第122話 謁見(2)

「変わりないか。ダブラズ」


「は! このダブラズ=グリューヴ! スタンピードの騒乱に付け込んで狼藉を働かんとした蛮族共を蹴散らして、陛下の御前にただいままかり越しました次第!」


 グラゼ王の呼びかけに、巨漢は両手と両膝をついて平伏する。


 手放されたスノーが、仰向けのまま地面を滑っていった。


 グリューヴ――ってことは、まさか、この人はスノーのお父さん!?


「忠義、ご苦労。これが、のタクマである」


「はっ! ――貴様が魔将をほふった男か!」


 グラゼ王に一礼して、跳び上がるように立ち上がった巨漢――ダブラズさんは、黄色い歯を剥き出しにして笑いながら、僕を凝視してくる。


「はい」


 僕は、そのすごい目力に負けないようにダブラズさんを見返す。


「くすぶっておった娘に、武功を立てる機会を与えてくれたこと、感謝する! 娘も貴様のことを気に入っておるようだし、褒美にくれてやろう!」


 ダブラズさんは床に転がっていたスノーを片手で持ち上げると、僕に投げつけてくる。


「ええ!? いきなりそんなことおっしゃられても困ります!」


 僕はスノーを両腕でキャッチしながら眉根を寄せた。


「何を今さら! 貴様! 娘の胸に手を出したと聞いたぞ! あの話は嘘か!? 嘘ならばワシは嘘を吐いた輩をくびり殺す!」


 ダブラズさんが目を血走らせて叫ぶ。


「いいえ! 確かに、僕が彼女の胸に触れたことは事実でございますが、あれには荒ぶるスノー様を鎮める目的がございまして――!」


 僕はスノーをそっと床に降ろしながらそう言い繕う。


 本気でやりそうな目をしたダブラスさんに報告した人を殺させる訳にもいかず、嘘はつけなかった。


「ごちゃごちゃぬかすな! 貴様も男ならば潔く責任を取れい! なに、結納金だの、婚礼式がどうだの、正妻の地位がどうだの、細かいことは言わぬ! ただ、たくさん子を成せばそれで良い!」


「ですが、物事には順序というものがありますし……」


「ええい! まだ拒むか! よかろう! ならばワシと手合わせせい! 敗者が勝者の命を聞く! それが武人のありかたというものよ!」


 ダブラズさんは痺れを切らしたように叫ぶ。


「しかし、陛下の御前でそのようなはしたない姿をさらすのはいかがなものかと」


 僕はそういう建前で断ろうとするが――


「構わぬ。余も魔将を倒した男の力を見てみたい」


 グラゼ王は即行で僕とダブラズさんの対決に許可を出した。


 そんな感じでいいの?


 やっぱり、軍事国家だから?


「さすがワシの陛下!」


「しかし、タクマの本懐は魔法による戦いと聞いている。結界が張り巡らされたこの場所での仕合は、公正とはいえまい」


 グラゼ王が補足するように告げる。


 本当は結界が張られていても、頑張れば精霊魔法は使えるのだが、一応、ルールはルールなので守った方がいいだろう。


「さればワシも武技を使いませぬ!」


「その条件ならばよかろう」


 ダブラズさんの申し出に、グラゼ王が頷く。


「陛下からのご許可が出た! 行くぞ!」


 瞬間、そこらにあった剣を抜き放ったダブラズさんが、問答無用で僕に襲い掛かってくる。


 いや、スキルを使わないとはいえ、普通に接近戦な時点で僕の不利だと思うんだけど、などと抗議する暇もなく――


「是非もなし、ですか!」


 僕はもらったばかりの宝剣を抜き放ち、繰り出された一撃を受ける。


 重い。


 筋力自体もそうだが、どこにパワーをぶつければいいか知っている剣さばきだ。


(力では負けてる! 速さでは辛うじて僕の方が上か?)


 僕は戦力の彼我を分析する。


「ほう! 柔弱な見た目のくせにワシの一撃を受けるか! 婿殿!」


「婿に入るつもりはありま――せん!」


 数合打ち合う。


 出来合いの剣を使っている相手に対して、宝剣を使っている僕の方が、得物としては有利なのだろう。


 実際、ジルコニアの遺骸から作られたこの剣は、羽のように軽く、とても扱い易かった。


「技術はあまりにも拙い! しかし、勘はよし!」


「それはどうも!」


 それでも、攻める余裕など到底なく、僕はひたすら守勢に回り続ける。


 熟練の剣術を駆使してくる相手に、素人に毛が生えた程度の僕は到底敵わない。


 しかし、僕には『生きているだけで丸儲け』のチートによる、『器用さ』の恩恵がある。僕が意識しなくても、的確にクリティカルな攻撃が出るおかげで、辛うじて凌げている感じだ。


 というか、神様からもらったチートに実力で追いついてくるダブラズさんがやばすぎる。


 素直に尊敬すると同時に、本能的な恐怖感を覚える。


 しかし、気持ちで負けてはだめだと、僕は襲い来る連撃に臆することなく、敢えて一歩前に踏み込んだ。


「力はある。熟慮もある。度胸もある。しかし、意思が足りぬ! 圧倒的に足りぬ! 貴様は何のために剣を振るう!?」


「僕は、仲間のために、戦う、だけです! だから、今、あなたと闘う理由は、ありません!」


「甘い! 甘い! 甘い! いつでも、どこにでも、誰にでも、常に全力を出しておらねば、いざという時に戦えぬぞおおおおおおおお!」


 ガン!


 カン!


 キン!


 剣戟の音が、一刻ごとに激しさを増していく。


 どちらかが一撃でも誤れば、お互いの命を奪いかねない状況まで闘争は極まった、その瞬間――


「そこまで!」


 グラゼ王の声が朗々と響いた。


「はっ! 陛下の仰せのままに」


「ふう。助かりました」


 僕とダブラズさんは、同時にピタリと動きを止めた。


「引分けだ。興味深い手合わせであったが、それ以上はならぬ。血を流したくば、民のために流せ」


 グラゼ王が厳かに審判を下す。


「はっ! 引分けならば仕方ない! とにかく、ワシは娘を貴様に嫁にやった! 返すことは認めん。後は、貴様の方で煮るなり焼くなり好きにせい! ――では、陛下! とんだお目汚しを致しました! ガハハハハハ! ガハハハハハ!」


 ダブラズさんはそう言って、スノーを僕に一方的に押し付けると、哄笑だけを残して謁見の間を去って行く。


「ふむ。魔法を使わずともダブラズと互角とは、中々どうして、大したものよ」


 グラゼ王は感心したように独り頷くと、玉座の奥へとはけていく。


 どうやら、謁見はもう終わりということらしい。


 お供の衛士も、一緒に退出していく。


 戦いの余熱が冷たい黒鉄に吸収されていき、白けた空気が場を支配した。


 後には、汗だくで困惑する僕と、眠たげに欠伸する花嫁姿のスノーだけが残される。


「――どうしよう」


「……」


 むくりと上体を起こしたスノーは、無言のまま、何かを訴えるような瞳で僕をじっと見つめる。


 平穏な日常は、このまま僕の手からこぼれ落ちていってしまうのだろうか。

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