第103話 フロル再び

 それから二日後、ポーションや食料などの必要物資を買い込んだ僕たちは、王都カリギュラへと出立した。


 留守の間に屋敷を管理してくれる、テルマとイリスさんの二人に見送られながら、僕たちは人目のない夜明け前に空へと浮き上がる。


 空を行く以上、陸路に付きものな様々なトラブルとは無縁な僕たちは、さらに三日と半日をかけて、カリギュラへとたどり着いた。(一応、直接、空から門へ降り立った訳ではなく、手前の村でバッロを借り、普通に陸路で旅をしてきたっぽい体は整えた)


 前のように不審者扱いされるかと思ったが、兵士の中に僕たちの顔を覚えている人がおり、割とすんなり入都を許された。


 街中は相変わらずの活気だったが、直接戦地になる訳ではないのに、どこかピリついた雰囲気が漂っている。


 心なしか前に来た時よりも巡回の兵士が多い気もする。


 後、気付いたことはといえば――


「火の精霊が多い?」


 そこら中を血気盛んな火の精霊が飛び交っている。


 僕の耳には江戸っ子風の話し声に聞こえるので、ぶっちゃけかなりうるさい。


「ええ! 火の精霊は金物かなものが好きだから、これだけの鉄の建物があれば当然よ! 自然のバランスとしてはかなり歪で気に食わないけど、それにしても、すさまじいわね! 非森の民は! 自然の力を無視して、自分たちの手だけで、あんなに大きなお城を造っちゃうなんて!」


 リロエが遠くの王城を見遣り、興奮気味に頷く。


 感心と非難が半々の声色だ。


 とにかく、カリギュラはマニスとは逆で、火の精霊が多い土地柄のようだ。


「では、王城への取次は吾にお任せくだされ」


 レンがかしこまって、城の方へと駆けて行く。


「頼みますわよ。では、その間にワタクシたちは宿にチェックインしてしまいましょうか」


「今回は商会の施設は使わないんですよね?」


「ええ。冒険者ギルドと提携している宿を手配済みですから」


 ナージャがミリアの確認に頷く。


 おそらく、言えばタダで商会の一室を宿として利用できたのだろうが、旅程をごまかしている都合もあって、色々具合が悪いのだろう。


『依頼を正式に受諾するまでは、あくまで中立的な冒険者である』という名目で、ナージャが押し通したようだ。


 それから、個室のある小綺麗な宿に逗留しながら、僕たちはカリギュラサイドからの連絡を待った。


 戦いへの準備がてら、街中の武具店などを冷やかして時間を潰していると、到着から二日後の昼、僕たちは王城へと呼び出される。


 前のように貴族街で身体チェックは受けたが、監視こそつくものの、今回はなんと武器の携帯を許された。


 もしかして、僕たちを『友軍としてみなしてますよ』というアピールなのか。


「ここからは吾が案内をしても構わぬとフロル様から仰せつかっておりまする」


 例の王城へと続く階段を昇り終えた後、レンが厳かに告げる。


「ということは、フロルさんが僕たちの交渉の相手?」


「然り」


 レンが頷く。


 案内されたのは、前にフロルさんと会った時よりは二回り程度広い一室だった。


 縦に長いテーブルと、シンプルながらも上質な椅子が並んでいる。


 割とカチっとした印象を与えるので、こっちは公式の面会に使う場所なのかもしれない。


 部屋にはすでに先客がいた。


 剣や槍で武装した女性ばかりの騎士団が、僕たちの一挙手一投足に目を光らせている。


 フロルさんの護衛なのだろうか。


 鑑定の能力のない僕でも、皆、一目で強いと分かる凛とした佇まいをしている。


「皆さんー。お久しぶりですねー。お元気でしたかー?」


 やや遅れて部屋の奥から姿を現したフロルさんは、前と変わらぬのんびりした口調で僕たちに挨拶する。


 しかし、その格好は、鎧に帯剣という、立派な戦装束だった。


 とはいえ、本気で前線で戦うための装備には見えず、一応、鎧と認識できる程度には金属が用いられているが、露出が多く装飾性を重視した、実際の防御効果は疑わしい代物だ。


 まあ、王族が身に着ける物だし、何らかの特別な魔法的な効果が付与されているのかもしれない。けど、少なくとも外見上はよくラノベやゲームとかである『姫騎士』的な格好だ。


 おそらく、上に立つ者として『自分の心は戦場にある』と示すという意味合いでの戦装束なのだろう。


「はい。おかげ様で」


「本日はお招きに預かり恐悦至極にございますわ」


 僕たちはかしこまって、通り一遍の儀礼的な挨拶を済ませる。


「はいー。ごきげんようー。ではー、どうぞおかけくださいー。社交パーティーでもないですし、早速本題に入りましょうー」


 フロルさんに促され、僕たちは席に着く。


「では、あの、不躾ですが、僕たちを戦力として活用されたいということですが、具体的にはどのような役割を期待されているのですか?」


 僕は単刀直入にそう質問した。


「それはですねー。まずはこの地図を見てくださいますー?」


 フロルさんの発言に合わせて、後ろに控えていた騎士の一人が、テーブルの上に羊皮紙の地図を広げた。


「これは、砦、ですの?」


 ナージャが呟く。


「はいー。魔族との国境の最前線にある『バルク砦』ですねー。この周辺が主戦場になりますー」


 地図によれば、砦を中心として、西に山、北から東にかけて蛇行する川があり、これらを天然の防壁としているようだ。


 ちなみに南側がカリギュラの国土であり、そこにはいくつかの街や村が点在している。


「ふーん。それでウチらは何をすればいいの? 砦に籠って戦うの?」


「それはフロルたちの役目ですー。フロルたちの国ですから、基本的にはフロルたちで守りますー。軍隊として集団で戦う訓練を受けていない冒険者さんに砦に入ってもらっても、かえって混乱しますしねー」


 フロルさんが首を横に振る。


「なによそれ! じゃあウチらは何のために来たのよ!?」


 リロエのざっくばらんな言動に、控えていた騎士たちが咎めるように口を開いたが、フロルさんはそれを片手で制した。


「もっともな疑問ですねー。砦の方はいいんですけど、スタンピードの時には、魔族がカリギュラの国土に潜んでいるモンスターを活性化させて、扇動することがあるんですよねー。日頃はバラバラに行動しているモンスターが群れとなって暴れ回るんですー。扇動とはいっても、魔族にまで昇華されてないモンスターは知性が弱いので、軍隊のような統率された行動は取れずに、ただ本能の赴くままに荒らし回るだけなんですけどー、地域の住民のことを考えると、無視する訳にはいきませんー。でも、そのために戦力を分散させるのもダメですよねー。いつもは演習がてら正規軍の見習いに討伐させるんですけどー、今回はちょっと数が多そうで手が回らなくなりそうなんですねー。そこで、皆さんの出番という訳ですー」


 フロルさんは、地図に描かれた街や村を指でなぞりながら告げる。


「つまり、私たちは砦周辺に偶発的に出現するモンスターを倒して回ればいいということですか?」


 ミリアがそう話をまとめた。


「そういうことになりますねー。少人数グループでの遊撃は、冒険者さんたちの得意分野だと思うんですがー。いかがでしょう?」


 フロルさんはそう言って僕たちの顔をぐるりと見渡した。


「なるほど。やるべきことはよくわかりましたし、任務の形式としても無理がないと思います。ちなみに、そのモンスターの強さはどれくらいなんでしょう?」


 僕はそう尋ねる。


 見習いの兵士でも討伐できるくらいだから、そこまででは強くはないと思うけど、一応確認はとっておかなければならない。


「そうですねー。冒険者さんたちで言うところの、レベル15~20くらいが平均といったところでしょうかー。たまに30くらいのもいます。ですよね? レン?」


 フロルさんが、思考を繰るように頬に指を当てて呟く。


「然り。少なくとも五年ほど前に参加した折には、当時レベル30に満たない吾でも十分に倒せる程度のモンスターでござった。今の主たちならばまず後れを取ることなどあり得ぬ相手と愚考致しまする」


 レンが恭しく返答した。


「なら、戦力としては十分僕たちでも対処できそうだね。僕としてはいい仕事だと思うけど。みんなはどう思う?」


 僕は頷いて、他のパーティメンバーの顔を見遣る。


「まあいいんじゃないの? 人助けだし」


「私もいいと思います」


「吾はもちろん賛成にございまする」


 リロエ、ミリア、レンの三人が即答で頷く。


「シャーレの言っていた通りの報酬が出るなら、確かに悪い話ではありませんわね。ただ、何事にもイレギュラーはつきものですわ。もし、万が一、ワタクシたちで対処できないような敵が出現した場合に、どうするのか、あらかじめ定めておきませんと」


 ナージャは頷きつつも、そう懸念を口にする。


 確かに彼女の言う通りだ。


 兵士たちは国のために命を捧げる義務があるのかもしれないが、はっきり言って、僕たちはカリギュラのために死ぬつもりはない。


「そうですねー。もしそのような事態が発生した際には、皆さんがダンジョンで撤退する時と同じ程度の基準で判断してもらって構いませんー。もちろん、だからといってあまり怠けられては困ってしまいますけれど、皆さんのことは信頼していますからー」


 フロルさんはそう釘を刺しつつ、僕たちに譲歩した。


「では、皆の疑問もおおむね解消したみたいですし、今言った条件で、微力ながらカリギュラの軍に協力させて頂きます」


 僕はパーティ全体を代表して、受諾の意思を示す。


「ふうー。よかったですー。『○○を何個集めろ』とか分かりやすいのだと発注をかけやすいんですけど、こういう曖昧な依頼だと、信頼できる戦力を集めるの、意外と大変なんですよー」


 フロルさんはほっとしたように笑った。


 確かに、サボろうと思えばいくらでもサボれそうな依頼だしな。


「ご期待に沿えるように頑張ります」


「よろしくお願いしますー。ではー、堅苦しいお話はこれくらいにしてー、部屋を移してお茶会にしませんかー? 皆さんの活躍はレンから色々聞いていますけど、直接色々伺いたいですー」


 フロルさんはかわいらしく小首を傾げて、そう提案する。


「お茶会! 前みたいなお菓子も出ますか!?」


 ミリアが期待に目を輝かせて尋ねる。


「もちろんですー」


「卵を使ってないお菓子もある?」


「フルーツのゼリーがありますよー」


「じゃあ行く!」


 リロエが嬉しそうにテーブルを叩いた。


「もう、お二人ともはしたないですわよ」


 ナージャはそうたしなめつつも、本人も満更でもなさそうだ。


「お気遣い、ありがとうございます」


 こうして僕たちは椅子から立ち上がり、前にも入ったことのある小さめな部屋で、お茶会へとなだれ込むのであった。

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