第127話 清算(1)
「――と、いう訳で、ワタクシとタクマは婚約しましたから。ね、ダーリン?」
みんな揃っての家の広間での夕飯時、ナージャが皆にそう報告しながら、戯れにスプーンでスープをすくって、僕の口元にもってくる。
「もうここには仲間以外はいないんだから、僕たちの仲をアピールする必要はないよ」
一応、飲むには飲んだが、追加の羞恥プレイはやんわりと拒否した。
「あら、そんなに照れなくてもよろしいでしょう。夫婦になったらもっと恥ずかしいこともするんですのよ?」
ナージャがクスクスとからかうように笑う。
「もう! 目の前でいちゃいちゃしないでください! ナージャさんまで抜け駆けするなんて! あの時はびっくりしてご飯を喉に詰まらせちゃうところでしたよ!」
ミリアがやけ食いするように、口にパンを詰め込みながら呟く。
昼もたくさん食べたはずなのだが、まだまだ彼女の胃袋には余裕があるらしい。
「主、おめでとうございまする。カリギュラ側とのバランスを考えれば当然の成り行きでござるが、慶事が重なりまするな」
レンは落ち着いた口ぶりで僕を祝福した。
情報通のレンは、ある程度この展開を予想していたのかもしれない。
「ほんと人間って年中発情期よねー。っていうか、スノー。あんたはタクマが二重に婚約してても何も文句ない訳?」
リロエがサラダをモシャモシャ食べながら、スノーの顔を窺う。
「……オスの牙が赤くなった数だけ、メスの尻も赤くなる」
「えっと、『力ある男が女を複数得るのは普通』みたいな解釈でいいのかな?」
僕は何とかスノーと言わんとすることを推測して、そう尋ねた。
「……(コク)」
スノーがぼーっと、スープを口の端からこぼしながら頷く。
「だろうと思いましたわ。貴族でしたらお家のために複数の女を囲うのは当たり前ですもの。ま、お互い厄介そうな実家を抱えてますけれど、ぼちぼち仲良くやっていきましょう」
ナージャが、友好の証とばかりにパンをちぎってスノーへと差し出す。
「……(パクッ)」
スノーはそれを受け入れるように口に含んだ。
「――ともかく、二人が納得してくれたようでよかったよ」
僕はほっとして呟く。
間接的にスノーとナージャに守ってもらっている僕としては、二人の仲が良いに越したことはない。
ただ――
「……」
無言で黙々と食事を続けるテルマの反応はちょっと気がかりだけど。
*
コンコンコン。
食事の後、僕が自室で読書をしていると、扉を叩く音が聞こえた。
「はい」
「私だけど、入ってもいい?」
「テルマ? どうぞ」
聞きなれた声に、僕は即答する。
「忙しいのにごめんなさい。少し私に時間を割いて欲しい」
テルマは後ろ手で静かに扉を閉めながら告げる。
「うん。もちろん。僕もちょうどテルマと話したいと思ってたから。座って」
僕は本を閉じて立ち上がり、テルマに自分の座っていた椅子を勧めた。
そのままベッドへと腰かけ、テルマに向かい合う。
「ありがとう」
テルマがペコリと頭を下げて椅子に腰かける。
「ううん。それで、どんな用事?」
「いくつかあるけど、まずは、これ」
僕が促すと、テルマはそう呟くと、貫頭衣の裾に手を突っ込み、中から革袋を取り出した。
「……これは?」
「タクマから借りていたお金。全額ある」
テルマはそう言って椅子から立ち上がり、僕に革袋を手渡してくる。
「ああ! すごいね! もう溜まったんだ。大変だったでしょ?」
僕は驚きと共にその革袋を受け取った。
僕自身は半分あげたつもりだったので忘れかけていたが、かつてグースにはめられてできたテルマの借金を、僕は肩代わりしていたのだった。
最近僕たちのパーティのレベルが上がって収入が増えたとはいえ、この短期間で500枚近い金貨を集めるには、相当な倹約をしたことだろう。
「ううん。タクマとミリア――それに、タクマには迷惑をかけてるかもしれないけど、妹も――いっぱい頑張ってくれたから。私はそのおこぼれに預かっただけ」
テルマは僕の隣に腰かけると、謙遜して首を横に振った。
僕も含め、テルマと担当官としての契約を交わしている三人が依頼で得た報酬の一部が、テルマの収入になっているのはもちろん事実だ。
だが、僕を受け入れてくれたのもミリアを見出したのもテルマなのだから、そもそも彼女がいなければ、今の僕たちのパーティは存在しなかっただろう。そういう意味では、彼女が報酬を受け取る正当性は十分にある。
「いや、テルマの仕事に対する当然の対価だよ。実際、まともな依頼を選別してもらっている恩恵は、僕とミリアとリロエ以外のメンバーにも及んでいる訳だし、もっともらってもいいくらいだと思う」
僕はお世辞ではなく、素直にそう感想を述べる。
「そう言ってもらえると、私も嬉しい。ともかく、これで私とあなたは貸し借りなし。お互いに対等で負い目もないし、タクマが私に同情する必要もなくなった。そういうことで問題ない?」
「うん。いいよ。でも、どうしたの? そんなに改まって」
確かにテルマの言うことに間違いはないのだが、家族だと思ってる人にこうも距離感を強調されると、やっぱりちょっと寂しい。
「……タクマ。覚えてる? タクマが私のことを家族だと思えばいいって言ってくれた時のこと」
「もちろん、覚えてる」
僕は深く頷く。
天涯孤独になった僕にとって、何もかもが初めての異世界で優しく包み込んでくれたテルマの存在がどれだけありがたかったことか。
あの時の暖かい感情を、今でも僕はありありと思い出せる。
「その気持ちは今でも変わらない? タクマは、私のことを家族だと思ってくれてる?」
「うん。僕はテルマの家族のつもりだよ。今までも。これからも」
僕はテルマの澄んだ瞳を真正面から見つめて、言葉を噛み締めるように答えた。
「そう……」
そこで、テルマは急に押し黙った。
ぎゅっと目を瞑り、何度も深呼吸を繰り返す。
「――テルマ?」
心配になって、僕は下からテルマの顔を覗き込む。
「タクマ!」
急に顔をガバっと上げたテルマに、僕はベッドへと押し倒された。
「は、はい! なんでしょう!」
そのあまりの勢いに、僕は思わず敬語になる。
「――結婚して」
「え?」
擦れるように呟くテルマの声を、僕は思わず聞き返してしまう。
「私と結婚して! 私は、タクマと心だけではなく、形の上でも繋がりたい。本当の家族になりたい!」
テルマが意を決したように目を見開いて叫ぶ。
その瞬間、僕は心臓が跳ね上がる音を、確かに聴いた気がした。
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