第118話 凱旋(1)

 バルク砦が危機を脱して数日。


 大方のモンスターを駆逐し、戦況が安定したことを確認した僕たちは、役目を終え、王都カリギュラへの帰途についた。


 連日の戦闘で消耗した精霊の力を回復する時間が必要だったこともあり、移動手段は陸路。


 たくさんの交代要員がやってきたので、負傷者や連日働きづめの兵士たちも休養を与えられることになり、彼らと同道しての旅となった。


 さらにジルコニアの遺骸も、いくつかのパーツに分解されて、僕たちと一緒に王都へと運ばれる道連れにされる。


 もちろん、これは僕たちの意思ではなく、軍部の決定である。


 おそらく、戦勝を誇示する目的があるのだろう。


 最初の数日はみんな疲労でぐったりして言葉もなかったが、やがて元気を取り戻し、穏やかな道程となった。


 かくいう僕も、マナを精霊たちに分け与えながら、のんびり身体と心を休めることができた。


 なお、スノーは、狂戦士化した代償か、旅の間中もずっと眠り続け、結局、目を覚ましたのは、カリギュラに到着する二日前のことだった。


 そんなこんなで辿り着いた王都の門の前、僕たちの乗っていた車が、唐突に衛士に呼び止められる。


「大変申し訳ありませんが、タクマ様にはここで少々お待ち頂きます」


 衛士が恭しく言って、頭を下げる。


「どうしてタクマだけですの?」


「上からの命令ですので」


 首を傾げるナージャに、衛士がすまし顔で答える。


「なら、私たちも一緒に待ちます!」


「然り。主を置いて先に行く訳にも参りませぬ」


「いえ。皆様方はお通しするようにと言われております」


 ミリアとレンの提案に、衛士は申し訳なさそうに俯く。


「なんか怪しいわねえ」


「特に門の向こうに危険は感じられませんけれど……」


 リロエとナージャが困惑したように眉根を寄せる。


「みんな、先に行って大丈夫だよ。早く宿でゆっくり休みたいでしょ」


 僕は皆にそう促して、車から降りた。


 正直気にならないといえば嘘になるが、僕に付き合わせてみんなを待たせるのも心苦しい。


「――主がそうおっしゃるのであれば」


「うー、じゃあお先に失礼します」


「何かあったらウチらを呼びなさいよ」


「まあ取って食われはしませんでしょう」


「……大魚は寝て待て」


 僕は後ろ髪引かれるようにこちらを振り返ってくる仲間たちを見送る。


 やがて全ての車が通過すると同時に、開いていた門がギギギと閉まった。


「どれくらい待てばいいですか?」


「そう長くはお待たせ致しません。さ、こちらへ」


 衛士の人に門の前にある詰め所に案内されて、お茶などをご馳走になっていると、30分ほどで解放される。


 門扉が再びきしんだ音を立てて開く。


『ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 瞬間、僕を包み込んだのは、大通りに並ぶ人々からの、賑々にぎにぎしい歓声。


 二列に並ぶ盛装した儀仗隊が、剣を巧みに操って栄誉礼らしき何かを捧げ、その後ろに控えた魔法使いが、空に派手な花火を打ち上げた。


 僕の視線の先にあるのは、それこそおとぎ話にでも出てきそうな純白のユニコーンと、シンデレラにでも出てきそうな豪華な客車。


 天蓋はなく、パレードの時に使うような、周囲から丸見えのオープンな客車だ。


 そこから降りてきた人影に、僕は見覚えがある。


(フロルさん?)


 威風堂々とこちらに歩いてくる彼女に、僕は咄嗟に跪いて礼を取った。


「んふふー。顔を上げてください。英雄・・さん?」


 フロルさんは感情の読めない朗らか声でささやいて、僕の手を取って立ち上がらせる。


「さあ! 愛すべきカリギュラの民よ! この男の顔を覚えておくがいい! 彼の者こそ、創造神と精霊の祝福を受けし御子――タクマ=サトウなるぞ! 我らが祖国を狙い、数多の同朋の命を奪った卑劣極まる魔将は、今やこの者の手でただの鉄くずと化した! その勇気と武勇を、我は称えるものである!」


 フロルさんは、いつものポワポワした感じはおくびにも出さず、集まった人々を見渡して叫ぶ。


 彼女の指さした先にあるのは、先ほど通過したはずの軍用車の一部。


 そこには、見せしめのようにジルコニアの残骸が載せられていた。


「ありがとうー!」


「よくやってくれた! 敵を! ――息子の敵を!」


「英雄タクマ!」


 口々に叫ばれる賞賛に、僕はどうしていいか分からず、とりあえず、右に左にお辞儀を繰り返した。


「皆の想いはよく分かった! 我は決して恩を忘れぬ善良かつ実直なカリギュラ臣民を代表し、必ずやこの者にふさわしい褒美を与えると約束しよう!」


 そう叫ぶフロルさんの手で、僕はそのまま客車に導かれた。


 十人くらいは乗れそうなスペースに、僕とフロルさんだけを乗せて、ユニコーンが出発する。


 ゆっくりと。


 見せつけるようなスピードで。


 たくさんの護衛の兵士が、先に、後に、横に、ぴったりとついてくる。


「浮かない顔ですねー。フロルのサプライズはお気に召しませんでしたかー?」


 僕の隣に腰かけたフロルさんが、そっと耳に囁きかけてくる。


「いえ。ご配慮はありがたいのですが、戦場で頑張ったのは僕だけではないですし、特別扱いされるのはちょっと……」


 僕は気まずい思いでそう答える。


 僕は与えられた力の範囲内でできることをしただけで、その点では他の仲間や、カリギュラの兵士たちと何も変わらないと思うのだ。


 もちろん、精霊魔法を全力で使った時点で、ある程度評判になることを覚悟していない訳ではなかったが、ここまで露骨にやられると、少々面食らってしまう。


「んふふー。本当に英雄さんはいい意味で英雄っぽくないですねー。でも、英雄さん本人の意思に関わらず、精霊魔法を使える上に一人で魔将を倒しちゃうような人間は、やっぱり特別という他ありませんー。特別なことをしてくれた特別な人には、特別な扱いで返さないと、国として非礼になってしまうので、我慢してくださいー」


 フロルさんが理路整然と言い放つ。


「……わかりました」


 僕は承諾の意味を込めた精一杯の笑顔で、沿道の人々に手を振った。


 カリギュラの戦勝を強調するダシにされるのは本意ではないが、どうせ晒し者にされるんだったら、嫌われるよりは好かれた方がいいことには違いない。


「はーい。上出来でーす」


 フロルさんがにこにこ顔で頷く。


「あの、一つ質問いいですか?」


「はいー。なんでしょう?」


「先ほど褒美をくださるとおっしゃっていましたが、具体的にはどのようなものを頂けるのでしょうか?」


 僕は期待からではなく、不安からそう尋ねた。


 カリギュラ側では、これだけ僕の功績を強調した以上、褒美も相応のものにしなければ格好がつかないはずで、とんでもないものを押し付けられそうで心配なのだ。


「はいー。英雄さんには近日中に父に謁見してもらうことになりますがー、そこで、封土領地を与えるという話が出るかと思いますー」


 フロルさんが僕にだけ聞こえるような小声で呟く。


 フロルさんの父ということは、つまり、カリギュラの現王か。


 どうやら、嫌な予感は当たってしまったようだ。


「それは、つまり、僕にカリギュラの貴族になれと?」


「んー。まあ、名目上はそういうことになっちゃいますねー」


 フロルさんが即答する。


「……」


 僕は黙って俯いた。


 正直断りたい。


 僕は今の自由な冒険者としての生活が気に入っているし、色々なしがらみや、義務を押し付けられそうな貴族という地位に、微塵も魅力を感じない。


 でも、そもそも庶民の僕が、一国の王がくれるというものを拒否することは許されるのだろうか。


 僕の懊悩とは無関係に、車はじわりじわりと貴族街に向けて進んでいく。


 まるで将来を暗示するような現在に、僕は思わずこのまま空に飛び立ってしまいたい衝動に駆られた。


 もちろん、そうできるほど、僕は常識を捨てきれないのだけれど。

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