第112話 バルク砦
あらゆる金属を身体から取り外し、非金属で使えそうな装備――といっても、まるでRPGの初期装備のような『鍋のふた』的な代物だが――で用意を整えた僕たちは、空路でバルク砦へと直行した。
全速力で一日半。
辿り着いた砦を、僕たちは上空から俯瞰する。
「これは……ひどいわね」
リロエが歪める。
そこには、阿鼻叫喚の惨状が広がっていた。
黒鉄で造られた砦の壁に、鎧ごと
ある者は手にした自らの剣で喉を刺し貫かれ、ある者は盾で顔を潰されている。
回収する余裕もなく放置されたそれらに蠅がたかり、中には糞尿が腐敗液かわからないどす黒い液体を垂らしている遺体もあった。
嗚咽を禁じ得ないような不愉快な臭いが、風に乗って鼻腔へと届く。
「痛かったでしょう。苦しかったでしょう。今、楽にしてあげますから――『レクイエム』!」
ミリアが、アンデッド化しかけていたいくつかの死骸を浄化する。
「こんな状況でもまだ、砦は落ちてませんわね。大したものですわ」
ナージャにしては珍しく、素直に感心を示す口調で告げる。
「然り。されど、瀬戸際でござる。そう長くは持ちませぬぞ」
レンが危機感を露わに頷いた。
三重の堀の内、二つまでは既に突破されている。
しかしそれでもなお、最後の堀の手前で、辛うじてカリギュラの軍は踏みとどまっていた。
砦に籠って遠距離魔法を放つ後衛だけでなく、信じられないことに、この状況でも、砦の外に出て戦っている兵士がいる。
スノーと同じく、鎧も武器もかなぐり捨て、丸太や槍の柄の部分、さらには物干し竿まで持ち出して、あり合わせの道具で必死に応戦していた。
対するモンスターも、ウッドゴーレム、ストーンゴーレム、僕たちがこの前大量に倒したカースドパペットetc.etc……色んな種類がいるが、やはり全て非金属製である。
戦いっぷりをみるに、レベル自体は兵士の方が勝っているようだが、武器が使えないのと、モンスター側の物量が尋常ではないため、刻一刻と戦況は悪くなっていた。
「……」
スッと。
スノーが、無言のまま、人差し指で戦場の最前線を指す。
「あそこに行きたいんだね。もう一度確認するけど、撤退する意思はない?」
「……(コク)」
僕の確認に、スノーは固い意思を感じさせる瞳で頷いた。
僕たちが止めても、彼女は行くだろう。
だとすれば、いっそのこと、本人の気が済むようにしてあげた方がいい。
「そう。……リロエ。スノーを援護しよう。でも、無理はせず、撤退用の精霊の力は温存しておいて――エクスプロージョン!」
僕はそう前置きしてから、精霊魔法でない、普通の魔法を放った。
出し惜しみとかではなく、精霊魔法だと、威力が強すぎて友軍を巻き込む危険性があるからだ。
スノーの進路に邪魔そうな、蜂型のモンスターの群れを、まとめて爆散させる。
「わかったわ!」
リロエが石の矢尻を装着した矢を放ち、僕の魔法で殺し損ねたモンスターを射抜く。
スノーはその隙に地上へと降り立ち、友軍めがけて全力疾走して行った。
「君たちは――!?」
突如空から現れた僕たちに、砦の屋上で応戦していた魔法使いらしき兵士が振り向く。
「カリギュラ軍に参加している冒険者です! どこまで力になれるかはわかりませんが、できる限りで支援させて頂きます!」
僕は仲間たちと共に、砦の歩廊に降り立ちながら告げた。
「ありがたい! 今はヌックスの手も借りたい状況だ!」
魔法使いの兵士は、戦場から目を背けることなく叫んだ。
「私はヒーラーですが、負傷した方はどちらに?」
「救護室に――ああ! でも、君たち、この砦は初めてだったか!? ああ、くそっ! 案内をつける余裕は――」
「ご心配めされるな。吾は少々この砦には詳しうござる故、案内役を致しまする」
「よろしくお願いします!」
レンがミリアを先導していく。
「では、ワタクシは、最後の堀が突破され、敵がなだれ込んできた時のために、砦の内側にトラップを構築しますわ。ワイヤーが使えませんし、できることはたかがしれていると思いますけれど」
「その手の工作に関しては、吾もお手伝いできると思いまする。ミリア嬢をご案内した後に、協力させてくだされ」
階下に降りる前、レンがナージャの方を振り向いて言った。
「じゃあ、僕とリロエはこのまま前線の兵士の援護をしよう! 《ライトニングボルト》」
僕は魔法を放ちながら告げる。
「それはいいんだけど、なんか、ウチの矢が全部防がれるんだけど!?」
リロエが苛立たしげに叫ぶ。
空中に兵士たちが放棄した剣や盾が舞い、僕たちの攻撃を、巧みに、弾き、そらし、防ぐ。
あれのせいで、僕たちの支援効果は半減させられてると言っていい。
「魔将の能力だ! 磁力で仲間の武具を好き勝手に操って――! くそっ! あれさえなければ、俺たちはもっと戦えるのに!」
魔法使いの兵士が歯噛みする。
愛用の装備を敵に利用されることは、兵士たちにとっては、相棒が寝返ったような心理的屈辱を与えるのかもしれない。
「――魔将を倒せば、あの力は失われるんですか?」
「ああ。一応、そのはずだ。俺も実際に経験したことがないからはっきりとしたことは言えないが、『黒死のベアトリーチェの疫病』や『常夜のレグルスの太陽隠し』など、少なくとも、教本では、過去の英雄たちが魔将を倒した際には、その力がもたらす害悪も消失したと伝えられている」
魔法使いの兵士が淀みなく答える。
教養豊かだし、軍でもエリート層の人なのかもしれない。
「そうなんですか……。じゃあ、戦ってみる価値はあるかな。――リロエ。僕、ちょっと行ってきてもいい?」
「まさか、タクマ! 魔将を倒しに行くつもり!? 危なすぎるわ!」
「無茶をするつもりはないよ。でも、試してみるくらいわね」
心配そうに目を見開くリロエに、僕は気負わず言った。
「君! 正気か!? 相手は魔将だぞ? 魔法の威力を見るに、相当な使い手なようだが、奴らは規格外だ!」
「そうでしょうね。でも、僕にしかできないこともありますから」
こうして精霊魔法を日常的に連発しているけれど、僕の心のどこかには、過ぎたる力を私用で使うことへの、罪悪感みたいなものがある。
創造神様から精霊魔法を使えるようにしてもらったことはもちろん、叡智神ソフォスのマナの知識を受け継いだことも含め、二柱が僕に力を授けたのは、個人ではなく、世界のためという側面も大きいだろう。
ならば、大いなる力を受け継いだ者の義務――というほど大げさなものでもないけれど、二柱の想いを汲んで、獲得した力を公のために使いたいという気持ちはある。
もちろん、命がけで公に殉ずるほどの覚悟はないが、力に見合う程度の奉仕はしたい。
要はバランスをとりたいのだ。
「止められない……わよね。ウチもタクマが危険を冒してくれたから、こうして生きてる訳だし。――行きなさいよ」
リロエが複雑な表情で頷く。
「ありがとう。もし危ない状況になったら、僕のことは気にせずに、リロエたちだけで風の精霊の力で脱出してね」
「わかったわ――必ず生きて戻ってきなさい。あんたが死んだら姉様が悲しむもの」
「リロエは悲しんでくれないの?」
緊張を紛らわせるために、僕は敢えて軽口を叩く。
「ウチだって、そりゃ、少しは――って、言わせんじゃないわよバカ! 頑張りなさい!」
「ごめんごめん。じゃあ、ちょっと行ってくる」
励ますように背中を叩かれ、僕は空へと舞い上がる。
「まさか――! 君、精霊魔法を!? 人間が!?」
魔法使いの兵士が、僕を二度見した。
人前で精霊魔法を使うとは、こういうことだ。
リロエと一緒に行動するというカモフラージュができなくなれば、必然的に僕は注目を集めることになる。
でも、人命がかかっている以上は、『目立ちたくない』なんて言ってられない。
「川の精霊さん。いますか?」
ナハル村近くの川で新たに契約した水の精霊に、僕はそう声をかける。
『ふぁーい。なんですかー?』
水色の半透明のカエルの形をした精霊が、僕の眼前に出現する。
「ちょっと向こうの景色を拡大してくれますか? 魔将の位置に当たりをつけたいんです」
『お任せー』
水の精霊が変形し、筒状となる。
水のレンズで作られた即席の望遠鏡で、僕は遠くの景色を見遣った。
モンスターが派遣されてくる方向などから、その大元を探る。
「もやで見えづらいな。払ってくれる?」
エルフの里でも遭遇した黒いもやが、視界の邪魔しているため、僕は風の精霊の助力を乞うた。
『はいよー!』
僕はやがてクリアになった景色に目をこらす。
「……いた。あれかな?」
凡百のモンスターが居並ぶ中、その中心でふんぞり返ってる巨体が一つ。
見た目はゴーレムに似た人型だが、身体の大きさが半端じゃない。
推定身長、30メートルはあるんじゃないだろうか。
狭いダンジョンなら、確実に入れないような
全身は繋ぎ目のない黒光りする金属性。
人間でいう所の顔の部分には、目だか鼻だか口だか分からない、大きな丸い出っ張りがある。
さすがは魔将。
魔族の中でも突出した個体というだけあって、見た目も分かりやすい。
「僕の姿とにおいを消して」
『ではー。キラキラ―』
水の精霊が僕の周りの光の屈折率を変え、視認性を下げる。
『ヒューイ! っと。こんな感じ?』
さらに風の精霊が気流を調節する。
こうしてステルス状態になった僕は、息をひそめて魔将らしき存在に接近していくのだった。
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