第108話 積極的防衛
翌日、本当にスノーは僕たちについてこなかった。
彼女は、玄関へと向かう僕たちに背中を向け、窓の外を見つめながら、ゆっくりヒンズースクワットを繰り返している。
僕たちも一応声はかけたが、やる気のない人間を無理に連れていっても仕方ない。
軍用車に積み込んできた食料を使って、簡単なオートミールを作って朝食をとった僕たちは、時間通りに家を出て、代官の居宅へと向かった。
「おはようございます。早速、森へ向かいたいのですが、昨日話し合った件はどうしましょうか」
朝稽古だろうか。
家の前で剣の素振りをしている代官さんに、挨拶がてら話しかける。
「おはようございます。やはり、私共としては少なくとも三人は村の者を連れて行って頂きたいところですが――ところで、姫様はどちらに?」
素振りを辞めた代官さんは剣を地面に刺すと、僕たちを見渡して呟く。
「彼女には作戦上の必要性から、村で待機してもらうことになりました」
さすがに『やる気なさげでどうにもできませんでした』と正直に報告する訳にもいかないので、曖昧に誤魔化す。
実際、作戦上、望まない者を連れていっても困るという意味では必要性はあるので、嘘は言っていない。
「なるほど……。では、改めて確認させて頂きますが、本当に私共の戦士はご入用でないのですね?」
「はい。また何か必要があれば協力をお願いすることもあるかと思いますが、今日の所は結構です」
「そこまでおっしゃるのならば、この一件は冒険者の皆様にお任せします。どうかお気をつけて」
僕が丁重にそう断ると、代官さんは深々と一礼して、僕たちを見送った。
「やけにあっさり引き下がりましたわね」
代官さんからしばらく距離を取った後、ナージャが意外そうに呟く。
「スノー嬢がおらぬと分かった途端、態度が急変したでござるな」
レンがナージャに賛同するように続けた。
「では、もしかして、代官さんが私たちに村の戦力を連れて行かせたがったのは、スノーさんを守るためですか?」
ミリアが小首を傾げて言った。
「そうかも。スノーはここの領主の娘なんだから、当然といえば当然だけど」
僕は頷く。
いきなり子どもがスノーに襲い掛かったりする村なので、彼女を戦場に送り出すことにも抵抗がないかと思っていたが、どうやらそれとこれとは別らしい。
「じゃあ、あの娘が言ってた、『めんどい』っていうのは、もしかしてそういうことなの?」
「うん。『(私が行くと村人がついてきて作戦の邪魔になるから)めんどい』ってことだったのかもね」
リロエの言わんとすることを察して、僕は先の言葉を継いだ。
「ふむ。蓋を開けてみれば、単純な話でござったな」
レンが納得したように頷いた。
「まあ、僕たちがスノーに対して、好意的に解釈しすぎなだけかもしれないけどね。普通に言葉通りの『めんどい』だった可能性もあるけど――とりあえず、森に向かおうか?」
「そうね」
僕とリロエは村の端で精霊魔法を発動し、他のパーティメンバーと共に浮遊する。
そして、実質的な国境線となっている川を越え、森の入り口へとやってきた。
「なんだか、暗い森ねえ。土の精霊の気配は濃いけど、風の精霊はあまり元気がないわ」
リロエはそう呟くと、森を目を細めて見つめる。
「まあ、日照量の違いとかもあるだろうけど、奥まで人の手は入ってないだろうからね」
森はいわゆる普通の混合林だが、エルフの里の周りとは違って、緑の色が薄い。薄暗いのは、魔族の領土だということも関係しているのかもしれない。
また、村人によって間伐されているのは、入り口から見える範囲のほんの一部だけで、奥は手つかずの未開の地、といった感じだ。
加えて、木々と木々との間が狭く、大軍を展開できるような余裕はない。
「これはあのぼんやり娘を連れてこなくて正解だったかもしれませんわね。こんなごちゃごちゃした地形に、あの方のような巨体を持ってきて前線に立たせても、視界を遮る上に、弓や魔法の射線の邪魔になるだけですわよ」
ナージャがしきりに周囲を警戒しながら呟く。
「もしかして、スノーさんのあの発言は、このことを把握した上でのことだったのでしょうか?」
ミリアが小首を傾げる。
もしかしたら、スノーの言う『めんどい』の中には、この地形の不利も含有していた――と考えるのは、さすがに好意的すぎるだろうか。
『(自分が行っても作戦の邪魔になるだけだから、気を遣われるのが)めんどい』ということなら、言葉足らずではあっても、彼女は僕たちにちゃんと同行しない理由を説明しようとしていたということになる。
「十分にあり得まするな。スノー殿はこの近辺の出身で地理にも明るいでござろうし、一般に、重装歩兵は開けた地形でこそ真価を発揮するもの故」
ミリアの推測に、レンが頷いた。
「まあ、憶測であれこれ言っていても始まりませんわよね。あの娘の真意は後で確認するとして、今は目の前の仕事を片付けませんこと?」
ナージャはそう言って、脱線した話題を本筋に戻す。
「然り。単純に敵を殲滅することだけを考えるなら、火攻めが有効にござろうが、現実的な策とは言えませぬな」
「まあ、村の人たちのことを考えると、それはできないよね。森は生活資源にもなってるみたいだから」
レンの言葉に、僕は頷く。
火を放って魔法で風向きを調整すれば、森を焼き尽くすことは簡単だろうが、後々の影響を考えると、実行に移すのは難しい。
木材の確保的な意味もあるし、木々を全部焼き払って土地の保水力がなくなると、将来的な洪水の心配とかもある。
「それじゃあ、結局正攻法でいくしかないんじゃない? この土地の精霊の力を借りてモンスターのたまり場を探しましょ」
リロエがまとめるように呟く。
「そうだね。――他の精霊とのつなぎ役をお願いできるかな? モンスターの群れを探して欲しいんだ。有力な情報には、僕がマナで報酬を支払うから」
僕は、一緒に来ていた風と土の精霊にそう声をかける。
『仕方ないなあ。こういう陰気な森はわくわくしないんだけど、キミのお願いだから特別だよ? 僕にもちゃんと報酬は支払ってもらうからね!』
『魔を払えば、淀んだ地も巡りが良くなるであろう』
風の精霊が空から、土の精霊は地から、森の様子を探りに行く。
30分程経つと、続々とこの土地の精霊が僕たちの所にやってきた。
『西の大木三兄弟が、腐った葉っぱの臭いがする獣の群れが、ギザギザ歯を研ぐから困ってるって言ってたよ』
『東の大岩の辺りには、魂を食らう人形が数多集いて騎士の真似事をして遊んでいる由』
「ありがとう。みんな、精霊によると――」
僕はスピーカー代わりに、精霊の言ったことを繰り返して、皆に伝える。
「もう少し詳しい特徴を教えてくださる? モンスターを特定しますわ」
ナージャが木の枝で、地面に出没するモンスターの特徴をメモしながら言った。
「うん――」
さらに詳細を入手し、情報を擦り合わせ、モンスターの種類を特定する。
結果、『グレイハウンド』と『カースドパペット』という、いずれも、レベル20程度のモンスターで、僕たちでも対処可能な敵と分かった。
「ありがとう。はい。『マナ』」
『ほわわわわー。すごい! なにこれー』
『至福。至福』
土着の精霊たちに、報酬を支払う。
『ほら! ボクにも、ボクにもちょうだい! 釣った魚に餌をやらないなんてひどいよ!』
「はいはい。ちゃんと覚えてるって」
せっついてくる風の精霊にも報酬を支払う。
『あひゃあああああああ。これこれー!』
風の精霊が歓喜に身体を震わせる。
日々マナを分け与えている内に、妖精の姿をした風の精霊の羽が、四枚羽から六枚羽に進化しているのだが、彼らもパワーアップしたりするのだろうか。
『くちくなった。くちくなった』
同じく土の精霊も身体ががっしりとして、蜥蜴から恐竜(ステゴザウルス)っぽい形状に変化し始めている。
「よし。じゃあ、早速行動を始めようか。まずは気付かれないように、空から敵の群れに接近しよう。それで、僕は退路を塞ぐために、敵の周りにポイズンミストとか、かまいたちのバリアとかを張るよ」
わざわざ森に分け入って、敵に有利なフィールドで戦ってやる道理もない。
僕たちは、一番楽で安全な方法で敵を狩る。
「それではワタクシは、念のため、地上に降り、敵の逃げ道になりそうな所にトラップを仕掛けますわ」
「では、吾はナージャ嬢の警護と、打ち漏らした敵の討伐を請負いまする」
「じゃあ、私は空から、『ライト』の魔法で敵を誘導しますね!」
「ウチはあんたたちを飛ばすので精一杯かな。余裕があれば弓で援護もするけど」
自然とパーティの中で役割分担が決まり、再び僕たちは空の人となった。
最初の敵はグレイハウンドの群れ。
土着の精霊たちに案内してもらって、目的地の手前で一旦停止する。
まずは、僕がポイズンミストの魔法を散布し、円状に敵を取り囲む。
そして、その周りにナージャがトラップを仕掛ける。
さらに、その外にはレンが待機。
そんな三重の備えをしてから、敵の群れの中心に向かう。
そこには、優に500体を超えるグレイハウンドがいた。
「じゃあ、始めるよ」
僕はその群れの中心に、躊躇なく風の精霊魔法をぶち込んだ。
スパ、ズバ、スパ、ズバ、スパ、ズバ、スパ、ズバ。
はるか上空から僕が繰り出す不可視の真空の刃を、不意打ちでくらったグレイハウンドたちが、一気に八割方殲滅される。
本当はもっと威力をあげてオーバーキルすることもできないではないが、あまり派手にすると他のモンスターに気が付かれる可能性が上がるし、森林を破壊しすぎてしまうので、威力は調整してある。
キャンキャンキャン!
と、生き残ったグレイハウンドたちは、まさに負け犬の鳴き声を上げて逃げ出した。
しかし、その先には僕の仕掛けたポイズンミストが待ち受けており、これでほぼ九割八分の敵が死んだ。
それでも、仲間の死体に隠れ、何とかポイズンミストを逃れ得た個体もいくらかいるようだ。
「『ライト』」
ミリアが詠唱で繰り出した清浄なる光を嫌うように、グレイハウンドたちは必死に森の暗がりを目指す。
しかしそこには、無情にもナージャが巧妙に仕掛けたロープトラップがある。
わずかな生き残りも首吊り死体となり、結局、レンの出番を待つまでもなく、グレイハウンドの群れは壊滅した。
「じゃあ、次は、カースドパペットの所に行こうか」
ナージャとレンを回収して、次の群れへと向かう。
使用する魔法こそ微妙に違うものの、基本的にやることは変わらない。
油断も慢心もなく、順当かつ真っ当に、僕たちは敵の攻撃を一度も受けることなく目的を達した。
一応、討伐した証拠として、グレイハウンドの皮や牙、カースドパペットの
さすがに僕たちだけだと容易に解体できる数ではないが、そこは精霊の力のおかげでかなり楽をさせてもらった。
そして、大量の戦利品を手に、僕たちは余裕をもって村へと帰還するのだった。
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