第119話 凱旋(2)

「んー。やっぱりお気に召しませんかー? 召しませんよねー? でも、正直な所を言っちゃうとー。英雄さんにこのまま帰られちゃうとー、カリギュラ的にはちょっと困っちゃうかもですねー」


 フロルさんが僕の顔を覗き込んで言う。


「魔将を倒すような力を持った人間を、何の紐もつけずに野に放つのは怖いということでしょうか?」


 僕は彼女の意図を察して尋ねた。


「よくお分かりでー。英雄さんは、ともすると、各国のパワーバランスを崩しかねない存在なのでー、やっぱりみんな不安になっちゃってるんですねー。フロルは英雄さんのことを信じてますけどー、他の貴族はそういう人ばかりではないのでー」


 フロルさんはそう言って、遠方にそびえる王城を見遣った。


「……大変失礼ですが、今回の戦いは防衛戦争なので、新たなに獲得した土地はないですよね? 僕に分け与える土地なんてあるんでしょうか? もし、他の誰かの領地を奪うことになるのなら、正直申し上げて、気が進みません」


 何とか断る口実を見つけようと、僕はそう呟いた。


 実際、欲しくもない土地のせいで誰かの恨みを買うなんて、僕にはまっぴらごめんだ。


「それがですねー。ちょうどいい土地があるんですよー。カリギュラ固有の領土で、マニスも領有権を主張している、いわゆる緩衝地帯というやつがありましてー。中々いい土地なんですが、今まで手付かずだったんですねー。そこを、英雄さんに差し上げちゃおうかとー」


 僕の疑問を予期していたように、フロルさんがすらすらと答える。


「その話は、マニス側も承知していることなんでしょうか?」


「はいー。もちろん。一応、宮殿にマニス側の代表者を呼んでありますのでー、詳しいことはそちらに聞いてくださいー。んー、これはフロルの推測ですけど、多分近い内に、英雄さんはマニスでも名誉市民に叙されたりしちゃうんじゃないでしょうかー。フロルたちだけが英雄さんに栄誉を与えるのを、あちらは快く思わないでしょうからー」


 フロルさんがまたもや即答した。


 マニスとカリギュラの両方が領有権を主張している土地でも、双方が認めてる僕を介すれば領土問題を棚上げにしたままで利用できる。



 そういうことか。


「ご存じかとは思いますが、僕はただの冒険者です。貴族の方々と違って、領地を経営するノウハウなんて全くありません。ですから、僕なんかが領主になったら、住民の人が迷惑すると思います」


 どこぞの異世界転生した主人公みたいに、トントン拍子で領地を発展させられるなんて僕には到底思えない。


 人の命に関わることとなると、軽々しく土地をもらう訳にはいかなかった。


「そこらへんもご心配なくー。そもそも荒れ地ですから、住人なんていませんしー、必要ならばフロルがいくらでも人材を推挙しますー。マニス側も開拓のための人手を出すのは惜しまないでしょうしー。極端な話をすればー、英雄さんには、今のまま冒険者を続けてもらって、土地の利用料をマニス側から取るだけでも構わないんじゃないでしょうかー」


 フロルさんが三度即答する。


「なるほど……」


 ようやく話が見えてきた。


 カリギュラは、実質的に懐を痛めず、僕に紐をつけられる。


 マニスの商会はタダで今まで開発できなかった土地に手を出せると同時に、僕との関係を深められる。


 僕には普通の冒険者には手の届かない名誉と、不労所得が入ってくる。


 確かに、一見、三方良しの誰も損してない案だ。


 僕がカリギュラとマニスの双方から監視される立場になるということを除けば。


「――僕は、下賤の出です。いくら功績があっても、そんな人間が他の貴族の方を差し置いて、いきなり土地なんてもらっても大丈夫ですか?」


 断る理由に窮した僕は、ついに身分制まで持ち出した。


 民主主義社会で育った僕としては、あまり好ましい価値観ではないが、今はそれが防波堤になってくれればありがたい。


「そこらへんは家系図をコチョコチョっと作っておくので心配ありませんー。幸い、英雄さんには、前々から貴族の出なのではないかという噂がマニスにもカリギュラにも広く流布してましたから、それなりに信憑性は確保できると思いますー。元々カリギュラ出身の貴族が国土防衛のために戦ったという方が、ストーリーとしては自然ですしー。あっ、でも、ご実家とかには口止めをお願いしないといけませんねー。最悪、一度死んだ体にしてもらうとかー」


「……いえ。血の繋がった家族という意味では、僕はすでに天涯孤独の身の上です」


 僕は力なく首を横に振った。


 父親は僕を捨てた。


 母親はもういない。


 心の中では、テルマを家族だと思ってるとは言っても、それは僕の私的な感情で、公的なものではない。


 ここまで用意周到だと、かつて僕が貴族なのだという噂を流したのがフロルさんなのではないかと邪推したくなってしまう。


 いつか、こういう時がくることを見越して、彼女が布石を打っていたんじゃないかと。


「やっぱりそうでしたかー。いくら調べても出てこないので、そうだと思ってたんですー。ならば何の問題もありませんよねー」


 フロルさんは嬉しそうに手を打って、満面の笑みで僕を見つめてくる。


「……少々考える時間を頂けますか? 仲間たちとも相談しなければいけませんので」


 婉曲に断ろうとした疑問を片っ端から粉砕され、完全に外堀が埋められていることを悟った僕は、そう答えるのが精いっぱいだった。


「はいー。すでに他の皆さんは宮殿にご案内してますから、ご自由にどうぞー。でも、できるだけ早く決断してくださいねー。信賞必罰は迅速にしないとー、効果が薄れますからー」


 フロルさんはにこやかな釘を刺しつつ、沿道の人々に手を振る。


 街中を遠まわりして進んだ車は凱旋のパレードを終え、静かに貴族街へと吸い込まれていった。

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