第128話 清算(2)
「あ、あの、それは、もしかして、エルフの里との絆を深めるとか、そういう意味で?」
ここ最近ですっかり政略結婚のような打算的な目論見に慣れてしまった僕は、思わずそう尋ねてしまう。
「実家は関係ない。私がただタクマを男性として愛しているだけ」
テルマは首を横に振って、きっぱりと僕の懸念を否定する。
「……そっか。すごく、すごく嬉しいよ。僕もテルマのことが好きだよ。ヒトとしても、女性としても、ずっと側にいて欲しいと思ってる」
今日ナージャに教えてもらった基準を援用するなら、僕は間違いなくテルマのことが好きだ。
彼女が他の男と結婚する将来を想像すると、胸が張り裂けそうになる。
「本当!? 嬉しい!」
テルマが僕の首筋に抱き着いてくる。
全てを委ねたくなるような甘い香りが、ふわりと僕を包み込んだ。
「ま、待って! でも、テルマも知っての通り、僕は、すでにスノーやナージャと婚約しているんだよ!? そんな僕でもいいの?」
僕は勢いに流されそうになる本能を必死に押しとどめて、テルマを押し返した。
ナージャは自由を愛する人だから、束縛されたくないし、束縛したくないというクールな価値観の下で生きている。
スノーは貴族の生まれだからか、それとも武力を偏重する環境で育ったからか、男女関係には寛容みたいだ。
でも、テルマは今までの言動に鑑みるに、潔癖な男女観をもっているみたいだし、一夫多妻を許しそうな雰囲気がない。
彼女を不幸にしないためには、その辺を曖昧にはしておけないだろう。
「……タクマが他の女性と親密にしているところを見るのは嫌。すごく苦しい」
「――だよね。じゃあ――」
「でも、このまま指を咥えてタクマが他の女のモノになるのを見ているのはもっと嫌。だから、我慢する」
テルマは、『やっぱり僕なんかと結婚しちゃだめだ』と言おうとした僕の口を人差し指で塞いで、言葉を重ねる。
「……そういうのは、上手くいかないと思うよ。我慢はいつか爆発する」
「タクマの言う通りかもしれない。きっと私はあなたが他の女性といたら、嫉妬もする。すねたり、怒ったりもする。でも、最終的にタクマにとっての一番が私なら、それでいい」
テルマは言葉を選ぶように呟く。
『みんな平等に愛している』。
本音で、そう言えたならどんなに素敵なことかとは思うけれど、やっぱり僕も完璧には程遠い人間だ。
今婚約している三人に向ける好意に優劣はないが、性質の違いはやっぱりある。
ナージャへ抱く感情は、半分は男女としての愛情だけれど、もう半分は友情みたいなところもあると思う。
スノーは放っておけない感じはあるけど、それは男女間の愛情というよりは庇護欲に近い親愛の情だ。
そして、テルマへの感情は、非常に難しい。
家族に抱くような親愛の情と、恋人に対する愛情が不可分な程に結びついてしまっているから。
でも、深く自分の心を探ってみれば、少なくとも6割くらいは、男女的な愛の側面が強い気がした。
そういう意味では、今の僕の一番はテルマということになる。
でも――
「嘘偽りなく、今この瞬間、僕はテルマのことが誰よりも一番好きだよ。でも、10年後。20年後もそうだとは、言いきれない。何があっても、家族としてはテルマのことを一生愛せると誓えるけれど、女性としてもそうかまでは……」
テルマを傷つけてしまうかもしれないけど、それが今の僕の正直な気持ちだった。
人の気持ちに永遠はない。
多分、僕の父親も、結婚した時点では母を心から愛していたのだと思うけれど、結果的には上手くいかなかった。
いつか僕にも母や父のような心の変化が訪れないと、どうしていえるだろうか。
「構わない。私は、常に私をタクマの一番の女性でいさせる自信がある」
「えっと――それはどうして?」
日ごろは謙虚なテルマがみせる圧倒的な自信に、僕はどうしてもそう尋ねずはいられなかった。
「スノーもナージャも純粋な人間。でも、私はハーフエルフだから、他の二人よりも年を取るのが遅い。一般的に、恋愛は若い時ほど輝くもの。だから、若い期間が長い私の方が、より多くのときめきを、タクマに提供できる可能性が高い」
彼女の回答は極めて論理的で、こんな時までテルマはテルマなんだなあ、と僕はなんだかよくわからない感心をしてしまう。
「なるほど……。でも、それだと、よくよく考えてみれば、僕はテルマよりもずっと早く亡くなってしまうってことになるよね。テルマが僕を愛してくれればくれるほど、きっと後が辛くなる」
先に逝く方はある意味で楽だけれど、残された者の悲しみは死ぬまで続く。
普通の人間同士の夫婦なら、両方とも寿命まで生きれば、そのラグはせいぜい十年だろうが、テルマの場合は、それが、何十年――いやひょっとしたら百年以上も続くかもしれないのだ。
「……母様が言ってた。失うことを恐れて、一歩踏み出すことを戸惑えば、待つのは後悔だけだって。だから、私は恐れない。――老いのことは、タクマは何も心配しなくていい。私が死ぬまで面倒を見る。あなたがお爺ちゃんになっても、私を私だと分からなくなるまで衰えてしまっても、それでも愛し続けるとここに約束する」
テルマが僕の頭を撫でながら囁く。
深くて、広くて、温かい、彼女の無窮の愛を感じた。
「ありがとう。そこまで言ってくれるなら、僕からも改めてお願いするよ。テルマ。僕と結婚して欲しい。――もし僕が君より早く逝ってしまうとしても、残りの人生をずっと幸福な回想で満たせるほどの思い出を、生きている間に作ってみせるから」
「特別なことは望んでいない。タクマが側にいてくれれば、それだけで私は幸せ」
テルマが満面の笑みで、僕の胸に頬を擦り付けてくる。
(……そろそろ、僕の生い立ちも伝えなきゃな)
愛おしい彼女の頭を撫でながら、僕はそう腹をくくる。
ここまで深い関係になった以上、テルマに――もちろん、他の二人の婚約者にも――いや、むしろ仲間全員に、話す時が来たのかもしれない。
僕が異世界人だという事実を。
どういう反応が返ってくるか正直心配だ。
けど、これ以上隠し事をしておくのは、仲間として心を許していないみたいで、やっぱり不誠実だと思うから。
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