第105話 スノー=グリューヴ
「ほわー。すごい力持ちですね」
ミリアが圧倒されたように呟く。
「ウチが森で友達だった大猿に似てるわ。あっちの方が頭よさそうだけど」
リロエが辛辣にそう言い放つ。
「グリューヴ。グリューヴ……確かこの地域の古の英雄にそんな名前の戦士がいたような気が致しますわ」
ナージャがこめかみに手をあてて、記憶を探るように呟いた。
「そのグリューヴで間違いのうござる。
レンが補足するように呟いた。
「はいー。そういう訳で、それなりに由緒ある家柄の娘なんですが、正規軍に配属されたものの、あまり上手くいかなかったみたいなんですー。それで、フロルが将来のことを心配した彼女のご両親から相談を受けて、とりあえず、もう少し融通の利くフロルの親衛隊に入れてみたんですー。けど、ご覧の通り、どうもそもそも軍属は向かないみたいなんですねー。フロルは、他の配下の手前、これ以上、一人だけ特別扱いする訳にはいかないですしー、どうにも困ってしまってー」
フロルさんは眉根を寄せて、スノーを見遣った。
しかし当の本人はどこ吹く風で、窓の外の雲を漫然と見つめている。
正直、王族のフロルさんが目下の貴族にここまで気を配ってやる必要があるのかと思うが、日頃、これだけ恩をかけているからこそ、いざという時の忠誠が得られるのかもしれない。
「それはそうですわよね。ちなみに、他の仕事は試されましたの?」
「うーん。この娘は、どなたかの奥さんが務まるタイプでもないですしー、文官なんてもっと無理ですしー、難しいと思いますー」
フロルさんが悲しげに瞳を伏せた。
確かに、市井ならともかく、貴族の社交界で生き抜けるような性格には見えないし、事務処理能力が高そうな感じもしない。
「事情は分かりました。……それで、フロルさんは僕たちに何を?」
「はいー。よろしければ、皆さんの今度の任務にスノーを連れて行ってあげてくれませんかー? それで、試しにこの娘を使ってみて、もし上手くやれるようなら、パーティに加えてあげて欲しいんですー」
「えっと、つまり、殿下はスノーさんを冒険者にされるおつもりということでしょうか?」
「はいー」
僕の確認に、フロルさんが頷く。
「殿下。大変失礼ながら、申し上げますわ。確かに食い詰めた貧乏貴族の子弟が冒険者になる例はありふれておりますけれど、それなりの家柄の貴族の方が冒険者に身をやつすとなると、くだらぬ誹りをする輩も出てくるとは思いますわ。そこは問題ございませんの?」
ナージャが控えめにそう質問する。
確かに、収入面はともかく、冒険者の社会的地位はあまり高くない。
庶民未満の社会的ステータスになるのを、貴族は許容するのだろうか。
「んー。そうですねー。正直、外聞はよくないでしょうー。でも、スノーはグリューヴ家の後継ぎではありませんし、このままカリギュラにいても、スノーの立場は狭くなるばかりで、功を成す機会もありませんー。それならば、いっそ冒険者になって、それこそ皆さんの蟲毒のダンジョンのように、魔族を討伐する機会でもあれば、クリューヴの武名は損なわれませんからー、まだそちらの方が良いかとー」
フロルさんははにかみながら答えた。
「あのさー。今までの話を聞いていると、厄介者をウチらに押し付けようとしているようにしか思えないんだけど。ウチ、冒険者になってみて分かったけど、この世界、そんなに甘くないわよ? 味方の動きとかを察して、臨機応変に戦わなきゃいけないのに、このボーっとしたので大丈夫?」
リロエが椅子に足をプラプラさせながら呟いた。
辛辣だけど、彼女の言ってることは真実だった。
パーティとして戦うなら、連携が取れないと話にならない。
「それは問題ありませんー。戦闘能力だけみれば、本当に優秀な娘なのでー。ただ、毎日決まった時間を守るとか、軍の上下関係に気を払うとか、同僚との人間関係の機微を理解するとか、そういうのがあまりにも苦手すぎるだけなんですー」
「『グリューヴは我が子をドラゴンの巣に送り込む』のことわざにもある通り、彼の家の教育方針は苛烈の一言でござる。レベルで申せば、吾と同じか、それ以上の実力がありまする。主のパーティにも決して見劣りはしませぬ」
フロルさんとレンが、フォローするように言った。
「おっしゃりたいことは分かりますけれど、ワタクシたちがスノー様と行動を共にしたとして、万が一、彼女が武運拙く戦場の華となられた場合の責任はどうなりますの?」
「もしそのような事態になっても、皆さんに累が及ばないことは、私が保証しますー。グリューヴの家も、娘が戦場で死ぬなら本望でしょうー」
フロルさんが真顔で言った。
その表情に、僕はフロルさんの貴族としての厳しさを見る。
「それなら、ワタクシとしては異存はありませんわ。もし本当に優秀な前衛がパーティに加わってくださるなら、戦術の幅がぐっと広がって、もっと稼げるパーティになりますもの」
ナージャが納得したように頷く。
「ありがとうございますー。他の皆さんはどうでしょうかー? あくまでこれは本当にフロルの私的なお願いなのでー、断っても皆さんを不利に扱うことはありませんから、正直に答えてくださいなー」
フロルさんが僕たちを見回して言う。
「私は他のパーティでは上手くいかなかったところを、タクマさんに拾って頂いて救われました。ですから、同じように困っている方は助けてあげたいです」
ミリアが優しげに言った。
「まあ、実力は戦場でみるとして、後は本人のやる気次第じゃないの?」
リロエはどちらでもよさげに呟いた。
「吾は賛成にござる。グリューヴ家の戦闘訓練を受けた優秀な戦士を仲間にできる機会はそうはありませぬ」
レンはどうやらスノーの能力を高く買っているようだ。
カリギュラの事情に詳しいレンが言うなら、相当な実力者なのだろう。
「僕も試用することに関しては異存はないです。後は、リロエも言っていた通り、肝心のスノー様本人の意思次第かと」
もし本当にフロルさんやレンの言うように、前衛を担当できる優秀な戦士なら、まさに僕たちが喉から手が出るほど欲していた人材だ。
断る理由はない。
「そうですねー。どうですか。スノー? この人たちと一緒に、戦ってみるというのは」
「……誰がリーダー?」
スノーが窓の外から、僕たちに向き直り、ぼんやりと呟く。
「えっと、僕たちのパーティには特に決まったリーダーは――」
僕は困り気味に口を開くが――
「吾の主はタクマ殿にござる」
「まあ、ウチも一応、タクマの端女だから」
「私もタクマさんだと思います。少なくとも私ではないことは確かです」
「まあ、タクマ以外にはおりませんわよね」
他のパーティメンバーの視線が僕に集まる。
「――えっと、とりあえず僕みたいですね」
多数決に押し切られる。
「……」
それを聞いたスノーは、僕に無言で歩み寄ってくる。
そして、そのどこを見ているのか分からないライトブルーの瞳で、僕をじっと観察する。
……。
……。
……。
「――あ、あの。どうでしょう? 僕たちと一緒に戦ってくださいますか?」
沈黙に耐えかねて、僕は口を開いた。
「……海のような顔」
スノーがぼそりと呟く。
それでは答えになっていない。
「それは『はい』という返事と考えても大丈夫ですか?」
「……」
再度確認を取る僕に、スノーは眠りこくるように瞳を閉じて頷いた。
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