第113話 磁統ジルコニア(1)

(さて。どうするか)


 魔将らしき存在の上空まできた僕は、一瞬考える。


 あの敵にはどんな攻撃が通用するだろう。


 できれば、初めの奇襲の一撃で葬り去ってしまいたい。


『ねー。キミ。下のデカブツがなんか言ってるよ』


 風の精霊がぽつりと呟く。


「教えて」


『「ん? 感じる……。感じるき。忌々しい地上の者共の気配を。こそこそ隠れていないで降りてきてワシと闘えぃ!」だって』


 風の精霊が、魔将らしき存在の声真似をしてか、太めの調子で呟いた。


 感じるというこは、どうやら見えている訳ではないらしい。


 磁界の乱れとかで僕の存在を察知しているのか?


 まあ、ともかく――


「そんなこと言われて出て行く訳がないよね」


 僕はむしろ、さらに高度を上げた。


 物語の英雄なら正々堂々出て行って戦うのかもしれないけど、僕はただの冒険者だ。


 卑怯者の誹りを受けたとしても、何の痛痒つうようもない。


『もう無理! これ以上高いと、風は吹かない! 虚無の空間になっちゃう!』


「わかった。――思いっきりでかくて硬いの、落としてやって」


『よかろう』


 風の精霊が悲鳴を上げるぎりぎりの高さまで昇った僕は、土の精霊に命じて、巨大な土くれを豪速で落下させる。


 落石というよりは、もはや隕石と言っていいそれが、地上へと降り注ぐ。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 とすさまじい爆音。


 狙いを定めるとか定めないとか関係ない。


 点ではなく、面で場を制圧する。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 と、休む暇も与えず、打てる限りで連発してみた。


 効果は――地上は土煙でよく見えない。


『「やってくれる! いいだろう。降りてこないというなら、落とすまでじゃきぃ!」だって』


 バチバチバチバチバチバチバチ!


 途端、目の前で稲妻が弾けた。


 いつの間にか、雷雲が僕を取り囲んでいる。


 風の精霊が作った空気の絶縁体のその先で、派手なイルミネーションのごとく、火花があちらこちらで炸裂しまくっていた。


(そうか! 磁気を操れるということは、電気も自在に操れるということなのか!)


『この高さのままで、ビリビリも防ぐのはきつすぎるよ! どっちかにして!』


「仕方ない! 高度を下げて! ステルスも解除していいから、防御に全力!」


 僕は急速に地上付近へと落下していく。


 僕の纏った豪風が、ついでに地上の土煙を払った。


 一般のモンスターは大方ぺしゃんこになって絶命している一方、魔将らしき存在は全くの無傷でそこに佇立ちょりつしている。


「ようやく姿を見せよったか。ワシは磁統ジルコニアじゃい! 名乗れぃ! ヒトの英雄よ!」


 魔将――ジルコニアは僕に顔らしきものを向けて言った。


 何か、すごく古い昭和の漫画に出てくる番長のような口調に聞こえる。


「礼儀正しく自己紹介してもらったところ申し訳ないんですけど、わざわざ僕の個人情報を明かすメリットが思い浮かばないので、名乗りはスキップしていいですか?」


 相手が不倶戴天の敵とはいえ、できれば礼儀には礼儀で応じたいが、その場の雰囲気に陶酔して名乗りをあげるほど、僕は物語の英雄にはなりきれない。


「ほう? ヒトの英雄には目立ちたがりが多いと聞いておったに。とんだ臆病ものじゃきぃ!」


「はい。臆病ですよ。僕は英雄じゃなくて、ただの冒険者なので」


 馬鹿にしたように言うジルコニアに、僕は平然と答える。


「ただの冒険者? ただの冒険者ごときにワシのかわいい眷属共は殺されたというのか! なめ腐りおってぃ! 死にさらせぃ!」


 ガチャガチャガチャ、と。


 ジルコニアの周りにあった、ありとあらゆる金属が、共鳴して起き上がる。


 砦から接収したらしい、剣、槍、斧、盾、鎧に加え、ジルコニアの側に侍っていた金属系のモンスターの遺骸が起き上がり、鋭利な刃物の嵐となって、一斉に僕へと襲い掛かる。


「かわいい眷属の死体を飛び道具にしていいんですか!?」


「ええんじゃ! たとえ、ワシ以外の全ての同族が滅びようとも、ただ一つ最強のワシができればええ! それが、軟弱な個体も生かそうとするおのれらと、ワシらとの違いじゃけえ!」


 ジルコニアは堂々とそう言い放ち、鎧型のモンスターをバラバラの鉄片にして繰り出してくる。


 土の精霊が時に攻撃を防ぎ、風の精霊が時に攻撃をそらす。


 苛烈だ。


「じゃあやっぱり僕は、このままの方がいいです!」


 敵の攻撃の隙間を縫うように、僕は氷柱を繰り出しながら叫んだ。


 老人、病人、心身に障碍を負った者。


 ヒトの築く文明というものは、自然の法則からいえば、当然淘汰されるべき存在まで、時に助けようとする。


 だけどそのことを、僕は全く否定する気にはなれなかった。


 だって、もし、そうじゃなければ、地球で病弱だった僕なんかは、真っ先に切り捨てられていなければおかしいことになってしまうから。


「無駄じゃあ! 無駄じゃあ! ワシの身体は世界一硬い! ヒトごときの力で、傷一つつけられんきぃ!」


 ジルコニアは、回避すらすることなく、直立不動のまま僕の攻撃を受ける。


 その言葉通り、全くダメージはないようだ。


(やっぱり倒せないかなあ……。まあ、一応、敵の兵力は削れたから、無意味ではなかったか)


 僕は撤退を視野に入れつつ、最後に色んな攻撃を試してみることにする。


 土系の攻撃は、隕石をぶつけてもびくともしなかったのだから無駄だろう。


 水系の攻撃はさっきためした通り。


 となると後残った属性は――


「ライトニングボルト! 《ウインド》」


「ははは! ワシの餌じゃきぃ!」


 雷撃がジルコニアの顔に吸い込まれていく。


 風は――そもそも磁気バリア的なものに阻まれて奴の身体に届きすらしなかった。


「ポイズンミスト」


「気持ちええのお!」


 ジルコニアは僕を煽るように、首を左右に動かした。


「メイクファイア 《メイクファイア》」


「もしかして、火、苦手ですか?」


 僕は敢えて口に出して尋ねた。


 ジルコニアは、割と感情豊かな方なので、ボロを出すかもしれない。


「なにを言う! たとえ世界のヘソのマグマでも、ワシの身体はびくともせんきぃ! ワシを溶かせる炎など、この世に存在せんきぃ! 無駄なあがきは見苦しいど! さっさと観念して死にさらせぃ!」


 多弁なところが怪しい。


 もしかして――


「そうですか。でも、溶かせなくても熱せますよね。――やっちゃって!」


『おう! 久々に俺様の出番かよお!』


『オラオラ! ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!』


『祭りだ! 祭りだ!』


 僕はカリギュラで新たに契約を交わしたものも含め、全ての火の精霊の力をジルコニアへと投入する。


 宇宙の星々を思わせる青白い極熱が、その巨躯へと殺到した。


「小賢しいきぃ!」


 ジルコニアは、僕を攻撃していた金属を反転させ、バリアのようにその身に纏う。


「あの金属、接着して地面に壁として固定しちゃって」


『熱を籠らせるか』


 土の精霊たちが浮遊していた金属片を繋ぎ合わせ、何枚かの反射鏡を作る。


 ジルコニアが身を守るために集めた金属たちは、かえって、その身を焦がすことを助ける、即席の反射炉となった。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 今まで余裕しゃくしゃくだったジルコニアが、頭を両手で抱え、今日初めての苦悶の声を上げる。


 僕の渾身の炎は、確かに、彼の言う通り身体を溶かすことはできなかった。


 しかし――


 ガタン!


 と、彼の周りを囲んでいた反射鏡が、地面へと倒れる。


 そして、それは、二度と起き上がることはなかった。


 全ての金属が、ジルコニアのコントロール下を離れたのだ。

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