第83話 運とチート

「では笑っても泣いても最後の一番。……よろしいですか? よろしいですね? それでは、タクマ様――勝負を!」


「はっ!」


 気合いを入れてどうにかなるものでもないが、僕はお腹の奥に力を込めてサイコロを転がした。


 結果は――1・1・1。


「『天地創造』の目で親の勝ち。子は10倍額を親に支払ってください」


「きゃああああああああああああ! タクマ! あなたって最高ですわ!」


 ナージャが僕の顔に全力で胸を押し当ててくる。


 僕にとっては最高の、ゴルドにとっては最悪の出目で、勝負は幕を閉じた。


「ま、まさか、そんな――」


 ゴルドが膝から崩れ落ちる。


「――ゴルド様。その太ももの膨らみはなんですか?」


 監視役の一人が、鋭い口調で呟く。


 ゴルドが床にへたり込んだ瞬間に、服と肌がぴったりと密着して、身体の線がくっきりとした機会を見逃さなかったらしい。


 もっとも、僕は全く気が付かなかったが、さすがはプロといったところだろうか。


「押さえるぞ」


「はい!」


 後から加わった男性の監視役が二人がかりでゴルドを抑え込み、強制的に身体をまさぐる。


「な、なにをする! 客に対して無礼だぞ! ぐわあああああああああ!」


 ブチっと。


 ゴルドの下半身を抑え込んだ監視役は、容赦なくその太ももから、血に染まったボタン電池程度の大きさの何かを摘出する。


「体内埋め込み型の宝具だな。血中の魔力を利用して、滞空型の風を発生させるタイプだ」


 監視役が手にした『何か』をめつすがめつして言う。


「お前、見抜けなかったのか」


 男性の監視役の一人が、最初についていた女性の監視役を咎めるように睨んだ。


「申し訳ありません!」


 女性の監視役が深々と頭を下げる。


「まあ、まだ出回ってない新型の宝具だ。新人には荷が重かっただろう」


 もう一人の男性の監視役が、フォローするように言う。


「くっ。――最初に一度だけ勝たせてやってアリバイを作るつもりだったのに。まさか一度も手番が回ってこないとは。――おい! 俺が不正ならそっちのガキはどうなんだ! あんな異常な連勝! どう考えてもおかしいだろうが!」


 ゴルドが負け惜しみのように喚き散らす。


「うるさい! 黙れ!」


「話は裏でじっくり聞かせてもらう!」


 ゴルドが監視役の男性二人に連行されていく。


「イカサマしてたのは向こうだと言う訳ですの。どうりでワタクシが勝てないはずですわ」


 ナージャが肩をすくめて呟く。


「ナージャ様。大変申し訳ありません。損失分は当店の方で補填させて頂きます」


 女性の監視役がナージャに何度も頭を下げながら言う。


「あの、じゃあ僕の勝った分は?」


「もちろんそのままお納めください」


「そうですか。不正が心配なら、僕もチェックしてもらってもいいですよ」


 僕は監視役の女性にそう告げて、両腕を横に広げる。


「いえ。タクマ様の遊戯は、自分より巧者の上役二人の監視の下で行われましたから問題ないかと思います。それに、これ以上失礼を重ねる訳には参りません」


 監視役の女性が激しく首を横に振って答える。


「そうですか」


 僕は頷いて腕を元の位置に戻した。


「さあ、タクマ参りましょう。チップをポイントに還元してもらいませんと」


「そうだね」


 僕たちは換金所のような所で係員の人にチケットを差し出す。


 戻ってきたチケットに刻まれたポイントを見て、ようやく僕は人心地つくことができた。


 カジノから出て、他の仲間の待つレストランへと足を向ける。


「ふう。どうなることかと思いましたけど、結果的には大儲けでラッキーでしたわね」


 ナージャが額の汗をハンカチで拭って、大きく息を吐き出す。


「『ラッキーでしたわね』じゃないよ。もし僕がこなかったらどうするつもりだったの。もっと自分を大切にしなきゃ」


 僕は厳しめの口調でナージャを叱りつける。


「あらワタクシのことを心配してくださるんですの? 嬉しいですわ。もしかしたら、タクマ。あなたに出会えたことで、ワタクシは幸運を使い果たしてしまったのかもしれませんわね」


 ナージャはそう言って、天使のような微笑を浮かべた。


 彼女と初めて出会った男ならコロっといってしまったかもしれないが、僕は騙されない。


「それっぽいこと言ってもダメだよ。この船にいる間は、僕がチケットを管理するから。いいね?」


 僕は半ば強制的にナージャからチケットを取り上げて、懐にしまい込む。


「わ、わかりましたわよ。ということは、食事の時も、ショッピングの時も、常にタクマがワタクシに付き合ってくださるということですわね。そんなにワタクシと一緒にいたいんですの?」


 ナージャがちょっと拗ねたように唇を尖らせる。


「そうだね。一緒だね。とりあえず、今晩はずっと寝かせないつもりだし」


「なっ! わ、ワタクシも、タクマがどうしてもとおっしゃるならそういうことに及ぶのにもやぶさかではありませんけれど……」


 ナージャが珍しく小声になり、顔を赤らめてもにょもにょと呟く。


「なにと勘違いしてるの? 賭け事がしたいんでしょ? だったら、僕が厚紙を買ってきて、『トランプ』っていう色んな遊戯ができるカードを作るよ。それで、みんなで遊ぼう。仲間同士でやるならさっきみたいな危ないことにはならないから」


 僕は首を傾げて言った。


 僕は今回の旅に、どことなく修学旅行的な気分を感じている。


 もちろん、あくまで仕事のためだからあまり浮かれてはいけないことは分かってる。


 でも、地球時代は病気の関係で修学旅行のような泊まりの行事には参加できなかったから、仲間同士で夜更かしして遊ぶといったような定番イベントに、密かな憧れがあったりするのだ。


「はあ。そ、そういうことですの」


 ナージャは、ほっとしたような、それでいてどこか残念そうな表情で、小さく溜息をついた。


 やがてレストランに辿り着く。


 みんなはわざわざ待っていてくれていたようだ。


「あっ。やっときた! もうお腹ぺこぺこなんだからね!」


 リロエが立ち上がって僕を指さす。


「大丈夫だった?」


「何かいざこざがござったか?」


「ちょっとね。食べながら話すよ」


 心配してくれるテルマとレンに僕は微笑で応える。


「お待たせして申し訳ありませんでしたわ。お詫びに皆さんに食事をご馳走して差し上げますから許してくださいまし」


 ナージャが優雅に一礼して席につく。


「わー! じゃあたくさん食べられますね!」


 ミリアがメニュー表を掲げて歓声を上げる。


 こうして、遅めの昼食が始まる。


 いくつかのメニューはすでに売り切れてしまっていたけれど、みんなで食べるご飯はやっぱりおいしかった。

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