第124話 名誉市民
マニスの広場は人で溢れていた。
いつもは露店が所せましと出ているのだが、今日は無数のテーブルが引っ張り出され、質より量を重視した料理が景気よく並んでいる。
『カリギュラが軍事力を誇示するなら、マニスは経済力を』という訳で、僕への名誉市民授賞記念のパーティーは、誰でも無料で参加可能な立食形式となっていた。
ここぞとばかりに食いだめしようと調子に乗った浮浪者が、警備の冒険者に会場から追い出される。
強引なナンパ男を痴漢呼ばわりして逃げ出した女は、実はスリだった。
皿の饅頭を手づかみで食べる子どもがはしゃぐ声と、同じくらいの数の泣き声。
カリギュラの謁見の間とは正反対の騒々しい空気感で、主役として担ぎ出された僕としては、これはこれで落ち着かない。
「さあ! 一同ご注目! 今日、お前たちがタダ飯食えてるのはだれのおかげだ? そう! 皆さんご存知、元はしがない冒険者、今やマニスの大英雄! タクマ=サトウのお手柄だ!」
ビッグマウスと言ったか――いつぞやの市街レースで実況をしていた男が、人が十分に集まった所を見計らってそう切り出した。
広場の中心に
『大英雄 タクマ=サトウを囲む会』
そんな魔法の光文字で書かれた
それは歓楽街のネオンのごとく、常時派手に明滅しており、ぶっちゃけとても恥ずかしい。
せめて仲間たちが一緒にいてくれると心強いのだが、今僕の近くにいるのは、ビッグマウスを除けば、街の権力者らしい五大商会のお偉いさんだけだった。
スノーとリロエは人混みが苦手なようで家にいるし、ミリアは食べるのに夢中だし、テルマはギルドで仕事中だ。
レンは近くで僕を警備してくれているとは言っていたが、人混みに紛れて姿が見当たらない。
そういえば、こういうお祭りごとが好きそうなナージャもいないな。
結果、僕は独りぼっちで非常に心細い。
「みろよ! この魔将の太い腕! 何度も言うが、腕だけでこれだぞ!? 想像してみな! このデカブツと全身を! そして、その化け物に一人で立ち向かう根性を! やってくれたぜ! タクマ=サトウ!」
ビッグマウスは、僕の目の前に吊るされたジルコニアの腕を、バンバンと叩いて強調する。
マニスとカリギュラの間でどんな約定が交わされたのか知らないが、ジルコニアの残骸の一部もわざわざ運び込んでまで、僕の戦果を強調したいようだ。
「
ビッグマウスが愛郷心を煽るような口調で叫ぶ。
「うえーい! マニス万歳―!」
「競争こそが正義だぜい!」
その場の雰囲気に流されて、賛同する酔っ払いもいれば――
「ははは! んなこと言っても、そいつ結局、カリギュラの貴族になったんだろ!? マニスから逃げられてんじゃねえか!」
「そうだ! そうだ! 貴族の娘の嫁さんを貰ったっていう噂も聞いたぞ!」
がっつり野次を飛ばしてくる観衆もいる。
うん。
自由ってこういうことだよね。
「だからどうした! もらえるもんはもらっとく! それがマニスの強かな商人魂ってもんだろブラザー! それに、貴族様になっても、こうして気取らずお前らの前に出てきてくれる奴が他にいるか!? いるなら連れてきてくれよ! 俺がチェケラしてやるぜ!」
ビッグマウスは両手で指パッチンして、躊躇なく野次り返す。
「まあ、貴族になったっつっても、あいつはいつも通り毎日ダンジョンに潜ってるしなあ。左団扇って感じでもねえ」
僕の知り合いの冒険者が呟く。
「貴族になりゃあ、パンピーの女からはモテるだろうし、綺麗な金持ちの姉ちゃんも堂々と口説けるんだろ? そりゃあ俺だってなるぜ」
「だな。タダで貴族にしてくれるのに断る馬鹿もいないだろ」
マニスの市民は僕が貴族になったことに対して、概ね好意的に捉えているようだ。
「そういうことだ! でも、元々マニスが育てたタクマをこのままカリギュラに取られるのも
ビッグマウスが率先して手を叩く。
ただ飯を目的にやってきた観衆も、そんなに祝福する気もなさそうだが、とりあえず拍手はしてくれた。
「よしよし! じゃあ、いよいよ名誉市民号授与だ。ここはいくら俺でもばっちり真面目にいくぜ! ――『タクマ=サトウ殿。貴殿は慈愛と正義の心厚く、ダンジョンにて無私の心をもって数多の冒険者を救うこと度々あり、また、先日は悪辣なカリギュラの貴族が秘匿していた隠しダンジョンを壊滅するなど、かねてよりマニスに対しての貢献、著しいものがありました。さらにこの度、未曽有のスタンピードを主導した魔将をも討伐し、マニスの勇名を世界に轟かせました。マニス商会連合はこれらの余人には代えがたい業績を残した貴殿を祝福し、表彰する目的をもって、ここに名誉市民の称号を与えます』」
ビッグマウスは改まった口調でそう言うと、金のトロフィーと、月桂樹に似た植物の冠を僕に差し出してきた。
「ありがとうございます」
僕はトロフィーを受け取り、冠を被ると、商会のお偉方と聴衆に、それぞれ深々と礼をする。
「それだけかあ? もっといかしたコメント頼むぜマイブラザー!」
「ソフォス様のように偉大にはなれませんが、これからも一冒険者としてマニスに貢献していくつもりです。皆さん仲良くしてください。あっ、安心してください。貴族になっても依頼に特別料金は取りませんから」
僕の精一杯のジョークに大した笑いは起きなかったが、再びそこそこの規模の拍手が巻き起こる。
「よしよし! 改めておめでとう! タクマ! だが、ここは花よりケーキのマニス! 煮ても焼いても食えはしない名誉だけじゃ終わらせない! なんと、この度、五大商会は、副賞として、マニスの地方にある広大な土地の所有権を丸ごとくれてやることにした! これがその権利書だ! よっ! 太っ腹!」
ビッグマウスはお偉方に媚びるように言って、五大商会の連名の権利書を、僕に手渡してくる。
要は、今まで五つの商会が分割して持っていた土地の所有権を、まとめて僕に譲ってくれる、ということらしい。
まあ、どうせ数日後には、その五つの商会の方に領地の開発を委託するので、とんだ茶番ではあるのだが、カリギュラへの手前、きちんとした手順は必要なのだろう。
「ありがとうございます。どんな土地か分かりませんが、バリバリ開発してマニスの物価をガンガン下げていこうかと思います」
もうこれで終わりだからと、僕は開き直って、世間受けがよさそうな言葉を吐いた。
「うおおおおおおお! よく言った!」
「最近スタンピードのせいであれもこれも高いのよ! なんとかしてえええええ!」
今までで一番大きな歓声が僕を包み込む。
現金な観衆だけど、気取った貴族よりは、素直な人たちに囲まれている方が気分がいい。
「OK! OK! ありがとう! 庶民の懐事情まで救ってくれるとは、さすがは名誉市民様だ。ま、とにもかくにも、これにて、無事名誉市民の授与式は完了!」
(ふう……。これでやっと衆人環視から解放される)
僕がそう思ったのも束の間――
「――だが、まだまだハッピーなイベントは続くぜ! イエイ!」
ビッグマウスが再び指を鳴らす。
途端に書き代わる看板の文字。
(!?)
僕は目を丸くする。
だってそこには、『タクマ=サトウ ナージャ=ミルト 婚約記念パーティー』の一文が、どきついピンク色に輝いていたから。
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