第97話 これまでのこととこれからのこと(2)
そんなこんなでドタバタしている間に時は過ぎて、宴もたけなわになった頃――
「さて、そろそろ夜も更けてきた。皆をそれぞれの床に返したいところじゃが、このままでは明日からのことが心配で夜も眠れぬじゃろう――使徒様。ワシらはこれからどうすれば良いと思われるじゃろうか。どうか指針をお与えくださいませぬか」
長老がやおらそう切り出した。
それまで騒がしかった音楽と雑談がぴたっと止まる。
「そうですね……冷たい言い方になってしまいますが、それをあなた方自身で考えることそのものが、創造神様の思し召しに適うのではないでしょうか。こういう言い方は不敬かもしれませんが、創造神様は万能ではないので、僕たちは常に状況の変化に合わせて何が最善かを考え続けなければならない宿命を負っているのだと思います」
僕はしばらく考え込んでから、言葉を選びつつ、ぽつりぽつりと呟く。
「ほう。考え続ける宿命ですか」
長老が興味深げに相槌を打つ。
「はい。だって、もし、創造神様が万能で僕たちが何もしなくていいなら、そもそも今回みたいな危険な事態はそもそも発生しなかったはずではありませんか? もちろん、創造神様は寛容でお優しいですし、僕たちには及びもつかないような偉大な力をお持ちだ。だからと言って、僕たちがそれに甘えて考え続けることを放棄することを許されるのなら、何のために創造神様が僕たちに思考力と自由意志をお与えになったのか分からなくなってしまいます。創造神様は僕たちに繁栄の可能性を与えてくださいました。だけど、それを実現するには努力が必要なのではないでしょうか」
自然と言葉が口をついて出た。
まさか、創造神様が僕に乗り移ってたりしないよな。
「――使徒様のおっしゃることはもっともじゃ。ワシらは長い事、何も考えず盲目的に先祖が定めた掟を踏襲し続けることが、創造神様への信仰の証になると考えておった。じゃが、現実はどうじゃ。ワシらは自らの手で里を守ることすらも叶わず、外から来た使徒様ご一行と、里の一部の者が掟破りと蔑んでいたイリスの一家に滅亡寸前のところを助けられた。これを、創造神様からの戒めとせずなんとするのか」
長老が重々しく頷いて、里の者たちに語り掛ける。
「おっしゃる通りです。きっと、俺たちは恐れるだけでなく、もっと外の世界をもっと知ろうとしなければならなかったんだ」
「そうね。もし、ペスコに外の世界の戦士の仲間がいたなら、あんな無様な最期を迎えることはなかったはずだわ」
「……もし、もっと自由に里と外とを行き来できる環境にあったなら、オルゾも別の形でその才能を活かすことができて、あのようにひどく歪んで狂わずに済んだかもしれないね」
「災厄の原因は里に閉じこもり、世界の目まぐるしく変化に、目を背けてきた私らの怠慢なのかもしれないねえ」
エルフたちが口々に長老の言葉に賛同の意を述べる。
「皆、納得してくれたようじゃな。ここで、ワシは皆に提案したい。不出の掟は廃し、里の有志を募り、外の世界に派遣してはどうだろうか。観念論だけではなく、現実問題として、里の復興するための物資を手に入れるには、なんらかの形で外界の通貨を手に入れねばならぬしの。どうじゃ? 行きたい者はおらぬか」
長老はそう言って、エルフたちの顔を見渡す。
「俺に行かせてください! いざという時に、子どもたちを見捨てていかなきゃいけないような情けない気分になるのはもう嫌なんです」
「私も行きます。正直、外の世界は恐ろしいですけど、里が滅びようとしている時に何もできない方がもっと恐ろしいから!」
「私も行く! 冒険者のお姉さんたち、とってもかっこよかったから!」
次々と手が上がる。
その数は、およそ、里の三分の一にも上った。
ちょっと前まであれだけ閉鎖的な里だったことを考えると、すごいことだと思う。
「皆の決意は分かった。じゃが、残念なことにワシらには外の世界に頼るあてがない。無計画に進出すれば、最悪ペスコのような愚を犯しかねん。そこでじゃ、イリス。今までのことを考えると随分虫のいい話じゃとは重々承知しておるが、外の世界に詳しいお前たちの力を借りることはできぬか。どうかこの通りじゃ」
長老が、深く頭を下げた。
「頭をお上げください。私が村のために、外との繋ぎ役になることは全く構いません。でも、私が里に戻ってから、外の世界の感覚ではかなりの時間が経ってしまっています。私の昔の知り合いとどこまで連絡がつくかどうか不明瞭です。そういった意味では、私より、娘の方が皆さんのお役に立てるかと思います」
イリスさんがはきはきと答えて、テルマへと視線を遣る。
「そうか……。テルマ。そなたはもうすでに村を正式に離れておる。故に、ワシらに協力する義務はない。されど、今の状況に鑑みた時、人とエルフ、両方の血と歴史を継ぐそなたほど、今のワシらにとって必要な存在もおらぬ。故に、ワシは恥を忍んでお前に助力を乞う」
再び長老が深く頭を下げる。
他の里の人たちも、長老に倣ってテルマに頭を下げた。
「……私の仕事は、冒険者にふさわしい適性をもった者を見出し、適切な仕事を斡旋すること。それは相手が、エルフでも、ドワーフでも、人間でも、獣人でも、ハーフリングでも変わらない。適性があれば歓迎するし、適性がなければ、その人のためにならないから、たとえ、故郷のよしみがあっても採用しない。でも冒険者に向かない者にも、他の仕事を紹介することはできる。外の世界には、里では想像もできないほどの多くの職種があるから」
テルマは微笑みを浮かべて頷く。
恨みも
「おお! そう言うてくれるか! ありがたい! ――皆、聞いての通りだ。ワシらの里は大いなる災厄に襲われた。しかし、災い巡りて福となるの
長老がそう話をまとめる。
「長老! よく言った!」
「私たちも、創造神様の御心に適うように頑張りましょう!」
里の人たちから、万雷の拍手が起こる。
「ふう。これでどうにか目途がついたようじゃの。――使徒様たちには、つまらない話を聞かせてしまいましたな。創造神様から長命を賜り、いくらでも機会があったはずにも関わらず、使徒様たちがいらっしゃるまで己たちの不明に気付けぬとは本当に情けない限りじゃ」
長老が冷や汗を拭いながら呟く。
「いえ。過ちを認められることは素晴らしいことです。はっきり言って、外の世界も何でも素晴らしい理想郷じゃないですしね。皆さんの里の方が優れている所も本当にたくさんありますから、自信を持って外にいらっしゃってください。僕は大したことはできませんけど、マニスにいらっしゃった際には、家に来てくだされば、相談くらいにはのりますよ」
僕は慰めではなく、本心からそう言った。
少なくとも、エルフの里には貧富の差はほとんどないし、同調圧力はあるかもしれないけど、身分の差もなくて、すごく民主的な社会だ。
完全無欠とはいかないが、ある意味でこれも一つの理想的なコミュニティと言えなくもないだろう。
「使徒様の優しいお言葉、まことに痛みいりますじゃ。――ところで、遅くなりましたが、この度の使徒様ご一行の働きに対して、是非お礼をさせて頂きたいのですが」
僕の言葉に深く頷いた長老が、おずおずとそう申し出てくる。
本当にエルフは、どんな状況でも生真面目な種族らしい。
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