第130話 告白(2)

「これって、もう仲間内のほとんどタクマの嫁ってことよね……こうなったらウチもタクマと嫁になるしかないわ!」


 ミリアの行動を観察していたリロエが、一方的にそう宣言する。


 そのまま彼女は空中にふわりと浮き上がり、僕の首を脚で挟んだ。


 まるで肩車をしているような格好だ。


「リロエ? 何を言ってるの?」


 テルマが頬をひくかせながら、笑ってない目でリロエを見つめる。


「ね、姉様。怒らないでください。だ、だって、他のみんなが結婚しているのに、ウチだけ結婚しないと、『人間やドワーフの嫁はとるのに、エルフの嫁はとらないのか』ってタクマとエルフの里との関係にひびが入るかもしれないじゃないですか……。ウチはタクマと里のみんなをつなぐ役割を期待されてここにいる訳ですし」


 リロエが、両手の人差し指をいじり合わせて呟く。


 また政治か。


「……そういうことなら、僕がエルフの里の人たちに丁寧に何度でも説明するよ。いくら里のためだからって、その気がない相手と結婚する必要はないからさ」


 国レベルならともかく、エルフの里の人は人数が限られている。


 僕が丁寧に事情を説いて回れば、きっと分かってくれるだろう。


「そ、その気はあるわよ。前にも言ったけど、ウチはあんたのことが嫌いじゃないっていうか、側で見ていると、毎日どんどんたくましくなっていくのが分かるし……」


 リロエがこの近距離なのに聞き取れないような小声で、もにょもにょと何かを呟く。


「リロエ。ダーリンは朴念仁ですから、はっきり言わないと伝わりませんわよ」


 ナージャが助け船を出すように言った。


「ああもう! そうよね! こいつはそういう奴よね! つまりあんたが好きってことよ! これで分かるでしょ!」


 リロエが開き直ったように叫んだ。


「リ・ロ・エ?」


 テルマがリロエを僕から強引に引きはがす。


「も、もちろん、好きと言っても姉様の次に、ですよ? ウチの一番は姉様ですし、タクマの一番は姉様で構いませんから! 嫁になれば、姉様の側にずっといれるっていうのも、ウチがタクマと結婚したい大きな理由の一つですし!」


 リロエがテルマに遠慮するように、両手をブンブンと振って言った。


「……そういうことなら仕方ない。私の妹だから特別」


 テルマが渋々といった様子で頷いた。


 これは妹に甘いということなの……か?


「あの、一応、僕にも意思ってものがあるんだけど……」


 僕は小さく手を挙げて、ささやかな抗議をする。


「なによ。文句あんの?」


 リロエが唇を尖らせて僕をめ付ける。


「いや、リロエは素敵な人だけど、女性として見られるかと言われると……。ね?」


「ふーん。じゃあ、今からウチが服を脱いでも、あんたは絶対に欲情しないのね。ウチ、こう見えて結構着やせするタイプなんだけど」


「――結婚してください」


 リロエがそう言って本当に服を脱ごうとしたので、僕はあっけなく降参した。


 多分、九割九分九厘大丈夫だと思うが、万が一、リロエに反応してしまった場合、僕は僕のアイデンティティーを保てる自身がない。


 いや、リロエの年齢的にはロリコンというよりむしろ熟女好きの範疇なのかもしれないが、ともかく自分の節操のなさが許せなくなりそうだ。


「――主」


 それまで沈黙を守っていたレンが、やおら口を開いた。


「……まさか、レンまで結婚がどうの言い出さないよね」


 僕は錆びたロボットのようにぎこちなく首を動かして、レンを見つめる。


「ご安心くだされ。吾は主に無体を申し上げて困らせるようなことは致しませぬ」


 レンは阿吽の呼吸で頷いた。


「そう。助かった」


 僕はほっと息を吐き出す。


 さすが、しもべを名乗っているだけあって、僕のことをよくわかって――


「されど、一度に五人もの妻を抱えれば、肉体的にも精神的にも色々と不満が溜まることもござろう。そのような折には、遠慮なく吾に鬱憤うっぷんを吐き出してくだされ。言うなれば愛人でござるな」


 くれてないな。


 これ。


「いや、愛人は愛人でどうかと思うよ?」


 僕は首を傾げる。


「なるほど……。その手がありましたわね。いいポジショニングですわ」


「――金の剣より鉄の槍」


「はえー。大人ですねー」


「手強い」


「年中発情している奴にしか思いつかない発想ね」


 しかし、他の女性メンバーは、何やらしきりに感心しているようだ。


「――五人もお嫁さんがいるのに、愛人まで出来たら手が回らないと思うんだけど……」


「今はそうお考えなのも無理はございませぬ。されどたくさんの愛妾をもたれた貴族のお歴々を吾は数知れず見て参ったのでござる。その経験から申し上げれば、いずれ吾が必要になる時がやってくると愚考致しまする」


 僕の控えめの抗議に、レンが自信ありげに呟いた。


「うん。わかった。なるべく迷惑かけないように頑張るよ」


 これ以上突っ込んでも藪蛇になりそうなので、僕はそう言って話を打ち切る。


 うん。


 まあ、僕に強い意志さえあればレンを愛人にせずに済む訳だし。


「ふう。ともかくこれで、パーティメンバー全員タクマの女ということで丸く収まりましたわね」


 ナージャがほっとしたように手を叩く。


(……丸く?)


 収まったのだろうか。


 むしろ、色んな方向に尖り過ぎた結果、一つの棘が目立たなくなっただけなんじゃないだろうか。


(でも、三角形よりは六角形の方が落ち着いてる感はあるか?)


 そう無理矢理自分を納得させることにする。


「ねえねえ! じゃあ、みんなでどっか遠くに遊びにいかない!? ウチは里の外の風習にはあまり詳しくないけど、ヒトの金持ちは結婚したらハネムーンっていう旅行に行くって聞いたわよ!」


 リロエがビシっと手を挙げて、そう提案する。


「あ! いいですね! 皆さんで旅行、とっても楽しそうです!」


 ミリアが手を合わせて目を輝かせる。


「ふむ。怠慢は悪にござるが、ここのところずっと働き詰めでござったからな。たまには身体を休めることも肝要にござる」


 レンがそうもっともらしく言って頷いた。


「……三歩進んで二歩は寝る」


 スノーうつらうつらしながら呟いた。


 どうやらレンの意見に賛成ということらしい。


「そうこなくっちゃいけませんわね! でしたら、旅行先は絶対にアレハンドラがいいですわ! ありとあらゆる物と人が集う、世界の中心ですもの。ワタクシたち全員が満足できるはずです!」


 水を得た魚のように活き活きとし始めたナージャが、猛烈にその地名をプッシュする。


 そんなにすごい所なのか。


「確かに、マニスがカップルや新婚夫婦にとったアンケートでも、アレハンドラは、行きたい旅行先のランキングで常に一位を取っている」


 テルマが懐から、情報誌っぽい何かを取り出して指を差した。


 いくつも線を引いてある所をみると、昨日の内に下調べをしていたのか?


「そうでしょうそうでしょう。一生に一度のハネムーンですもの! ぱーっと、派手に参りましょう! 最先端のファッション! エンターテイメント! 美食! ありとあらゆる娯楽がワタクシたちを待っています!」


「アレハンドラですかー。噂でしか聞いたことがありませんけれど、世界中のおいしいものが集うと聞いたことがあります! 高いお店だけじゃなくて、屋台のようなリーズナブルな所もレベルが高いらしくて……」


 ミリアが涎を垂らして呟く。


「然り。吾は諜報の任務で何度か足を運んだことはござるが、あの地の魅力を味わったことはありませぬ故、後学の為、興味がござる」


 レンがテルマの情報誌を覗き込みながら呟いた。


「つまり、外の世界で一番すごい街ってことなのよね!? おもしろそう! あっ、でも人が多すぎると酔っちゃうかもしれないけど」


 リロエが忙しく表情を変えながら、期待と不安の入り混じった顔を作る。


「問題ない。本当に、アレハンドラには『何でもある』と聞いている。街の中に森や海のような自然も内包しているらしい」


 テルマが情報誌の一節を指差して言った。


 口を挟む暇もないまま、どんどん話が進んでいく。


 どうやら、結婚同様、ハネムーンもまた、僕に拒否権はないらしい。


==============あとがき================

拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

そういうことになりました。

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