第120話 相談

 宮殿に辿り着いた僕は、衛士の人に、今日泊まる客室へと案内される。


 前にも泊ったことのある、広々とした一室だ。


 部屋の前では、他のパーティメンバーが僕を待ち構えていた。


 シャーレに加え、テルマもマニスから駆けつけてくれたらしい。


「あっ。タクマさん!」


「シャーレから事情は聞いたわ。ウチにはよくわからないけど、すごいことなのよね?」


「……小魚がドラゴンに化ける」


「この度のご栄達、まずはお祝い申し上げまする。もっとも、主の功績から考えれば、当然のことにござるが」


「まだタクマが話を受けるとは限らないでしょう。それにしても、正直、驚きましたわ。一代限りの名誉号的な爵位を授与される可能性は十分にあると思ってましたけれど、まさかいきなり土地持ちとは。カリギュラも大きく出ましたわね」


「うん。みんな、立ち話もなんだから、とりあえず、中で話そうか――シャーレもテルマもわざわざ来てくれてありがとう」


 口々に声をかけてくる仲間たちを、僕は部屋の中に導く。


 さらにその後ろに控えていた二人にも、片手を挙げて挨拶をした。


「おう。オレがいないと話は始まらないからな」


 シャーレがいつもの調子のいい口調で答える。


「冒険者ギルド側との調整要員も必要だから」


 テルマが真剣な表情で頷いた。


 僕たちは連れ立って、ぞろぞろと部屋の中に入っていく。


 広い空間なので、八人が入っても十分な余裕があった。


『主。まずは念のため、盗聴の魔道具が仕掛けられてないか調べまする』


 レンが懐から取り出した紙を僕にこっそり見せてくる。


 僕は黙って頷いた。


「――問題ないようでござるな」


 しばらく、部屋の中をがさごそとやっていたレンだったが、やがてほっとしたように口を開いた。


「レン。ありがとう。じゃあ、早速、本題に入ってもいいかな。――みんなもう知っていると思うけど、先ほどフロル殿下から、僕に土地を与えて貴族にする旨の打診があった。どう思う?」


 僕はベッドに腰かけて、率直にそう切り出した。


「私は、正直、貴族様のことはよくわかりません。でも、タクマさんが貴族様になることで、一緒に冒険できなってしまうなら、それはすごく寂しいです」


 ミリアがしんみりした口調で言う。


「うん。僕も、そこが心配なんだ。貴族になることで、冒険者としての生活に支障がでなかどうか」


 僕は腕組みして考え込む。


「ワタクシはむしろ冒険者を続けたいなら、話を受けるべきだと思いますわよ。タクマの力が知られた以上、利用しようと近づいてくる輩は今以上に増えることは確実ですわ。そうした人間から厄介な依頼が持ち込まれた時に、貴族の看板があるのとないのとでは、断りやすさが全然違いますから。仮にも貴族になれば、近づいてくる側も話を持ってくるのに慎重になるでしょうし」


「然り。逆に貴族になったが故に抱え込む厄介もござろうが、今回の場合は、事情が事情にござる。主に無茶を言って、離反どころか敵対されれば、カリギュラ側にとっては大きな痛手。道理に合わぬ無茶を言ってくるような事態にはならぬと愚考致しまする」


 ナージャとレンが続けざまにそう言って頷いた。


 確かに二人の言う通り、どんなに僕が目立ちたくないと思っていたところで、人の口に戸は立てられない。


 魔将を倒せる力をもった人間がいるとなれば、期待する人が出てくるのも避けられないことだ。僕も事情によっては協力をするつもりはあるけれど、際限なく依頼をもってこられて忙殺されるのは困る。


 もしかしたら、フロルさんもそこらへんのことを配慮した上で僕を貴族にしようとしてくれているのだろうか。


「ま、その辺はオレたちがフォローしてやるから心配すんな。タクマがカリギュラにキンタマ握られないように土地の流通と経済を押さえて、ばっちり助けてやるからよ」


 シャーレが拳で胸を叩いてそう請け負う。


「シャーレはこう言ってますけれど、マニス側とズブズブになりすぎるのも、それはそれで問題ですわ。カリギュラとマニス。どちらも肩入れせず、バランスを取った不偏不党の精神で臨むべきです」


 ナージャが冷静に忠告する。


 蝙蝠外交――というと大げさだろうが、確かに中立の冒険者という立場を貫きたいなら、ナージャの言うように、色んな所と関わりを持ちながら上手くやっていくしかないのかもしれない。


「あのさー。よくわかんないんだけど、そんなめんどくさいこと考えるんだったら、いっそのこと断っちゃえば? どっちにもいい顔するのと、どっちも邪険にするのと、バランスっていう意味では、そんなに変わらなくない? 厄介ごとを持ち込まれるって言ったって、タクマに敵う人間なんてそうそういないだろうし、無理強いできないでしょ?」


 リロエがテルマの腕にべったりとくっつきながら、気だるげに言った。


「もちろん、個人レベルではタクマに敵う人間なんてそうはおりませんでしょう。でも、国家レベルとなれば話は別です。タクマの力はもはや、カリギュラやマニスの二国間の話で済むようなレベルのものじゃありませんもの。魔将を倒した噂はいずれ他の地方にも伝わるでしょうし、タクマを何の後ろ盾もないまま放置しておくのは危険です。権力には権力で対抗するしかないのですから、いざ干渉を受けた時のために、この地方の有力者とコネクションをつないでおくに越したことはありませんわ」


 ナージャが理路整然と答える。


「ふーん。そうなんだ。ま、ウチとしては、別にいいけどね。母様が言ってたけど、ウチの里には、外で冒険者をやるのは怖いけど、農業ならしてみたいっていうエルフも結構いるみたいだし、タクマの土地がそういう場所になったら、きっとみんな喜ぶわ」


 リロエが欠伸をしながら、気楽な調子で語る。


「テルマはどう思う?」


「ギルドの代弁者としては、タクマがギルドの専属になってくれるように説得するべきなのだろうけど……、正直お勧めはできない。冒険者ギルドも各国との関係性や、他のギルドとの横のつながりもあって、しがらみとは無縁ではない。ギルド上層部が自分たちの見栄や利益のために、タクマを利用しようとする可能性を排除できない」


 僕の問いに、テルマが残念そうに答える。


「結局それも、バランスですわよ。タクマが冒険者ギルドだけを社会的な存立の基盤にしていれば、当然足下を見られますから、そういう意味でも、色んな集団に顔を売っておいた方がいいですわ」


「……乞食も貴族も三日で慣れる」


 スノーがぽつりと呟いた。


 どうやら僕を応援してくれてるらしい。


 ともかく、みんなの意見をまとめると、今回の打診は受けるべきというのが多数派のようだ。


 ここでフロルさんの――というより、カリギュラとマニスの双方にメリットがある提案を拒絶すれば、両者との関係が悪化するのは間違いなく、それは今後の生活においてデメリットしかない。


 貴族になるリスクもあるとはいえ、総合すれば、ならないよりはなった方がよさそうな状況である。


「――わかった。僕、今回の話を受けるよ」


 しばらく考えた末、僕はそう結論を下した。


「はえー。そうですかー。タクマさんが貴族様になるなんて、なんて言っていいかわからないですけど、とにかくすごいですー」


 ミリアが放心したように呟く。


「まあ色々事情もありますけれど、慶事なのですから、素直に喜んで構わないのではなくて? 庶民から貴族になるなんて、それこそおとぎ話のようなサクセスストーリーなのですから」


 ナージャがそう言ってパチパチと拍手を始める。


「然り。貴族も初めから貴族だった訳ではございませぬ。主の高潔さは、十分に人の上に立つに値するものと吾は確信しておりまする」


「タクマが正当な評価を受けて、私も嬉しい」


「やるからには、きびきび励みなさいよ」


「そうだそうだ! バリバリ働いて、がっつりオレたちを儲けさせてくれ!」


「……」


 他の皆も、ナージャの後を追うように手を鳴らす。


「みんな。ありがとう。とりあえずはお取り潰しにならないように、頑張ってみるよ」


 僕は両手を挙げると、照れ隠しに、半分冗談混じりでそう答えるのだった。

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