第117話 武人の誉(2)

 戦って。


 戦って。


 休んで。


 また戦って。


 リロエが前衛の兵士を呼びに行き、彼らが戻ってくるまでの間、僕たちは交代交代でただひたすら砦に取り付いてくるモンスターを排除し続けた。


 そして、ただ一人前線に立つスノーだけは――本当に七日七晩、不眠不休で敵と戦い続ける。


 その身体が返り血で染まり。


 地面が臓物と死骸の沼となり。


 やがて、腐臭を放ち始めた頃――


「援軍だ! 援軍がきたぞ!」


 ようやく待ち望んでいた声が、僕たちの後方から聞えてきた。


 下をみれば、続々と呼び戻された前衛の兵士が、砦の中に入ってきている。


「助かりましたわ!」


「もう精神力がぎりぎりです!」


 ナージャとミリアがほっと息を吐き出して、背中を合わせて尻もちをつく。


「よしっ! タクマ! 私と一緒に、前衛の兵士を下に降ろすわよ!」


 リロエが叫ぶ。


「わかった! でも、その前にスノーを元に戻さないと――スノー! 援軍が来たんだ! もう戦わなくてもいい!」


 僕は風の精霊の力で拡声したメッセージを、スノーへと叫ぶ。


「団子! 団子! 団子! 団子! 肉団子五兄弟!」


 しかしスノーは聞く耳を持たず、ただひたすら敵を殺し続けている。


「だめだ。どうしよう。スノーが今の狂戦士のままだと、前衛の兵士が近づけないよ!」


 僕は困惑気味に叫ぶ。


 スノーは未だ戦い続けてはいたが、その動きはだいぶ鈍くなってきている。


 回復の速度も遅くなり、今はそこかしこから血を垂らしている。


 多分限界が近いのだろう。


 一刻も早く回収して、治療してあげたい。


「さすがに、このまま風の精霊にお願いして連れてきてもらうのは危なすぎるわよね……。そういえば、タクマって、精霊魔法以外になんか眠らせる魔法使えたでしょ。『スリープクラウド』だっけ? あれで、スノーを眠らせてから運べば?」


「それは厳しうござるな。狂戦士になっている折には、身体中に特殊な魔力が充満しておりまする故、プラスのものも、マイナスのものも、あらゆる状態異常は受け付けませぬ」


 リロエの提案に、レンが首を横に振る。


「ふう。困りましたわね。レン。何かいいアイデアはありませんの?」


 ナージャが悩まし気に首を傾げる。


「ふむ……。過去の事例を参考にするならば、やはりスノー嬢に人間性を再自覚させるしかありませぬな。要は本人に戦士以外の属性を思い出させることが肝要でござる」


 レンはしばらく考え込むように俯いてから、そう言葉を繰る。


「具体的にはどうすればいいんですか?」


「そうでござるな。スノー嬢も年頃の乙女でござるから、異性に胸でも揉まれれば、恥ずかしがって正気に戻ると思いまする」


 ミリアの問いに、レンが真顔でそんなことを言う。


「……」


「……」


「……」


「……」


 皆の視線が一斉に僕に集中した。


 確かに、現状で安全にスノーに接近できる異性となると、僕しかいない。


 いないが……。


「本当だね!? それは確かに根拠のある話なんだよね!?」


 もし効果がなかったら、僕はただの痴漢になっちゃうんだけど。


「保証はできかねまする。されど、性というものは本能と密接に結びついておりまする故、効果が高いと愚考致しまする。できることなら吾がお役目を代わりとうござるが、女である故、お役に立てず申し訳ございませぬ」


「ああもう! わかった! ――行くよ! 力を貸して!」


『わくわくするね! よく悪戯でスカートをめくって女の子をからかったりはするけど、こういうのは初めてだなあ!』


 僕は妙にやる気な風の精霊に呼びかけて、空へと飛び上がった。


 大恥をかく可能性はあるが、スノーの安全には代えられない。


「誰が殺したアングリークック!」


 ブウン! と、見境なく本気で殺しにかかってくるスノーの一撃をかいくぐり、僕はその懐に潜り込む。


「ごめん!」


 そのまま、僕はスノーの胸を思いっきり揉みしだいた。


 柔らかいのか。


 固いのか。


 比較対象がないから、よくわからない。


 でも、何となく、病院の点滴液の袋を握った時の感触に似ている。


 まあどのみち状況が状況だけに、色気もなにもあったものではないのだが。


「なにすんだい! アタイのおっぱいは父ちゃんのためでもなく母ちゃんのためでもなく夢と希望だけの友達のためにゃにゃにゃにゃ……んにゃ!」


 意味不明なことを言っていったスノーの身体が、電撃をうけたかのように一度ビクンと跳ねた後、完全に停止する。


「エクスプロージョン!」


 僕は魔法でモンスターを吹き飛ばしつつ、意識を失ったスノーを抱いて砦の上へと戻る。


「さあ! 次はあんたたちの番よ!」


 入れ替わるように、リロエが前衛の兵士を砦の前に移動させる。


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 たちまちときの声が上がり、カリギュラの屈強な兵士たちが戦線を押し返していく。


 武器を自由に使えるようになった以上、もはやモンスターは彼らの敵ではなかった。


「はあ――何とかなったね」


 僕は、スノーを屋上の床に降ろし、大きくため息をついた。


「タクマさん! お疲れ様です! ヒール!」


 ミリアがスノーについた傷を治していく。


「全く。本当に人騒がせな人ですわ」


 ナージャはそうぼやきながらも、手にしたハンカチでスノーの顔の汚れを丁寧に拭き取ってやる。


「されど、なにやらとても幸せそうな寝顔でござるな」


 レンが微笑ましげにスノーを見遣る。


 どんな夢を見ているのか。


 故郷を守る役目を果たし、スウスウと呑気に寝息を立てる戦士の口元には、ただ満足げな笑みだけが浮かんでいた。

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