第125話 箱いらず娘との婚約(1)

「それでは、早速、大英雄の花嫁になる幸運なベイビーを呼んじゃうぜ! ナージャ=ミルトおおおおおおお! カモン!」


 ビッグマウスは声を張り上げ、ステージそでを指さす。


「皆様。ごきげんよう」


 裏手で待機していたのだろうか?


 いつのまにかそこにいたナージャは、モデルのようなきびきびした動作でステージに上がると、すまし顔で観衆に手を振る。


 着ている服は、いつか古着屋で一緒に購入した、純白のドレスだ。


 こだわりの強い彼女のことだから、他の装飾品も、お仕着せではなく、全部自分で用意したのだろう。


「ナージャ。これどういうこと?」


 これみよがしに腕組みしてくるナージャに、僕は小声で尋ねる。


「あら。そんなに驚くことはないのではなくて? ワタクシ、カリギュラで申し上げたでしょう。その内分かるって」


 ナージャは僕の頬に口づけするフリをしながら、そう囁いた。


「じゃあ、早速このお似合いコンビの馴れ初めを俺様が紹介しちゃうぜ! 二人の出会いはとある酒場。悪漢に絡まれたナージャ嬢をタクマが助けたところから始まる。その恩に感謝したナージャ嬢は、当時駆け出しで仲間集めに苦労していたタクマの窮状を知り、一緒に冒険をするようになった。それから二人は同じパーティの一員として、幾多の困難をくぐり抜け、徐々に絆を育んでいった。最初はただの友情だったかもしれない。しかし、かたや今まさに雄飛しようとする英雄。かたや名家に生まれながらも敢えて厳しい世間の荒波に飛び込んだ才媛。惹かれ合わないはずがない! 二人は自然に恋仲となり、こうして婚約に至ったという訳だ。つまり、これはどこぞの貴族様同士の政略結婚とは違って、完全・最高・無欠な自由恋愛の結果! いいね。素敵だね。ラブ&ピースだね。うんうん」


 ビッグマウスはペラペラと歯の浮くようなセリフを並べ立てると、目じりを指で拭った。


 もちろん、微塵も涙は出ていない。


 嘘とはいえないまでも、都合の悪い部分を覆い隠し、明らかに美化された僕たちの思い出に、ビッグマウスの権力者への忖度を感じる。


 っていうか、前はナージャを『傾国』の二つ名で呼んでいたはずなのに、今は頑なに避けている。


 僕の婚約者が男たらしだという評判を、ビッグマウスの背後にいる勢力が好ましくないと思っている証拠だろう。


 そういうところも含め、言葉の端々に政治的な意図を感じ取れずにはいられなかった。


(つまり、これはスノーの婚約に対する、マニスのカリギュラ側への対抗措置?)


 ようやく事情を察する。


 僕がスノーと婚約してカリギュラとの仲を深めた以上、マニスも同じことをしないと不安なのだろう。


 そして、ナージャはマニス有数の大商会の娘だ。


 しかも、同じパーティで僕の知己ちきである年頃の女性となれば、マニス側からすれば、僕と関係を深めるのにこれ以上はない人材だという訳か。


(理屈は分かる。分かるけど……)


 これ、僕、端から見たらただの屑じゃないか?


 そんなことを考えながら、観衆の反応を窺う。


「素敵! 絵に描いたような美男美女カップルね!」


「でも、あいつ貴族の娘とも婚約してんだろ? 二股か?」


「まあ『女殺』だし、今更だよな」


「な。むしろ、ちゃんと責任を取るなんて見直したぜ。てっきり、女を孕ませては捨ててるとばかり」


 なんかすごい変な納得のされた方をしてる!?


 思ったよりも、非難するような声が少なそうなのはいいけど、やっぱりなんか腑に落ちない!


「おっと! オーディエンスも祝福してくれているようだ! ハッピー! ラッキー! エクセレント! それじゃあ、お互いにどこに惹かれたか、聞いちゃったりなんかしてもいいかな?」


 ビッグマウスは軽いノリでそう言って、ナージャに向けて指パッチンした。


「そうですわね……。色々ありますけれど、やっぱり一番は、タクマといると、自然体のワタクシでいられるという点ですわ。彼は、背伸びしなくても、着飾らなくても、ありのままのワタクシを受け入れてくれますの」


 ナージャはそうもっともらしいことを言って、はにかんで見せた。


 どこまでが演技で、どこまでが本気なのか、僕にはさっぱり見抜けない。


「ヒュー! ごちそうさん! 次は名誉市民タクマ! Youはナージャ嬢のどこに惹かれたんだ?」


 ビッグマウスが、次は僕に水を向けてくる。


 状況的に、答えない訳にはいかないか。


「僕自身は小さくまとまってしまいがちなので、活動的なナージャが側にいてくれると、見える世界がぐっと広がるんです。常に好奇心旺盛で向上心の高い所が、彼女の魅力の一つだと思います」


 僕には上手く嘘をつけるような技術もないので、率直に本音を語る。


 加えていえば、ギャンブルに目がない所だけは直して欲しいと思うけれど、ナージャも僕への不満は言わなかったので、この意見は心の中に留めておく。


「スバラシー! スバラシー! これぞ、まさに剣と盾、海と山、パンとスープのように相性抜群な運命の相手としか言い様がない! あまりにもお熱くて、溶けちまいそうだから、俺はこの辺で失礼するぜ。じゃ、みんな、この最高のバカップルの前途を祝して、最後までパーティーを楽しんでいってくれよな! アデュー!」


 ビッグマウスは、ドヤ顔でそう話を締めくくると、ムーンウォークのような動作と共に、ステージからはけていく。


「ふう。びっくりした。こういうことをするなら、もうちょっと早く言ってよ」


 後に残された僕は、ため息一つ愚痴る。


「あら。カリギュラの方も婚約の打診は不意打ちだったのでしょう? ならマニス側もサプライズでお返しするのが流儀と言うものですわ」


 ナージャが悪戯っぽく笑って言った。


 本当に彼女には、いつもドキドキさせられっぱなしだ。

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