第107話 拒絶

 村へと入った僕たちがスノーについていくと、そこはグリューヴ家に仕える代官の家だった。


 ちなみに、途中で僕たちは特に襲われることはなかった。


 そりゃ、一々外から来た人間にいきなり襲い掛かっていたら、ただのヤバい集団なので、当然といえば当然だが。


 あの襲撃は、ある意味でスノーへの親しみの現れなのだろう。


「ようこそ。ナハル村へ。歓迎します。姫様とご同道の方々」


 代官の男性がわざわざ家の前まででてきて、僕たち――というより、スノーに向かって一礼する。


 精悍で、代官といっても役人じみた雰囲気はなく、どこか親しみやすい雰囲気を醸し出している。


「どうも。しばらくご厄介をかけます」


 スノーが喋れば彼女に応対を任せようと思ったが、相変わらず無言でぼーっとしているので、僕が代表してそう挨拶した。


「いえいえ。わざわざ我々のために来てくださったのですから。村に滞在の間は領主様用の別宅をお使いください。後で村の者に案内させますので」


 代官さんはそう言って、村の奥にある大きめの住居を指さした。


「ご配慮痛み入ります。それで、早速なのですが、モンスターの襲撃を警戒するにあたって、どこか気になる場所や、危険に感じる場所はありますか?」


 僕は早速そう切り出した。


「いえ……。村の男たちで定期的に近辺を見回っていますが、特には。皆様にはいざという時の切り札として村で英気を養って頂ければと」


 代官さんはにこやかにそう言い放った。


 つまり何もするなということだろうか。


 僕たちを戦力として信用してないのか?


 それとも、上司の娘にあたるスノーが一緒にいるので、僕たちに遠慮しているのだろうか。


 どちらにしろ、任務の結果を報告する時に、フロルさんや商会に怠けていたと思われたら問題なので、何もしないという訳にもいかない。


「一応、僕たちも仕事できておりますので、何もしないというのはちょっと……」


「そうですか。真面目な方々だ。――強いていえば、最近モンスターに遭遇しないことが逆に気がかかりです。モンスターたちが魔族の気配を感じて、本能的に戦力の結集を図ってるいるのかもしれません」


 代官さんは僕たちの本気度を推し量るように、少し間を置いてから呟く。


「そうですか。なら、敵の戦力が集まりきる前に、こちらから攻撃を仕掛けて各個撃破した方がかえって安全かもしれませんね」


「そうなると順当に考えれば、一番モンスターが潜んでいる可能性が高いのは、川向こうの森になると思います。私共も、平時は木材などを入手するために、あちらに踏み入ることもございます。ですが、向こうは魔族の土地となっておりますので、スタンピードが予期されるようになってからは、立ち入りを控えております」


 代官さんは危険性を強調するように言う。


「なるほど。分かりました。では、とりあえず、その森に威力偵察に向かいます。モンスターの戦力を把握し、可能なら討伐します。みんなも、それでいいかな?」


 僕の確認に、スノーを除く全員が頷いた。


「――わかりました。ですが、中途半端に攻撃すると、モンスターを刺激して、かえって大規模な襲撃を誘発する可能性もありますので、あまり無理な軍事行動は控えて頂けるとありがたいのですが……」


 僕たちの決意は固いと判断したのか、代官さんはあまり気乗りしない様子で頷く。


「承知しました。僕たちも命が惜しいので、安全第一で慎重に活動するとお約束します」


 僕はそう請け負う。


 もらった報酬分は働く意欲はあるが、かといってカリギュラのために無茶をするつもりもない。


「それは良かった。では、冒険者の皆さんだけを危険に晒すのも心苦しいので、村からも腕に覚えのある戦士を出しましょう」


 代官さんはほっとした様子でそう提案してくる。


「いえ。お気持ちは大変ありがたいのですが、僕たちは他のグループの人と連携して戦うのに慣れておりませんので。それに、森以外の方から襲撃があった場合に備えて、戦力は村に残しておかれた方がいいでしょう」


「そうですか……。では、せめて案内として数名だけでもお連れください」


 僕がやんわりと断ってもなお、代官さんは食い下がってきた。


 土地勘のある者の案内はありがたいが、正直、第三者がいると僕が精霊魔法を使いにくくなる。


 それに、彼らは最近は森に入っていないそうだし、風の精霊のネットワークの方が、最新で確実な現場の情報を入手できる可能性が高い。


「――それも、万が一の時に僕たちが村人さんの命に対して責任をとれませんから」


「ご心配には及びません! 私共は常在戦場の心構えで生きておりますので!」


 代官さんはそう言うと、はりきって力こぶを見せつけてくる。


 どうして、この人は僕たちにここまで戦士を同行させたいのか。


 彼らには失礼な話だが、こういう場合、僕はてっきり村人たちが危険な仕事を押し付けてくるものだとばかり思っていた。


 よほど戦うのが好きなのか。


 それとも、やはり、僕たちが下手にモンスターを刺激しないように監視役をつけたいのか?


 結局、同行者をどうするかで折り合いがつかないまま、話し合いを明日に持ち越して、僕たちはあてがわれた領主の別宅へと向かった。


 貴族の別宅といってもログハウス風で、居住空間としては大部屋が一つだけしかなく、その他の部屋は、台所かトイレという、かなりシンプルな造りだ。


 木の香りが落ち着く小綺麗な内装で、僕としては結構気に入った。


「ふう。これでやっと一息つけますね」


 ミリアが荷物を降ろして、大きく息を吐き出す。


「んー! ウチ的にはこういう自然が多いところの方が落ち着くわ! でも、さっきの人間は何であんなにウチらと一緒に戦いたがってたの?」


 リロエが気持ちよさそうに床をごろごろしながら呟く。


「その件はワタクシも気になりましたわ。……まさか、裏で魔族とつながってたりしませんわよね。隙を見つけて、ワタクシたちを背後から襲うつもりとか」


 ナージャが冗談まじりに呟く。


 まあ、クロービの一件もあったし、この村が魔族に加担している可能性が100%ないとは言い切れない。


「さすがにそれは邪推というものでござろう。この村の者は鍛錬に熱心な故、モンスターと闘う機会を逃したくないだけではござらぬか」


 レンが剣に砥石を走らせながら呟く。


「まあ、色々勘繰っちゃうけど、とりあえず今日はゆっくり休もう。どのみち、明日からは森に行って戦うことになるだろうから」


「……行かない」


 スノーが鎧を脱ぎながら、僕の言葉に首を横に振る。


「行かないって――それはどういう意図があっての発言ですの?」


「……めんどい」


 スノーはナージャの問いに端的にそう答えると、ベッド代わりのハンモックに身体を預け、静かに寝息を立て始める。


 そのあまりの態度に、僕たちは困惑してお互いの顔を見合わせるしかなかった。

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