第104話 綺麗なオーガ
お茶会は和やかに進んだ。
僕としては、フロルさんがどこまで僕たちの事情を把握しているのかが気がかりだったが、結論から言えば、その心配は杞憂だった。
フロルさんは蟲毒のダンジョンのことは詳しく知っていたが、エルフの里での一件については知らず、漠然と『船旅で遠征の仕事をした』程度の認識しかないようだ。
まあ、もしかしたら、僕たち周辺の情報を総合して、エルフの里に行ったことくらいは察しているのかもしれない。でも、少なくとも僕が精霊魔法を使えることまではまだ把握してないと推測できる。
さすがにレンも元々諜報活動に従事していただけあって、伝えて良い事と、隠しておくべきことの線引きはきちんとしていたらしい。
「――という訳で、ゴッドマリノリア号での旅はとても快適でした」
僕は豪華客船での旅の素晴らしさをにこやかに語る。
相手がフロルさんなので、冒険者同士でありがちな、下品で血なまぐさいネタを開陳する訳にもいかず、話題にも気を遣う。
「そうですかー。いいですねー。豪華客船で世界一周。憧れますー。フロルも一度は乗ってみたいですけど、おばあちゃんになるまでは無理そうですねー」
フロルさんが、羨ましそうに相槌を打つ。
確かにフロルさんほどの立場になると、ただの遊興目的で長期間国を空けるのは難しいだろう。
物質的には豊かな暮らしができても、時間的な自由はほとんどないのだろうし、そういう意味では、冒険者の方が幸せな一面もあるのかもしれない。
「私たちも一生に一度の思い出ですよー。たまたまタクマさんとナージャさんが手に入れてくれたチケットがありましたから、お安く行けましたけど、自分で全額費用を負担するとなると、とてもとても」
お菓子でお腹をパンパンにしたミリアが、そう言って首を振る。
「然り。贅沢はたまにするからこそ贅沢としての価値がありまする」
レンが頷く。
「そうかしら? ワタクシたちのパーティだって、前衛がもう少し充実してさらにダンジョンの深くに潜れるようになれば、その内、豪華客船くらい簡単に乗れるくらいに稼げるようになりますわよ」
ナージャがしれっとそう言い放つ。
「はー。あんたって本当に強欲ねえ」
リロエが梨に似た果物をかじりながら、呆れたように溜息をつく。
「向上心が高いと言ってくださる?」
ナージャがこめかみをひくつかせながら、リロエを横目で睨む。
「ははは。まあ、いい仲間が増えてくれればそれは心強いけど、無闇に変な冒険者を引き入れる訳にもいかないしね」
僕はそう言って、ハーブティーを口に含む。
現状、僕たちのパーティはとても上手く回っていると思うので、無理に焦ることはない。
『急いては事を仕損じる』だ。
「なるほどー。なるほどなるほどー。それでしたら、ちょうど良かったですー。是非、皆さんにお会いして頂きたい
タイミングを見計らっていたように、フロルさんがそう切り出してきた。
「娘? その人も冒険者なんですか?」
「違うんですけどー。とりあえず、実際に会ってもらった方が話が早いですかねー。スノー!」
フロルさんが手を叩いて、聞き慣れぬ名前を呼ぶ。
……。
……。
……。
誰もこない。
「んー。んふふふふ。ちょーっとだけ、お待ちくださいねー」
フロルさんは苦笑すると、近くに控えていた給仕に目くばせする。
給仕が、シュババババっと奥の部屋に駆けて行った。
(フロルさんの関係者ってことは多分貴族なんだろうけど、王族を待たせるなんて、大丈夫なのかな……)
他人事ながらひやひやしていると、やがて、のそのそと姿を現した一人の娘。
彼女を見て、真っ先に僕が抱いた感想は、
(大きい!)
だった。
身長は180センチメートルを軽く超えている。
背丈だけではなく、体格も立派だ。
決して太っているという訳ではなく、筋肉質で引き締まった身体ではあるのだが、肩幅が広いのでかなりがっしりして見える。
一応、僕も成長期なので身長はグングン伸びているはずなのだが、全く彼女に追いつける気がしない。
年齢は、ナージャと同じくらいだろうか。
女性と少女の中間といったような雰囲気だ。
髪は青く、ぼさぼさのセミショート――肩にはつかないが耳は隠すくらいの長さだ。
顔は宝塚の男役的な意味で整っているが、その表情はぼーっとしていて、雲のようにとらえどころがない。
全身を白銀の重層鎧で覆い、左手で身長の半分もある大盾を引き摺っている。
背中のホルダーに挿された大剣が、どうやら彼女の得物のようだ。
ものすごく失礼な例えをするのであれば、『世界で一番美人でのんびりとしたオーガ(雌)』とでも表現しようか。
「……寝てた」
フロルさんの近くまでやってきた女性――スノーは眠たげに目を擦りながら、特に悪びれる様子もなく答えた。
「こういう娘なんですー。さあ、スノー。自己紹介してくださいー」
「……スノー=グリューヴ」
スノーはフロルさんに促され、心底めんどくさそうに自身の名を呟いた。
それから、やおら卓上のフルーツを手に取って、顔を上に向ける。
そのままフルーツを口元に持っていった彼女は、それを一瞬で握り潰して、果汁を口の中へ流し込んだ。
おまけに、残った搾りかすを、部屋の隅にある屑籠にノールックで放り込む。
(これはまた……すごい人が出てきたな)
外見も行動も豪快な、新たなる登場人物を仰ぎ見て、僕はひそかに気合いを入れ直すのだった。
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