第106話 辺境へ
こうしてフロルさんと詳細な仕事内容を詰めた僕たちは、その旨を商会に伝え、正式にカリギュラの一軍に組み入れられることとなった。
それから一週間後。
すでに何回かに分けて先遣部隊が前線へと送られているようだが、僕たちもその後続として戦場へと出発した。
移動手段は、ホーシィーが引く軍用車。
軍用車といっても、基本的に今まで僕たちが乗ってきた客車と大した変わりはない。
しかし、ホーシィーは商用のものに比べると一回り大きくて壮健だし、客車の主だった部分は金属でできていて、規格も統一されている。
「うわー。兵士の人たちがずらりですねえ。ちょっと緊張してきました」
前方と隣に並ぶ軍用車をちらちらと見て、ミリアが顔をこわばらせる。
戦時下ということもあってか、街道は軍関係の人間に独占されていて、厳粛で重々しい雰囲気が漂っている。
「まあ、旅をしている内に慣れますわよ。それよりも、問題はこの車ですわ。速いのはよろしいですけれど、正直乗り心地はあまりよくありませんわね」
ガタガタと揺れる車内の振動に身体を震わせて、ナージャがぼやいた。
硬い金属製の歯車は、ちょっとした道の凹凸をダイレクトに伝えてくる。
サスペンションという発明は、どうやらまだこの世界には存在しないらしい。
「いざという時は客車を並べて簡易的な防衛陣地として利用できるよう、頑丈さを第一に造られております故、ご容赦くだされ」
御者台に座ったレンが呟く。
「ちょっと力を貸してくれる?」
僕はついてきてくれた精霊たちに小声で囁く。
『しゃあねえなこんにゃろめ!』
車体に宿った火の精霊が金属を活性化し、滑りを良くする。
『では、道を平らかにするとしよう』
土の精霊が車輪の接地面をならし、凹凸を少なくする。
『はははは! 台風の中にいるみたいでなんか、おもしろいね! これ!』
さらに風の精霊が振動を食らい、その影響を薄めた。
「あっ。かなり楽になりました」
「これならだいぶ快適ですわね」
ミリアとナージャが嬉しそうに言う。
「はあ……。めんどくさいわねえ。どうせ精霊の力を借りるなら、さっさと飛んで行った方が楽だし速いのに」
リロエが膝に顔を乗せて、鬱陶しそうに呟く。
「まあ他の兵士の人たちとの兼ね合いもあるからね」
リロエの言う通り本当は飛んで行った方が早いのだが、僕が精霊魔法を使えるということは隠しているし、軍隊の一員として足並みを揃える意味もあって、敢えて陸路を取っている。
「皆様方、色々不満もござろうが、これでも脚を伸ばせるだけ吾たちは恵まれてござる。下級兵士ともなれば、お互いのうなじの臭いを嗅がねばならぬほどの距離でぎゅう詰めにされるのが普通でござる故」
レンがたしなめるように言った。
「そうですね。フロルさんが気を遣ってくれたんでしょうから、感謝しないと」
ミリアが自戒するように拳を握りしめて呟く。
「うん。他の部隊と相乗りさせられるようなこともないみたいだからね」
僕もミリアに賛同して頷く。
「……空が見えない」
それまで、全く会話に加わろうとしなかったスノーがぽつりと言って、寝息を立て始めた。
彼女は床板に仰向けに直寝している。
いくらスペースに余裕があるといってもそう広い車内ではなく、時折、僕たちの足がぶつかってしまうのだが、全く気にする様子はない。
「本当にマイペースな方ですわね」
ナージャが呆れつつも、どこか羨ましそうにスノーを見遣った。
ナージャは自由を愛する戯神の信徒なので、スノーみたいな人間は嫌いじゃないのだろう。
「ふふっ。僕たちもこの落ち着きっぷりは見習わなくちゃね」
僕も微笑ましい気持ちでスノーを見遣る。
その容姿に似合わず、彼女の寝姿はなんか猫みたいで可愛らしい。
*
行軍は迅速だった。
訓練された御者たちは速度を一定かつ高速に保ち続け、さらにはホーシィーを中継駅で取り換えることによって、遅滞なく目的地を目指す。
僕はといえば、せっかくの機会なので、火の精霊たちと契約を交わし、来るべき戦場に向けて、戦力を充実させながら、移動時間をやり過ごした。
そして出発から二週間ほどで、部隊は大きく二つに分かれる。
正規軍はそのままバルク砦へ。
一方、遊撃の任務を請け負った僕たちのような戦力は、主要道を逸れ、各地の村に分散して配置される。
それぞれの村を拠点として、モンスターの襲撃に備えるためだ。
他の隊と別れてからは進軍速度を気にする必要がなくなったので、風の魔法などで加速して旅程を早め、三日ほどで目的地にたどり着く。
「ようやくつきましたわね」
軍用車から降りたナージャが大きく伸びをする。
「皆様方、お疲れ様でござる」
レンが労うようにホーシィーを撫でながら言った。
「ここがナハル村ですか。中々立派ですねえ」
ミリアが前方に視線を遣って呟く。
僕たちが配属されたのは、川のほとりにある人口600人ほどの村だった。
この地域に点在する村の中では比較的大きく、バルク砦に近い位置にある拠点といえるだろう。
村には逆茂木が幾重にも張り巡らされ、日頃から魔族とモンスターの脅威に晒されている土地なのだと否応なく痛感させられる。
僕たちがここに派遣された理由は単純。
この村が、スノーの――というより、グリューヴ家の領地だからだ。
砦は王家の
「えっと、とりあえず村の人たちへの挨拶はスノーにお願いしてもいいのかな?」
僕は、のんびりと雲の動きを目で追っているスノーに尋ねる。
彼女は貴族であるが、僕たちのパーティに入れるための試用期間という扱いなので、敢えて敬語は使わない。
「……」
僕の言葉を聞いてか聞かずか、スノーは無言で村の方へと歩いていく。
「あー! 姫様だー!」
「わーい! 姫様が帰ってきたー」
軍用車の音で僕たちの来訪を察知していたのだろうか。
すでに村の入り口で待ち構えていた二人の子どもが、スノーへと喜び勇んで駆け寄っていく。
「わー。かわいい男の子――」
「くらえ!」
スノーへと接近した少年が、抱き着くふりをして袖に仕込んだナイフを繰り出す。
「……」
スノーはそれを右手の人差し指と中指の間に挟んで止めると、左手で少年の服の襟を掴んで放り投げた。
「ちっ! 外したかああああああ!」
少年がきちんと受け身を取りながら、村の奥へとすっ飛んでいく。
「だからナイフじゃリーチが短すぎるって! やっぱ槍でしょ!」
そんな少年を後目に、槍を突き出す少女。
「……」
スノーは槍の柄を掴んで引っ張り、身体のバランスを崩した少女を足払いで転ばせた。
「エホッ!」
さらに仰向けになった少女の鳩尾に、躊躇なく槍の穂先とは反対側の先端をねじ込んで
「やっぱ不意打ちじゃだめか! みんなでまとめてかかれ!」
家の物陰から一斉に湧き出した子どもたちが、スノーへと襲い掛かる。
「……」
スノーはそれでも歩みを止めることなく、飛んでくる矢、石、繰り出される斬撃や刺突を、大盾のシールドバッシュでまとめて蹴散らしていく。
「ヒエッ! なんなんですか! あの子たちは!?」
ミリアが僕の後ろにすっと隠れながら、戦闘意欲をほとばしらせる子どもたちを指さす。
「グリューヴ家は常在戦場の教え故、将来の家臣候補たる彼らも、幼子の時分よりあのように修練しているのでござる」
レンが敬意をにじませた声色でそう説明する。
「……中々すさまじい土地柄ですわね」
ナージャが目を見開いて呟く。
「これ、僕たち要るのかな?」
そんな疑問を抱きながら、スノーの後に従って村へと入る僕たちだった。
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