスでは間違いなく僕たちのパーティは三本の指には入る実力があると思うが、世界基準でいえば、もっと強い人たちがごろごろいるはずなのに。
「パーティというよりは、タクマに対する礼儀。タクマのように一人で魔将を倒した英雄は中々いないし、その上貴族まで兼ねている。それほどの人物を事前の折衝もなしに急に呼びつけるなら、これくらいの待遇をしないと外交的に失礼になる」
テルマが補足するように言う。
「ともかく、この依頼、断る理由がないですわ! たとえ報酬がゼロでも、スイートルームがタダになるだけで十分におつりが来ますわよ。適当に仕事をこなしつつ、祭りが終わるのを待てば人も減るでしょうし、そのまま、まったりハネムーンにも突入できますもの!」
「――ドラゴン殺しは糞でも使う」
スノーがぽつりと呟く。
『利用できるものはなんでも利用しろ』ってことかな?
「ま、どのみち、行くんだったら祭りの後より、祭りの最中の方がおもしろいわよね。このホテルも自然が多くて素敵だわ」
リロエがテルマの情報誌に挿入されたイラストを見て呟く。
「このスイーツもすごくおいしそうですねー」
ミリアが情報誌の『名物』の欄を読んで涎を垂らす。
どうやら、みんなこの依頼に乗り気なようだ。
「少々お待ちくだされ。依頼は確かに魅力的でござるが、この厚遇は主の名声と引き換えの産物ではござらぬか? 隠しダンジョンの攻略合戦で勇者に後れを取ったとなれば、少なからず主の英名に傷をつけることになりはしませぬか」
レンがそう懸念を表明する。
「僕の名声なんてどうでもいいよ。他の人がどう思おうと、僕は僕の身近な人たちが評価してくれれば、それで十分だから」
僕はそう即答する。
むしろ、世間には『タクマ=サトウは大したことない』と侮ってもらった方が、厄介な依頼が持ち込まれる可能性が減ってちょうどいいくらいかもしれない。
それに勇者は、一般に『ヒトサイドで一番強い存在』と認識されているから、それに負けても別に恥ではないと思うし。
「はっ。されば何も問題はござらぬ。差し出がましいことを申しました」
レンがかしこまって頭を下げる。
「ううん。気を遣ってくれてありがとう。レン。――テルマもこの依頼を受けるっていうことでいいかな」
「いい。このホテルは、私が最も泊まりたかった所だから」
こうして、僕たちはアレハンドラへと出発することになった。
仕事をしながらハネムーンなんてちょっと味気ないかもしれないけど、それはそれで冒険者っぽくて、決して悪い気分ではない僕だった。
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