第131話 計画(1)
こうしてたくさんの嫁が増えた朝、僕は、盛り上がった勢いのまま浮かれる女性陣に連れられて、ミルト商会へと足を運んだ。
通貨の両替とか、宿泊先の手配とか、ハネムーンの諸々の準備をするためだ。
僕たちが受付の人に用件を伝えると、シャーレを呼んでくるから待つようにとのことで、応接室に通される。
「ちっ。人様がお前らの領地の開発をおっ
応接室にやってきたシャーレは、頭を掻きならがそう嫌みを言った。
目の下に隈をためているところをみると相当忙しそうだし、疲れて苛立っているのかもしれない。
「あら。ワタクシたちは別に他の商会に用事をお願いしても構いませんのよ。そうしたら、困るのはワタクシたちのつなぎ役をしているあなただと思いますけれど」
ナージャがすまし顔で答える。
「はいはい。わかってるって。お仕事を恵んでくださってありがとうごぜえます! ――んで、どこに行くつもりなんだ?」
シャーレは切り替えるように彼女自身の頬を叩くと、僕たちの向かいに腰かけた。
「アレハンドラ。宿はこのAランクの中のどれかを予約したい」
テルマが情報誌を取り出して、チェックした宿のいくつかをシャーレに見せる。
「アレハンドラ? それはちょっと難しいんじゃねえか」
シャーレが渋い顔で腕組みする。
「なんでよ! まさかあんたもタクマの嫁になりたくてゴネてるんじゃないでしょうね!?」
「んな訳ねーだろアホ! 最近届いた情報だけどな、アレハンドラでは近々勇者一行の『救世軍壮行会』が催されるらしい。情報が届くラグを考えたら、今頃向こうはもうお祭り騒ぎだろうな。今から予約を入れようとしても宿がいっぱいの可能性が高いし、観光するにも人が多すぎてタルいと思うぞ」
リロエのとんでもない邪推に食い気味で突っ込んだシャーレがそう言って肩をすくめる。
(普通の会話に勇者っていう単語が出てくるって、やっぱり異世界はすごいよなあ)
この世界には、確かに勇者という特別な力を持った存在がいる。
それは、血統や家柄で決まるのではなく、『モンスター(魔族を含む)相手限定で戦闘能力が劇的に向上する天分を持った者』を指す称号らしい。
僕も実物を見たことはないけれど、冒険者同士の与太話にはよく出てくるので、知識としては把握していた。
「あら。もうそこまで話が進んでましたの? ワタクシの知るところでは、確か勇者は魔王討伐の仲間集めに各地を遍歴していたはずですけれど」
ナージャが目を見開く。
「それが終わって、満を持して勇者の故郷のアレハンドラでお披露目って訳だな。まあ、時期的には妥当だろ。オレらの地域はタクマの活躍もあって、何とかスタンピードからの防衛に成功したが、今回の襲撃は規模がヤバくて、世界の中にはいくつかは魔族に領土を押し込まれた国もあるみたいだからな。そういう地域を勇者様が解放しながら、魔王をぶっ殺しに『救世』の旅へ出発ってことだ」
シャーレはニヒルな口調で頷いた。
「……その魔王を倒したら、世界は平和になるのかな?」
「過去の記録によれば、魔王が討伐されてから少なくとも30年は、スタンピードが小康状態になるとされておりまする」
レンが僕の疑問に答えて言った。
「30年なんて一瞬じゃない。どうせまたすぐに新しい魔王が誕生するんでしょ?」
リロエが呆れ顔で呟く。
「世界各地に事実上攻略不能なダンジョンがある以上、全ての魔族を倒すのは不可能だから、根本的な解決にはならない」
テルマが冷静に呟く。
「まあそう言うな。『救世軍』は一種の興行的な側面もあるんだよ。物語や劇では勇者一行ばっかりがクローズアップされるが、実際は、露払いの兵士やら冒険者やらもわらわら同行するからな。金や物ががっつり動く、世界の一大イベントだ。スタンピードで人の行き来が減って冷え込んだ経済を温める絶好の機会なんだよ」
シャーレが割り切ったような口調で呟く。
「えっと、ともかく、ハネムーンはその『救世軍壮行会』が終わるの待つ形で時期をずらした方がよさそうですかね?」
ミリアが控えめに、脱線しつつあった話を本筋に戻す。
「まあその方が確実ですわね。せっかくのハネムーンですし、安易に妥協したくはありませんわ」
ナージャが肩をすくめて言う。
「……ドラゴンは贄が来るまで爪を研ぐ」
スノーがテーブルに頬をつきながら呟いた。
「『果報は寝て待て』ってこと?」
僕は即座にそう補足した。
「はあー。じゃあ、ともかく今日は普通に仕事ってことね」
リロエがため息一つ肩を鳴らす。
「それがよろしかろう。アレハンドラは逃げませぬ」
レンが膝立ちの格好から立ち上がって頷く。
「ちょうどいい。そろそろ冒険者ギルドも営業を開始した頃」
テルマが窓の外の昇りつつある太陽を見遣って言う。
「じゃあ、みんな行こうか。――シャーレ。手間をとらせて悪かったね」
「おう! お前らもキリキリ働けよ!」
シャーレと別れた僕たちは、そのまま冒険者ギルドへと出向く。
「それで? 今日はどんな任務がありますの?」
ナージャが、手持無沙汰にカウンターを指の腹で叩きながら尋ねた。
「今確認してくる――」
テルマがカウンターの奥へと向かう。
そして、数分で戻ってきた。
「……タクマたちにアレハンドラから指名で依頼が来ている」
神妙な顔をしたテルマが、その手に持った茶色の封書を、僕に差し出してくる。
そこには――
「『タクマ=サトウご一行様へ 救世軍後援委員会』?」
そんな文言が、きらめく金色のインクで記されていた。
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