第114話 磁統ジルコニア(2)

「磁性のある金属は、一定の温度まで加熱されると、その力を失うんでしたよね」


 確かキュリー温度とか言ったか。


「貴様ぁ! やってくれよったのぉ! これでしばらく攻撃中断じゃあ! ワシの弱点を知られたからには、生かして返せんきぃ!」


 ジルコニアが、ドシン、ドシンと足を踏み鳴らし、僕に襲い掛かってくる。


 しかし、その動きはあまりにも鈍重だった。


 おそらく、磁力の補助がないと、あの巨大な自重を支えるのは難しいのだろう。


(しばらく、ということは、磁力を操る力は放っておけば回復するのか)


 どれくらいの時間がかかるか分からないが、ここでしとめなければ、火の精霊の使い損だ。


「はあああああああ! 《身体強化》」


 僕は自身の筋力を増幅しつつ、その辺に落ちていた斧を拾い上げて跳躍する。


 目標は、とりあえず、あの頭みたいな部分だ。


「無駄じゃ! 磁統の力を失っても、ワシの身体の硬度が変わった訳ではないき! 魔法使い風勢の軟弱な一撃ではびくとも――ぐぎィ!」


 ガンっと、確かな手ごたえ。


「なるほど。硬いですね」


 一発で斧がダメになった。


 でも、ノーダメージではない。


 僕の攻撃を受けた箇所は、ちゃんと傷ついている。


「なんじゃぁ! おのれ! 魔法だけでなく、力も強いとはどういうことじゃあ! この化け物がぁ!」


 ジルコニアが動揺したように両腕を振り回す。


「あなたに言われると心外です――ね!」


 僕は、磁力を失いバラバラになった反射鏡の残骸の中から、適当に別の武器――フレイルを拾い上げて、再びジルコニアに襲い掛かる。


 またすぐに使えなくなるが、幸い代わりの武器は周りにいくらでも落ちている。


 そうして、僕はジルコニアの腕をかいくぐりながら、ひたすら同じ場所を攻撃し続けた。


「ええい! 忌々しい! けど、構わんき! こうなりゃ根競べじゃき! ワシの力が回復した暁には、生きていることを後悔するようなどえらい仕置きをくれてやるき!」


 ジルコニアは、そう言うと、頭を両腕で庇う格好で静止した。


 もしかしたら、もうまともに動くだけのエネルギーが残ってないのかもしれない。


「なら、なおさらここで倒さないと――火の精霊さん、水の精霊さん。交互に彼の顔を攻撃してください」


『けっ。辛気くせえ水野郎と一緒かよ』


『ムシムシー苦手ですー』


 二柱の精霊が、餅つきのごとく、炎と氷をジルコニアの顔へ交互に浴びせかける。


「おのれ! また魔法かぁ! 男なら男らしく力だけで勝負せんきぃ!」


「魔将にも性別があるんですか?」


 僕は急にマッチョイズムなことを言ってきたジルコニアを問答無用で殴りつける。


 冷やす。


 加熱。


 冷やす。


 加熱。


 冷やす。


 加熱。


 冷やす。


 加熱。

 

 ピシッ。


 やがて、ジルコニアの顔に走る、一筋の亀裂。


 度重なる収縮と膨張による金属疲労。


 そして、僕の執拗な攻撃が、ついに身を結んだのだ。


「はああああああああああああ! 『回転斬り』! 『突』!」


 生じたひびを見逃さず、僕は通常の攻撃に加え、武技による怒涛の二連撃を叩き込む。


 バリン!


 と、派手な音を立てて、ジルコニアの顔が砕けた。


 ドシーン!


 土煙を上げて、ジルコニアは大地に仰向けに倒れる。


「見、事じゃき、ぃ。ヒトの、英雄、よ。さ、いご、に、おのれ、の、名前、を」


 かつてジルコニアの顔だった破片が、壊れたラジオのような、ノイズ混じりの声で呟く。


「……タクマです」


 迷った末に僕はそう答えた。


 任務の成り行き上、僕はカリギュラに加担してるけれど、ジルコニアにそこまでの個人的な恨みはない。


 もちろん、侵略戦争をしかけてきたのは向こう側だし、あの砦が落ちて人が死ぬのは悲しいし、カリギュラが突破されてマニスまで敵がやってきて豪邸を放棄するような事態になれば、僕の財産権は侵害されるだろう。


 でも、現時点においてジルコニアとの一戦は、かつてテルマを陥れようとした貪狼のグースを倒した時や、エルフの里が襲われた時のような、感情的な因縁がある戦いではなかった。


 それこそ、力を持つ者同士の宿命というか、狩るか狩られるの自然の摂理の中での話で、善悪の問題じゃないのだ。


 そう考えると、敵とはいえ、どうしても敬意を払いたくなってしまう。


「タ、クマ。ワシは、敗れ、た。しかし、ワシの、軍団は、まだ、じゃ、き。あの、砦、もつと、思う、か?」


「思います。あの砦にいる人たちは、国を――故郷にいる仲間や家族のために戦っているんです。誰かを守ろうとする時のヒトは、強いですよ」


 僕は念のために、ジルコニアの破片をさらに細かく潰して回りながら言った。


「そ、うか。ヒトが、団結する、こと、で、ワシら、に、勝る、とい、うなら、力で、証……明……し……」


 ジルコニアの声がかすれ、やがて何も聞えなくなる。


 やがて吹いた一陣の風が、もはや粉になったジルコニアの頭を、自然へと還していった。


 確認のため、身体の方も何箇所か武器で叩いて破壊してみるが、全く反応はない。


 どうやら、完全に絶命したようだ。


 僕は、ほんの一瞬、手を合わせて瞑目し、好敵手に敬意を表する。


 「――ふう。ちょっと大変だけど、ジルコニアの残骸を砦まで運べる? 敵の大将を倒したと分かれば、砦を守っている人たちの士気が上がると思うんだ」


 やがて目を開けた僕は、百人どころか、千人乗っても大丈夫そうなジルコニアの巨体を見遣って言った。


『んー。まあ、きついけど、できなくはないかな? ボクはまだ結構余裕あるよ。でも、他のみんなは厳しそうだね』


 風の精霊はそう言って、ぐったりとしている他の精霊を見遣った。


『おう。俺様はくたくただぜ。火をくべてくれなきゃ絶対働かねえ!』


『カピカピでシナシナですー』


『……足が重い』


 風の精霊は、諜報・移動・防御と汎用性が高いので、多めに契約してもらってるから余裕がある。


 火の精霊はそれよりは少ないが、カリギュラの地形には適応性が高い精霊ということもあり、攻撃の主要な手段としてそれなりの準備をしていたのだが、ジルコニアを熱するのにほとんど消費してしまった。


 水と土の精霊は前の二つに比べると力は使ってないが、そもそもの契約している精霊の数が、風や火のそれに比べると少ないので、余裕がない。


 今の僕の余力では、これ以上戦闘面で砦の人たちに協力するのは難しそうだ。


「まあ、これ以上は戦えないよ。頑張って魔将を倒したんだからこれで許してもらおう」


 僕はそうひとりごちて、かつてジルコニアだったモノを連れて、砦へと引き返していくのだった。

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