第123話 防壁
途方にくれる僕だったが、グラゼ王が目の前から消えた以上、ずっと呆けている訳にもいかない。
トコトコと後ろからついてくるスノーを連れて、謁見の間から退出する。
宿泊している客室に戻ると、中では他の仲間たちが僕を待ち構えていた。
「タクマさん! どうでしたか謁見は――って、スノーさん!?」
「主とおられたのか。どうりで、部屋の前にて何度お声かけしても反応がないはずでござる」
「っていうか。あんた。なんでそんなばっちりおめかししてるのよ!」
スノーの姿を見つけた三人が目を丸くする。
「……」
「それが……、王との謁見の途中に、スノーのお父さんが、スノーを連れてきたんだよ。なんでも、僕への褒美ということらしくて」
僕は無言のスノーに変わり、端的に状況を説明する。
何だか口にするのが恥ずかしいが、いつまでも隠しておけることじゃないし、仲間には素直に話すしかない。
「タクマ。それってつまり――」
テルマがごくりと唾を飲み込む。
「うん。僕、スノーと結婚しなくちゃいけない……かも」
僕は伏し目がちにそう白状した。
「「「「「はあああああああああああああああああ!?」」」」」
スノー以外のほぼ全員が、今まで見たこともないような変な表情と共に絶叫した。
「ちっ。やられたぜ。先手を打たれたか……」
シャーレが舌打ちして、苦々しい口調で言う。
「わーん! 抜け駆けなんてずるいですよー」
ミリアが涙目でスノーをポカポカと叩いた。
「――説明して」
テルマがスノーの肩をきつく掴みながら、ぐっと顔を近づける。
「……ドラゴンは振るう相手がいなくとも爪を研ぐ」
スノーは僕たちをぐるりと見渡して呟いた。
「んーっと、今のは……」
「ふう。――みなまで言わなくても分かりましたわ。他の貴族から鬱陶しい見合い話を持ち込まれる前に、自分が結婚してしまえば、タクマが貴族の面倒な縁戚関係に巻き込まれることを防げると考えた、ということですわね」
ナージャが、解説しようとする僕の声を遮り、ため息一つ肩をすくめて言う。
「ふむ。グリューヴ家の権力の存立基盤はひとえにその卓越した軍事力。社交界と無縁とは申しませぬが、護国の剣として常に中立を保っており、比較的しがらみの少ない家柄故、主の後ろ盾とするには、適役といえば適役ににござるな」
レンが納得したように頷いた。
「うーんと、つまりスノーは、タクマを守るためにお父さんに従ったってこと?」
リロエが小首を傾げて言う。
「……(コク)」
スノーが頷く。
「気を遣ってくれたのはありがたいんだけど、僕はスノーを犠牲にしてまで自分の保身を図りたいとは思わないよ……」
「……犠牲じゃ、ない」
スノーは絞り出すような声で呟く。
「それはつまり、主のことを、実際的な結婚生活を営んでも構わないほど好いておられるということでよろしいか?」
「……(コク)」
レンの確認に、スノーが顔真っ赤にして俯く。
「あ、えっと、その、スノーは美人だと思うし、気持ちは嬉しいんだけど、まだ、そういう関係になるにはお互いのことを知らなすぎるっていうか」
そんな彼女に釣られて僕の頬も熱くなり、しどろもどろな答えをしてしまう。
「タクマ、しっかりなさいな。そう慌てることはありませんわ。実際結婚するかどうかはともかく、名目上だけでも、スノーと婚約したとカリギュラ国内に流布しておいて、予防線を張っておけば、色々と捗りますわよ」
ナージャが僕を励ますように言う。
「然り。少なくとも、現段階で断るのは得策ではございませぬ。無用な敵を作る結果しか招きませぬ故」
レンがナージャに賛同するように頷いた。
「そうなの、かな」
僕は腕を組んで俯く。
頭によぎるのは、吟遊詩人としてカリギュラのパーティーに参加した時のこと。
僕はただの冒険者だったのに、貴族かもしれないという噂だけでたくさんの女性の参加者が寄ってきた。
これが本当に土地持ちの貴族になったということになれば、さらに面倒な事態が増えるのは容易に想像できる。そんな状況は、避けられるものならば避けたいというのが本音だ。
「……タクマがスノーと婚約することに、合理性があることは認める。だけど、グリューヴ家の方が強く婚約の履行を求めてきたらどうするの?」
テルマが率直に懸念を口にした。
「それは、多分大丈夫だと思う。スノーのお父さん――ダブラズさんはスノーの扱いに関しては、僕の好きにしていいって言うんだ。スノーを返すことは許さないけど、煮るなり焼くなり好きにしろって。もちろん、建前でそう言っただけかもしれないけど」
僕は自信がないながらもそう答える。
たとえ建前だとしても、グラゼ王の前での発言だ。
それなりの公信力はあると思うのだが。
「あの御仁に限って、一度した約束を違えることはありませぬ。吾も何度かダブラズ殿には稽古をつけてもらったことがござるが、あの方はまこと
レンが僕の発言を保証するように頷く。
「なら結構じゃありませんの。親の承諾もある。本人の意思もある。家柄も問題ない、遠慮なく泥除けに使わせてもらえば」
ナージャがそうぶっちゃける。
「泥除けっていう言い方はあんまりだけど……。スノー本当にいいんだね。僕と婚約するという形になっても」
日和見主義というと聞こえは悪いかもしれないが、現状では婚約という状況のまま保留しておくのがベターだろう。
スノーを付き合わせるのは心苦しいが、彼女自身が勇気を持って言い出してくれたことだし、ここは甘えてしまおうか。
「……(コク)」
スノーが深く頷いた。
「わかった。――みんなも、とりあえずそういう体で話を合わせてもらってもいいかな」
「むー。わかりました。タクマさんがそれで幸せになるなら、私は協力します」
ミリアが複雑な表情で頷く。
「なんかめんどくさいわね。けど、ま、ウチも建前としてはタクマの端女なのに、あんまりそれっぽいことしてないし、スノーのことはとやかく言えないわ。二人がいいならいいんじゃない?」
リロエは肩をすくめて頷く。
「……現状のタクマを取り巻く環境を考えれば、冒険の邪魔になる可能性に対する予防策はとっておくに越したことはない」
テルマが僕の担当官としての顔で呟く。
「ワタクシはもちろん賛成ですわ」
「吾も当然異論はございませぬ」
ナージャとレンが同時に頷いた。
「はあ。やっぱりこうなっちまったか。おい。放蕩娘。お前呑気にタクマに婚約進めてるけどなあ。この先、どうなるかは当然分かってんだろうな?」
じっと僕たちの話し合いを見守っていたシャーレが、こめかみを指で抑えてため息をついた。
「当たり前でしょう。ワタクシも馬鹿ではないのですから」
ナージャがすまし顔で答える。
「ナージャ、どういうこと?」
「……ま、その内、分かりますわよ」
僕の問いに、ナージャは意味深にそう呟いて、詳しい言及を避ける。
「そう? ……じゃあ、後カリギュラでやるべきことは、フロル殿下に婚約の情報を広めてもらうことくらいかな」
「主。取次は吾にお任せくだされ」
僕は、早速、フロルさんを通じて、僕とスノーが婚約したという情報を貴族社会に流してもらう工作をお願いする。
結果、フロルさんは、『はいー。よろこんでー』と二つ返事で引き受けてくれた。
重要な防衛拠点となる地域を任せるくらい王族とグリューヴ家の関係はよさそうなので、おそらく、スノーとの関係強化はフロルさんも望むところなのだろう。というか、彼女はあらかじめダブラズさん側から連絡を受けて、初めからこうなることが分かっていた節すらある。
ともかく、こうして全ての用事を済ませた僕は、宝剣と、土地と、嫁一人を獲得し、マニスへと帰還するのだった。
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