第121話 謁見(1)

 貴族になることを受け入れることに決めた僕は、すぐにその旨をフロルさんに伝えた。


 早速、カリギュラ、マニス、冒険者ギルド、そして、僕たちと、様々な利害関係者の間で折衝がもたれ、詳細な条件を詰めてから数日。


 僕がカリギュラの王と相見える日がやってきた。


 午後の日差しが差し込む謁見の間の、座り心地の悪そうな黒鉄の玉座の前で、僕は一人跪いて王を待つ。


 周囲の空間は、ある種独特な意匠で構築されていた。


 絨毯はない。


 豪華なシャンデリアも、タペストリーもない。


 唯一布でできているものといえば、玉座の上に掲げられたカリギュラの国旗くらいのものだ。


 その代わりに王の威厳を担保するのが、乱雑に床に突き刺された剣であり、無造作に並べられた鎧であった。


 治にあって乱を忘れずということなのだろうか。


 事情を知らない人間がみたら、たった今までここで戦争が行われていたと言われても、容易に信じそうな光景だった。


「グラゼ=カリギュラ陛下、御成おなりぃー!」


 玉座の近くに控えた衛士が、声高に叫ぶ。


 僕はより一層姿勢を低くした。


「タクマ=サトウ。面を上げよ」


 謹厳で重々しい声が、僕の名を呼ぶ。


 本来王様は庶民相手に直接話しかけたりはしないらしく、今の状況自体がありがたいことらしいが、いまいち僕には実感が湧かない。


「はっ」


 僕は身体を起こす。


 事前にフロルさんに教えてもらった通り、ゆっくりすぎず、早すぎず、身体の芯を意識して。


「此度のそなたの働き、まことに見事である。魔将を屠り、死地にある兵を励まし、荒ぶるグリューヴの狂戦士を鎮めたその功績、軽くはない」


 見た所、中年と言った年齢だろうが、身体がしっかり鍛えられているので、おじさん感は全くない。


 いぶし銀のハリウッド俳優みたいな外見だ。


 王としては、年齢も見た目も、結構若い方じゃないだろうか。


「はっ。もったいないお言葉です」


 再びかしこまる。


 何となく、レンになったみたいな気分だ。


「余はカリギュラを統べる者として、働きにふさわしい報いを与える義務がある。よって、そなたにこの一振りを授ける。魔将の骸より削り出したる宝剣である」


 グラゼ王は、玉座から立ち上がり、剣を鞘から抜き放った。


 磨き抜かれた剣は、まるで清水のように透き通っている。


 透明なその刀身は、陽光を反射して、金剛石のような眩い光を放っていた。


 グラゼ王は、剣の腹の部分で僕の両肩をポン、ポンと叩いた。


 それから手首を反転させて、持ち手の部分を僕に差し出してくる。


「ありがたき幸せ。この剣を、全ての懸命に生きる命のために捧げると誓います」


 僕はその剣を受け取り、天に掲げた。


 本来は、『王と国と民のために』とか言うらしいが、僕はカリギュラにのみ忠誠を誓う訳にはいかないので、こうした曖昧な表現となった。


 ある意味では、創造神様への信仰の告白とも取れる発言で、僕としても決して嘘ではない宣言だ。


「励め」


 王は短く言って、僕の物となった剣に、鞘を被せた。


「はっ。苦難の度に陛下のご厚情を思い出し、戦い抜くよすがと致します」


 僕は完成した一振りの剣を腰に挿して、深々と一礼する。


「殊勝な志、大変に結構である。されど、たかが宝剣ごときでは、そなたの功に報いるには足りぬ。宝剣にふさわしい鞘が必要とされるように、優れた戦士には身を横たえる大地が必要だ。よってそなたには、カリギュラの封土と辺境伯へんきょうはくの爵位を与える。潮風の香る、素朴で豊かな土地だ。自由を尊ぶそなたにふさわしかろう」


 グラゼ王は無造作に近くにあったカリギュラの国旗を掴み取ると、自らの小刀で親指を傷つけて、血文字を書き始めた。


 『ルコン川を東に、アムネア海を臨み、メナイ山が~』云々――要は与える領土の範囲を記載しているらしい。


 これが、カリギュラが正式に僕に領土を与えた証になるんだそうだ。


 それにしても、『潮風の香る、素朴で豊かな土地』とは、要は未開発の荒れ地なのだが、物は言い様だな。


「身に余る光栄、恐悦至極にございます。陛下から頂いた封土を、力を尽くして富ませることをお約束します」


 僕はそう言って、恭しくグラゼ王から差し出された旗を受け取って、懐にしまい込む。


 さて。


 これで堅苦しい儀礼的なやりとりも終わったし、後は退出するだけだ。


「余からの褒美は以上だ」


「はっ。では、早速この目で封土を検分するため、お暇致します」


「待て。『余からの』褒美は以上だと申したのだ。そなたに用がある者は他にもいる」


 踵を返した僕の背中に、投げかけられる王の声。


 !?


 予定にない流れに、僕は身をこわばらせる。


「大変失礼しました。下賤の出故の無作法をどうかお許しください」


 僕は再びグラゼ王に向き直り、跪いた。


「構わぬ」


「それで、僕にご用の方とは……?」


「直に言葉を交わした方が話が早かろう。――入れ!」


 グラゼ王が、そのよく通る声を謁見の間に響き渡らせた。


「ガハハハハハハハ! 失礼しますぞ! 陛下!」


 大扉を頭突きするように勢いよく突破してきたのは、身長2メートルを超える巨漢だった。


 顔は厳めしく、顎から頬にかけてまで髭モジャで、身体は筋骨隆々だ。


 年は、グラゼ王より一回り年上といったところか。


 巨漢は一歩踏み出す度に、床をビリビリ震わせながら、ズンズンとこちらに近づいてくる。


 その巨漢に、子猫のように首根っこを掴まれて引き摺られているのは――


(スノー!?)


 間違いない。


 髪を下ろした上、明らかに急遽用意したであろう似合わないドレスを着せられてるせいで全然印象が違うから、一瞬誰か分からなかった。


 スノーは特に抵抗する様子もなく、うつらうつらしながら巨漢に引き摺られている。


(嫌な予感しかしないんだけど……)


 唐突に登場したドギツイオーラを放つ人物に、僕は新たな嵐の訪れを感じずにはいられなかった。

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