第129話 告白(1)
「――そういう訳で、僕は実はこの世界の人間じゃないんだ。本当なら死んでいたところを、創造神様の恩情でこの世界で第二の人生を送らせてもらうことになったんだよ」
翌日の朝食前、僕は広間にみんなを集め、この世界にやってきた経緯を一から説明した。
生まれつき身体が弱く、人生の大半を闘病に費やしていたこと。
母のことと――父のことも少し。
それから、神様がくれた『生きているだけで丸儲け』の天分のことまで。
「ぐすっ。タクマさん、苦労されたんですねっ! できることなら私が代わってあげたかったです!」
ミリアが僕に共感したかのように、瞳に涙を浮かべて呟く。
「――なんか色々納得できたわ。あんたがたかだか十数年しか生きてないのにめちゃくちゃ強いことも、人間なのに精霊魔法を使えることも、創造神様のおかげだったのね」
リロエが腕組みして、うんうんと頷いた。
「つまりは、主は苦難の人生を戦い抜いたことを評価され、創造神様の祝福を受けた御身だということにござろう? ご立派なことでござらぬか」
レンは、前と変わらない敬意の
「……空には神の目、地底に耳、地上には鼻」
スノーがミルクを飲み干してから、ぽつりと呟く。
『全ての行いをお天道様は見ている』的なことだろうか。
「えっと、それだけ? 異世界人の僕を、怖いとか、気持ち悪いとか、思ったりしない?」
想像していたよりもあっさりとした周囲の反応に面食らった僕は、思わずそう尋ねた。
みんな、僕に気を遣ってくれてるだけとかじゃないだろうな。
「別に何とも思いませんわ。タクマがちょっと普通の人と変わってることはしばらく一緒にいれば分かることですし。大体、考えてもごらんなさいな。この世界にワタクシたちの行ったことのない外国がどれだけあると思っておりますの。ワタクシの知らない異文化圏で暮らしていたというなら、外国人だろうと異世界人だろうと、大差ないですわよ――というか、そんなことをいちいち気にするなんて、乙女のごとく繊細でかわいらしいですわね。あなた」
僕の右隣に座ったナージャはそう言うと、いつもと同じからかうような口調で、僕の頭を撫でてくる。
「確かにタクマが私たちと異なる価値観を持つ特殊な環境で育ってきたことはすでに察しがついていた。そして、ナージャの言う通り、それが遠い外国だろうと、異世界だろうと、私にとっては大差ない。むしろ、こうして素直に秘密を打ち明けてくれたことが嬉しい」
左隣に座ったテルマが、テーブルの下でしっかりと僕の手を握って呟く。
「そっか……。みんな、僕を受け入れてくれてありがとう。でも、本当にいいの? 僕の強さはいわば創造神様から貰ったズルみたいなものなのに、まるで自分の物のように力を振るって。幻滅しない?」
僕はそう言って周りの顔を
できる限り力はひけらかさないようにしてきたつもりだけれど、それでも僕は生活のために、躊躇なく神様からもらった『生きているだけで丸儲け』の力を利用してきた。
そんな生き方を仲間たちはどう思うのだろうか。
「んー。私には難しいことはよくわかりませんけど、もしタクマさんがずるいとしても、それと同じくらい偉いと思います。だって私は、タクマさんが頑張ったおかげで救われた命をいくつも見てきましたから」
ミリアがしばらく考えてから呟く。
「然り。吾も主に創造神様のご加護がなくば、お役目を果たすことはできなかったはずでござる。そもそも、全ての生きとし生ける者は生まれながらに不平等なもの。身分も地位も性別も能力も、望んで手に入れられるものではなく、だからこその人生のおもしろみがあると、吾は愚考致しまする」
レンは噛み締めるように言って瞳を閉じる。
「ええ。レンの言う通りです。例えば、ワタクシがこのように美しく生まれてきたのはワタクシの力ではありませんけれど、そこに負い目なんて微塵も感じませんわね。だって、生まれ持った美しさに磨きをかけたのはワタクシの努力の賜物ですもの。タクマの能力にも同じことが言えるのではなくて? 生き方に応じて基礎能力が上がる天分なのですから」
ナージャが堂々と髪をかき上げて呟く。
「そう。力を与えられた経緯より、それをどう使うかが大事。私の知る限り、タクマは一度も力を濫用したことがない。タクマはいつもできる範囲で自分以外の誰かのために戦ってきた。そんなあなたを、誰にも責める権利なんてない」
テルマが深く頷く。
「そうかな……。みんなにそう言ってもらえると、僕もちょっと気が楽になるよ」
僕は微笑を浮かべて頷いた。
いまだに与えられた力への罪悪感がないではないが、皆が評価してくれたように、これからも無理のない範囲で誰かを助けられればいい。
今は素直にそう思っておくことにする。
「っていうか、そんなことより姉様――なんで急にタクマと仲良くされてるんですか! なんかさっきからずっと手を握り合っていますし!」
僕の一世一代の告白を『そんなこと』で流したリロエが、テーブルの下を覗き込み、目敏く僕たちを見咎める。
「これ? タクマと私は結婚することになった。だから、手をつなぐくらいは当然」
テルマは本当に当然のごとくそう言い放ち、僕とつないだ手を掲げた。
「え? え? え? えー! もうー! もう! もう! もう! またまたまた抜け駆けですか! いくら私でも完全に怒りました! タクマさん! こうなった以上は私とも結婚してもらいます!」
ミリアが牛みたいな鳴き声と共に、テーブルを叩いて椅子の上に立ち上がる。
「いやいやいや。ミリア。ちょっと落ちついて。そういうことは勢いで言うことじゃないよ?」
僕は一端テルマとつないでいた手を放して、ミリアをなだめる。
「勢いで言うことですよ! だめなんですか!? 私より付き合いの短いスノーさんとも婚約されたんですから、私としてくれてもいいじゃないですか!」
ミリアはそう叫ぶと、椅子からジャンプして僕の首筋にガシっと抱き着いてくる。
「いや、そう言われると返す言葉もないけど……、見ての通り、僕はすでに三人と婚約している状態だよ? それを分かった上で言ってる?」
僕はミリアの脇の下に手を入れて、彼女を目線の高さまで持ち上げる。
「わかってます! 私はお三方とも大好きなので、一緒に家庭を築いても上手くやっていけると思います! ドワーフは元々集落全体で一つの家族みたいなところがありますから、そういうのは得意なんです! それに、私とタクマさんじゃ一対一だと釣り合わないですし、正直、他のお嫁さんの中の一人っていう方がかえって落ち着くかな、なんて、思ったもするんです」
ミリアは早口でそう主張すると、自嘲気味に笑った。
「いや、そんなに自分を卑下しなくても……」
「じゃあ、私とだけ結婚してくれるんですか!?」
「ごめん。それは無理」
僕ははっきりとそう答えると、肩を揺さぶってくるミリアから視線をそらした。
スノーやナージャとの婚約を解消するのは政治的に難しいし、テルマとのそれをなかったことにするのは感情的に受け入れられない。
「うわーん! じゃあ、やっぱり私を四人目のお嫁さんにしてくださいー!」
ミリアが僕の胸に顔を押し付けて泣きわめく。
「でも……」
「タクマ。あなたにミリアへの女性としての好意が少しでもあるなら、受け入れてあげなさいな。実際、パーティ内にワタクシとスノーがいて、家ではテルマまでいるのでしょう。好きな殿方が目の前で延々と他の女性といちゃついているのを見せられるのは、正直地獄ですわよ。結婚という私的なイベントに持ち込む事情ではないですけれど、ぶっちゃけこのまま放置しておくと、パーティの存続にも関わってくる問題ですわ」
ナージャが逡巡する僕をみかねたように口を挟む。
「……いや、ミリアのことは普通に女の子としてかわいいとは思うけど、本当にいいのかな。こんなノリみたいな形で人生の重要事を決めちゃっても」
「いいんです! 私がいいって言ってるんだからいいんじゃないですか!」
僕の迷いを吹き飛ばすようにミリアが顔に胸を押し付けてくる。
柔らかい。
色香に惑った訳ではないが、ミリアがここまで言ってくれるなら、僕も逃げる訳にはいかない。
「あ、ありがとう。こんな僕でよければ、これからも夫婦としてよろしく」
僕はミリアを抱き上げて、瞳をじっと見つめて囁く。
「はい!」
ミリアは満面の笑みでそう返事をすると、そのまま僕の膝の上へと腰を下ろすのだった。
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