第102話 兆し
さらに一週間後。
パワーアップした精霊の協力もあり、僕たちのダンジョンの攻略は順調だった。
「ふう。今日は何とか40階層までいけたね」
家の玄関をくぐって、僕はほっと一息つく。
「本日も皆、五体満足でなによりでございまする」
レンが頷いた。
「そうですねー。敵もやっぱり大台を超えると俄然強くなった気がします。油断しないように注意しないと」
「臆病風に吹かれるとかえって怪我をするわ! この調子でどんどんいくわよ!」
慎重なミリアを鼓舞するように、リロエが弓を引く真似をした。
「おっ! 今日も絶好調みたいだなご一行!」
僕たちがそんな雑談をしながら広間の前を通りかかると、中でお茶を飲んでいたシャーレが、両手をにぎにぎしながらこちらにやってきた。
もう夕方で通常の営業時間は終わっているので、他に客はいない。
「どうしたの。シャーレ。そんな太鼓持ちみたいなポーズで」
明らかに僕たちを待っていたらしい彼女を、困惑気味に見遣る。
「まあまあ、まずは飯でも食いながら話そうぜ。オレが奢ってやるかよ!」
シャーレはそう言って、僕の背中をポンポンと叩いた。
「ワタクシたちの家なのですから食事はタダですわよ。あなた、分かってておっしゃてますわよね」
ナージャがぼそりと突っ込む。
「細かい事はいいじゃねえか。とりあえず、座れ。なっ?」
僕たちをやや強引に席をつかせたシャーレは、自ら進んでイリスさんの所に食事を取りに行った。
「……何か商談があるの?」
いそいそと配膳するシャーレに僕は尋ねる。
「おっ。わかるか?」
「そんなあからさまな接待モードでこられたら、どなたでも分かりますわよ」
「そうかよ。じゃあ話が早いな! お前らも噂を耳にしてるかと思うが、カリギュラの方から近々
ナージャの嫌味をさらりと流して、シャーレがそう切り出してくる。
これくらいメンタルが強くないと、商人はできないのだろう。
「そういえば、他の冒険者がすれ違いざまにそんなこと言ってたけど、そもそも、スタンピードって何よ?」
リロエが首を傾げる。
「スタンピードとは、五年程度の周期で起こる、魔族領から人界への大攻勢のことを指しまする。魔族率いる軍勢を相手にしなければならないことに加え、地上で繁殖した野良のモンスターや、ダンジョンのモンスターも一時的に活性化する故、非常に危険なのでござる」
レンがはきはきと説明する。
「カリギュラはその領地の一部が魔族領と接してますから、大変ですよね」
ミリアが真剣な表情で頷いた。
ここではミリアのいうカリギュラは、都市名ではなく、国家としてのカリギュラだろう。
例えて言うなら、ローマ市とローマ帝国の違いのようなものだ。
「そういうことだ。で、当然、カリギュラは防衛のための軍勢を出す訳だが、マニスはカリギュラと盟約を結んでてな。スタンピードの際には、諸々の金や物資を手配する義務を負っている」
シャーレが確認するように言う。
「ふーん。あんたらケチっぽいのに、そういうところにはちゃんとお金を出すのね」
リロエが意外そうに呟く。
「そりゃあ、カリギュラが滅びたら、次はマニスの番だからな。それにカリギュラがその気になりゃあ、軍勢と本気で戦わずに、マニスの方に追い払うだけで済ませることもできる訳だ。それじゃあ困るから、オレたちはあいつらを防波堤として利用し、あいつらはオレたちを
シャーレが皮肉っぽく答える。
元々日本にいた僕としては、色んな意味で身につまされる話だ。
「そこまでは分かったけど、今の話に僕たちがどう関係してくるの?」
僕は先を促す。
「おう。で、当然、金も物資も出すには出すが、細かいことはスタンピードの度にカリギュラ側と折衝がもたれることになっている。オレたちとしてはなるべく出したくない。向こうはなるべく多くぶんどりたい。それはいつものことなんだが、どうも今回はあちらさんがかなり多めに吹っ掛けてきやがってな。中々引こうとしない。んで、商会の上の連中も困っちまってるんだよ」
「どうも今回のスタンピードは、過去のものに比べても大規模なようでござるからな。痛みは分け合わねば公平とはいえませぬ」
レンがカリギュラ側をフォローするように呟いた。
プライベートには干渉してないから詳しいことは分からないけど、きっと彼女は今でも定期的にフロルさんと連絡を取り合っているのだろう。
「まあ、そうなのかもしれねえけど、マニスだって五年前と比べてそんな急速に経済が拡大している訳じゃねえのに、たくさんは出せねえよ。んで、喧々諤々の議論の末、見つかった落とし所が、いつもの慣例を破って、マニス側からも戦力を前線に送るって案だ。戦力を出すなら、物資や金銭面では向こうも相当な程度妥協してもいいと言ってきている」
シャーレは、そこで僕たち全員の顔を見回した。
ようやく話が見えてきた。
「つまり、僕たちにそのスタンピードの防衛戦に参加しろっていうこと?」
僕はシャーレの言わんとすることを察しつつ尋ねた。
「おう! お前らはすでにマニスでは一流のパーティだし、蟲毒のダンジョンでの魔族の討伐実績もあるから、こっちとしては推しやすい。それに、お前らはカリギュラでも色々活躍したんだろ? 向こうの覚えもめでたいし、これ以上ふさわしい人選はないって話でな。よっ! マニスの星!」
シャーレがおだてるように言って、ポンと手を叩く。
「体のいいことを言って。つまりはワタクシたちを傭兵に仕立て上げたいということじゃありませんの」
ナージャはそう言って、胡乱な目をシャーレに向ける。
「まあそうだけどよ。ダンジョンに潜ってても結局モンスターと戦うんだ。それが、地上になっても大した違いはないだろ? むしろ、いざという時は地上の方が逃げやすいくらいだ」
シャーレが動ずることなくそう切り返した。
「そうは言っても、小規模なグループによる戦闘と、大人数での戦争は違うんじゃないかな。今のパーティだと僕たちの自由に撤退も進軍も決められるけど、軍隊だと命令に服従しなくちゃいけないんじゃないの? それに、僕のイメージだと、傭兵って危険な汚れ仕事を押し付けられて使いつぶされるイメージなんだけど」
僕は率直にそう疑問を口にした。
地球の中世なら、実際は傭兵団同士が知り合いで慣れ合いも許されてたみたいな話も聞いたことはあるが、相手が魔族ならそうはいかないだろう。
「然り。主のおっしゃることはごもっともにござる。吾の故郷にも傭兵を稼業にしておった者が数多おりまするが、往々にして短命でござった」
レンが頷く。
「待て待て待て! 役割としては傭兵だが、今回はお前らをマニスの代表として送るんだ。今後の外交的な関係を考えたら、そんなに無下には扱われねえさ。詳しいことはお前らと向こうの話し合いだけどよ。ある程度の独立性は配慮されるように、オレらからもよーく言っておくから! なっ? いいだろ? 金で釣るって訳じゃねえが、報酬だって国家規模の話なんだから、
シャーレが拝むような上目遣いで僕を見つめてくる。
「うーん。みんなはどう思う?」
僕は腕組みして、パーティのみんなに問いかけた。
僕としては、色々お世話になっているシャーレには協力したい気持ちはあるのだけれど、かといって戦争となると一大事だし、無闇に仲間たちを危険に晒すような決断をする訳にもいかない。
「主の決断に従いまするが、吾と致しましては馴染みある土地の窮地故、力になりたいと考えてござる。されど、吾の侠道を他の皆様方に押し付ける訳にもいきませぬ。危険を避けるのもまた賢者と言われればそれまででござる」
レンが率直に答えた。
「うーん。ウチは正直どっちでもいいかな。でも、そのスタンピードを放っておいたら、ウチらの里みたいに故郷を壊されて大変な思いをする人がたくさん出てきちゃうんでしょう。だったら、ウチは戦ってあげてもいいわよ」
リロエが鷹揚に答えた。
「そうですね……一般に、戦場では回復役が必要とされる場面が多いので、ヒーラーにとっては良い修練の場とされています。相手が侵略してくる魔族というなら、戦うことにも抵抗はないですけど……あまりに危ないのはちょっと」
ミリアが逡巡するように目を瞬かせる。
どうやらみんな、賛成と反対が半分半分な心持ちのようだ。
「結局、ワタクシたちの戦場での扱いが確定しないことには何とも言えませんわね。では、こうしたらいかがですの? とりあえず、商会連合には、カリギュラまでの旅費と、往復にかかる日数分、もしワタクシたちがダンジョンに潜っていたら最低限手に入るはずだった収入を保障して頂きますわ。その後はカリギュラ側と交渉して、納得する条件を得られたなら依頼を受ける。これなら確実でしょう」
ナージャがすらすらと条件を提示する。
「おい。それだと、お前らが向こうに行って『やっぱやーめた』って言えば、タダで旅行した上に、日当も丸儲けじゃねえか」
シャーレが心配そうに目を細めた。
「ワタクシはともかく、タクマがそんなせこい真似すると思って? 向こうが妥当な条件を出してきたなら、受けますわよ。もし向こうがとんでもない条件を突き付けてきたら、たとえワタクシたちが断っても、『外交的非礼を働いた』ということで、シャーレたちは新しい交渉材料を得ることになるのですから、どのみち損はありませんわ」
ナージャが反論を予期していたかのように答える。
「ちっ。論理的には間違ってねえが、お前に言われると何だかむかつくぜ」
シャーレが舌打ちして顔を歪めた。
「はあ。商人が『何を言っているか』ではなく、『誰が言っているか』で判断するようになったらおしまいですわよ」
ナージャが肩をすくめて呟いた。
「うっせ! で、お前らもそれいいのか?」
シャーレが僕たち四人に視線を移す。
「……僕は異存ないかな。ナージャの言う通り、カリギュラ側に直接聞かないと分からないことが多すぎるよ」
「まあいいんじゃない? もし、戦わなくても、ウチも色んな世界を見られたら楽しいし」
「吾も異はござらぬ。仮に依頼を受けずとも、顔なじみに挨拶はできまする故」
「私も賛成です」
僕を含めた、残りの四人全員が頷く。
「だ、そうですわよ。では、早速、具体的な金額の交渉に移りませんこと?」
「言っておくが、オレに与えられている権限には限界があるからな。あんまり調子に乗るんじゃねえぞ」
ナージャとシャーレは椅子から立ち上がり、部屋の隅へと向かっていく。
それからしばらく、ぶつぶつとやりとりをしていた二人だったが、やがてこちらに戻ってきた。
「話はまとまりましたわ」
「じゃ、オレはこのことを上に報告してくるわ。冒険者ギルドの方にも話は通しておく――頼むから受けてくれよ。オレの出世にも響いてくるんだからな」
シャーレはそう言って、屋敷から退出していく。
「で、結局、いくらになったの?」
「こんなものですわね」
ナージャが手のひらに数字を書いて示す。
「結構良心的な価格だね」
僕は意外な面持ちで呟いた。
旅費は最低限で、日当は僕たちが今稼いでいる一日あたりの平均額の七割くらいだ。
「そうでもありませんわ。だって、日当はきっちり平均的旅程の六週間分は頂きますもの。でも、実際は、タクマとリロエの精霊魔法でワタクシたちが空を飛んでいけば、六日~九日くらいで往復できるでしょう? そしたら、日数の差分はぼろ儲けですわ」
ナージャはさらっとそう言い放った。
一見せこくも見えるけれど、情報の非対称性が商売というものの要だから、まあ、これは交渉の範疇か。
「やっぱりナージャはナージャだね」
僕には到底真似できないその強かさに、呆れるやら、感心するやら。
ともかく、こうして僕たちは、一路、カリギュラを目指すことが決定したのだった。
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