第101話 精霊との付き合い方(2)

「すみません。ご無沙汰しております」


「ああ! ようこそいらっしゃいました。しばらく、見えられないので、もしや余所の街に移られたのではないかとひやひやしておりましたよ」


 しばらく不精をしていたが、ソフォスの神殿の神官さんは、それでも僕を温かく迎え入れてくれた。


「いえいえ。ちょっと仕事で遠征をしていただけで、そんなことは全く。――それで、あの、今日はかなり信仰が溜まってると思うので、お手数おかけすると思います」


 僕は最初にそう断りを入れておく。


 レベルもかなり上がっていたし、こちらの信仰も相当溜まっているはずだ。


「ええ……。先ほどからひしひしと感じておりますとも。しばらくお待ちください」


 神官さんが奥に引っ込む。


 いつもよりちょっと時間がかかるな、と思っていたら、神殿にいた神官さんのほぼ全員が集められる事態となり、僕は恐縮した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


「ふぬうううううううううううううううう」


「な、なんですか。これは――意識が――」


「しっかしろ! 落ちたら死ぬぞ!」


「あひゃああああああああああああ」


 神官さんたちはいつも以上に激しいリアクションを示し、中には軽く二メートルくらい吹っ飛ぶ人もいて、かなり申し訳ない気持ちになる。


「ふう。ふう。――これほどの信仰を得るとは。さぞすさまじいお仕事をされたのですね」


 神官さんの一人が冷や汗を拭いながら呟く。


「ええ。中々厳しい仕事でした……それで、あの、それで今日は世界の成り立ちについて勉強したいと思うのですが」


「で、でしたら、あちらの教養書の棚を探されるとよろしいでしょう」


 神官さんが肩で息をしながら、神殿の奥の方を指差す。


「ありがとうございます。これで、何か精のつくものでも召し上がってください」


 僕は神官さんにお布施を渡すと、神殿内の書物を漁り始める。


 早速、言われた通りに教養書の棚で、精霊について調べてみたが大したことは分からなかった。


 次いで、改めて習得できる魔法に漏れはないか、技術書の棚を当たってみる。


 だが、やはりそれらしい記述は見当たらない。


 というか、『マナ』という概念そのものが書かれてない。


 二時間ほど探したが、目当てのものは見つからず、最後に僕がいきついたのは、ソフォス神の自叙伝だった。


 ソフォスが頻繁に精霊にマナを分け与えていたというのなら、その行為について書かれているかもしれないと思ったからだ。


 この本は生前、ソフォス神が人間だった頃に記したものであり、信徒たちにとっては、生き方の模範となる重要な聖典として扱われている――のだが、実務的な魔法の知識が記されている訳ではないため、僕は今までちゃんと読んだことがなかった。


(さて。どうだろう)


 僕は席について、ページをめくる。


 内容は日記調で記されており、飾った所のない、シンプルな読みやすい文体で書かれていた。


 最初は調べ物のつもりだったが、実際にページをめくってみると、純粋にノンフィクションの読み物としてもおもしろく、つい読みふけってしまう。


 そこには、生涯を通して魔法を極めようとしたソフォスという一人の男の人生が、つまっていた。


 初めて魔法を使えた時の喜び。自分の才能の限界への失望と、邪神信仰への誘惑。老いへの恐怖と悟りの境地に至るまでの道程。


 そこには、綺麗ごとだけではない、苦悩や嫉妬といった負の感情も描かれている。


 この神様がなぜ庶民からポピュラーに信仰されているのか、その理由の一端を僕は垣間見た気がした。


 僕は結局時間をかけて、一冊じっくり読み込んでしまう。


 しかし、最後のページをめくってもなお、マナに関する記述を見つけることはできなかった。


 というか、エルフ関連も含めた、精霊に関する記述自体を意図的に省いているように思える。


(なぜだ?)


 オルゾはソフォス様がエルフの精霊魔法を真似して魔法を開発したと言っていた。


 だから、ソフォス様が自分の業績に汚点を残さないために隠蔽した、という邪推もできなくはない。


 だけど、僕はそれは違う気がした。


 だって、他の部分では、ソフォス様は頑なに魔法を隠匿する旧弊な学者の下に通いつめ、魔法を見て盗んだことを喜々として語っている。


 他者から学ぶことを恥としているような人間には思えない。


(もしかして、ソフォス様は創造神様の意図に気が付いていた?)


 創造神様は言っていた。


 精霊魔法の危険性に鑑みて、敢えてエルフにだけ精霊魔法を与えたのだと。


 そのことを察したソフォス様は、みんなが余計な興味を持たないように、敢えてそのことに触れなかったのではないか。


(思慮深い人だったんだなあ)


 今更ながらに感心した僕は、神官さんに頼んで、ソフォス様の自叙伝を一冊購入した。


 基本、神殿の書物は持ち出し禁止が多いのだが、この本は信仰生活の基本になる物なので、布教の意味も込めて写本が安価に販売されているのだ。


 結局、マナについては何の進展もなく、僕は自室へと帰り着く。


『どう? 見つかった?』


 ベッドに寝転がる僕に、どこからともなくやってきた風の精霊が話しかけてくる。


「いえ。でも、おもしろい本に出会えたので良しとします」


 僕はソフォス様の自叙伝を夕陽に透かして、満足げに眺める。


『――おい。ちょっと待て。何か美味そうな匂いがするぞ。その紙』


 僕の枕元に寝そべっていた火の精霊が、本に近づいてクンクン鼻で嗅ぐ。


 瞬間、紙面のいくつかの文字が、赤く発光し始めた。


「うわっ! なんですかこれ!」


 僕は思わず自叙伝を手放す。


『古き古き神代の文字か。拙い。全く拙いが、それでも四属の力を溜める程度には成立している』


 天井から這ってきた土の精霊が、チロチロと本を舐める。


 今度はまた別の文字が、黄色く光り始めた。


「神代の文字? どういうことですか? 僕には普通の字と文章にしか見えないんですけど」


 まあそもそも僕には翻訳チートがかかっているので分からない可能性もあるけど、そんなすごい代物なら、神官さんたちが流出を認めるはずがないと思うのだが。


『あー。まあ、今の人には難しいんじゃない? 文字を文字通り捉えちゃう時代だもんね。昔はそうじゃなかったよ。音とか、形としての力とか、本質が大事でさ。これは上手く仕込んだなー。ボクも忘れかけていたくらいなのに』


 風の精霊が息を吹きかける。


 さらにいくつかの文字が、緑に輝き始めた。


 普通の文章に、暗号のように精霊にだけに伝わる文字を組み込んだということなのだろうか。


 詳しくは分からないが、ここまでくればやるべきことはおのずとわかる。


(四属ってことは、後は水の精霊の力を借りられれば――)


 僕は本を片手に部屋から飛び出した。


「あっ。タクマさん。もうそろそろご飯ができ――」


「ごめん! ちょっと遅れるから、みんなに先食べるように言っておいて!」


 僕は一階で出くわしたミリアにそう言伝して、海岸へと走った。


「あの! 水の精霊さん! いますか?」


『あら。どうしました。早速私の力を借りたいことが?』


 波打ち際に呼びかけると、例のウミウシ型の精霊さんがひょこっと顔出す。


「はい! あの! この本から何か感じませんか!?」


『確かに、わずかな水の理を感じます』


 水の精霊がうにょうにょ触覚を伸ばして、僕の掲げる本に触れた。


 水色の光が放たれたと思った次の瞬間――突如、本の文字が浮き上がり、解体され、全く別の新しい文章へと組み代わっていく。



 いつかきたるべき時に生きる同朋よ。


 精霊に選ばれし初穂よ。


 我が知の奥義を継げ。


 そして、我が至らぬ高みへと昇るが良い。


 されど、忘るるなかれ。


 大いなる力が赦される時代には。


 大いなる困難が伴う。


 ――    

          

 ――


 ――

                                            』


 読んでもいないのに、頭に知識が流れ込んでくる。


 それは、言葉だけど言葉じゃない。


 理屈だけど、理屈じゃない。


 もっと原始的な何か。


 僕は本能的に、『それ』ができるようになったのだと悟る。


(ありがとうございます。ソフォス様。僕も何か後世に残せるような何かを得られるように頑張ります)


 人がモンスターよりも優れたところがあるのだとすれば、それは歴史から学べる点にあるのだろう。


 僕がエルフ以外で精霊魔法を使える初めてのテストケースになるなら、ソフォス様のような後世の模範とは言わないまでも、せめて汚点にならないような生き方をしたいものだ。


『生えて草! 殺して獣! 学びて人! 励むが良い! 励むが良い!』


 ソフォス様の激励が頭の中に響く。


『ねえ!? 出せるようになったの? マナ! 出せるようになったの!?』


 風の精霊が僕にせっつく。


「はい。――『マナ』」


 僕の手から緑の光が放出される。


 さっき風の精霊が言っていたように、料理と同じで、それぞれが好きそうなように力を調整しなければいけないようだ。


 精神力の消費はそこそこ激しい。


 エクスプロージョン二発分と同じくらいだろうか。


 でも、本来蓄積しておけない精神力を貯金しておけるのだと考えると、やはり本当にありがたい力である。


『ほわ! なにこれ! 甘い! あまーい! ほわわわわわわわわわ!』


 風の精霊がとろけたような顔をしながら、僕の肩の上でもんどり打つ。


『へっ。俺様はそんな安くはねえぞ』


 炎の精霊はそんなことを言いつつ、期待するような目で僕を見る。


 嫌いな海辺についてきたくらいだし、相当楽しみにしているのだろう。


「マナ」


『ゴロゴロゴロゴロニャーン!』


 炎の精霊は僕に腹を向けて、猫のように喉を鳴らす。


「マナ 《マナ》」


 僕は残りの精霊にも次々とマナを与えていく。


『ああ♡ これは♡ ううん♡』


 水の精霊が妙に色っぽい声を出して、触覚を振り乱す。


『土とは不動なるもの。一時の快楽に身を委ねるのは――ポウッ!』


 土の精霊が起き上がり、二足歩行を始めた。


『なんかいい匂いが流れてきたぞー』


『どこや! どこや!』


『オイラにもくれよ!』


 マナの力を感じ取ったのか、精霊が次々と僕の周りに集まってくる。


 この調子なら、かなりの数の精霊と契約を交わすことができるだろう。


 身に余るこの力で、僕は何を為せば良いのか。


 未来のことはまだ分からない。

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