第81話 船内散歩

 僕は漫然と船内を歩き回る。


 船内のショップや、いくつかあるレストランをひやかしてみたが、結局どれも有料になるので利用はしなかった。


 っていうか、ナージャがチケットを持って行ったので、物理的にできない。


 一応、無料の施設もないではない。


 例えば、レンが行くと言っていたトレーニングルームや、デッキのプールなどは、船に宿泊する者なら誰でも自由に利用できるようだ。


 だけど、出発早々全力で運動して疲れるのもなんだし、さすがに真冬の今に泳ぎたいとも思わない。


 結局、そうやって消去法で行き先を絞っていくと、僕もテルマたちと同じように、船底へと続く階段を降りるという選択をとることになった。


 ガラス張りで海中が見えるようになっている一画は、カフェが併設されているが、立ち見なら無料で見学もできるようだ。


「どう? 何かおもしろい生き物いた?」


 僕は先に来ていた三人に声をかける。


「あっ! タクマさん! ちょうどいい所にいらっしゃいました!」


「これから、ショーが始まるの!」


 ミリアとリロエが僕を見つけて、パッと表情を明るくする。


「ショー?」


「船を曳いているマルティアの曲芸」


 リロエと手をつないでいる状態のテルマが、補足するように言う。


 下を見ればジュゴンをさらに二回り大きくしたような海獣が、優雅に泳いでいた。


 縄で船とつながれてはいるが、悲壮な感じはなく、愛らしい呑気な顔をしている。


『皆さん、大変長らくお待たせしました! めくるめくマルティアの海中ショーの始まりです!』


 やがて、係の船員が現れ、解説と実況を始める。


 最初は、マルティアが吐き出した泡を使った芸だった。


 地球でいうところの、イルカのバブルリングの芸に近いが、それよりもさらに派手だ。


 マルティアは泡を変幻自在に使い分けて舞台を演出し、船員たちはパントマイムの芸でそれに応える。


「うわー! すごいすごい! かわいい!」


 リロエは床に鼻をくっつけて、黄色い声を挙げる。


「船員さんの芸もさすがですけど、マルティアちゃんかしこいですねー」


 ミリアが感心したように頷く。


「マルティアには、人間換算で、10歳程度の知能があると言われている」


 テルマが頷いて言った。


 その後は餌やりの時間。


 水中スキル持ちらしい船員が、海に潜って囲み漁形式で魚を追い込んでいく。


 マルティアは自身の所にやってくる餌を、労することなくを貪っていた。


 いわゆる共生関係という奴だろうか。


 やがて、ショーが終わり、僕たちが他愛もない雑談をしていると――


 ジャーン! ジャーン!


 と、どこからか銅鑼を叩いたような音が聞こえてきた。


「あっ! これ、お昼の料理ができあがった合図ですよ!」


 ミリアがその音に即座に反応して言った。


「じゃあ、そろそろ行く?」


「行く。もしレンとナージャが先に来ていたら、待たせるのは悪い」


「姉さま。エルフが食べられる料理もありますか?」


「問題ない。豪華客船だから、様々な嗜好に対応している」


 僕たちは船底からぼちぼち引き上げて、集合する予定のレストランに向かった。


「しばらくぶりでござる。僭越ながら、席は吾が確保させて頂き申した」


 先に来ていたレンが、海の見える窓際の席から僕たちに手を振る。


「ありがとう」


「いえいえ。これくらいは僕として当然でござる」


 僕が礼を言うと、レンは静かに頭を垂れた。


「ナージャは?」


「いまだ来ておりませぬ」


 テルマの問いに、レンは首を横に振る。


「とりあえず、飲み物だけ注文して待とうか」


「ウチ! 果物のジュースがいい!」


 僕たちは席について、それぞれのオーダーを通した。


 しかし、全員に飲み物が届く頃になっても、ナージャはやってこない。


「ナージャさん、遅いですね……」


「まだカジノにいるんじゃないかな。僕、ちょっと呼んでくるよ」


 僕はそう言って席を立つ。


「タクマ。それなら私が――」


「否、僕の吾が――」


「いや、一応、チケット共有しているのは僕だから、大丈夫。もし戻るのが遅くなったら、遠慮せずに先に食べててよ」


 僕は気を遣ってくれたテルマとレンを手で制し、カジノへと向かった。


「いらっしゃいませ。初めての方ですね?」


 入り口付近で、船員らしき服をきた男性が、手元の金属板に視線を落として言う。


 チケットと同じ仕組みで僕を判別したのだろうか。


「はい」


 僕は頷く。


「ご来店ありがとうございます。よろしければ店内をご案内しましょうか」


「ご丁寧にどうも。でも、僕は知り合いを呼びにきただけですから」


 僕はそう言って、やんわりと断りを入れる。


「左様でしたか。これは失礼を。ですが、せっかくですので、よろしければこちらのチップをお持ちください。初めてのお客様へのサービスで無料となっておりますので」


「どうも」


 二回拒絶するのも角が立つので、僕は船員の差し出したチップを受け取った。


 店内に掲げられている換金表を見ると、どうやら金貨1枚分くらいの価値がある物らしい。


 初回に遊戯する心理的なハードルを下げることで、客の財布の紐を緩めようという意図だろう。


(で、ナージャはっと――あ、いたいた)


 人目を引く容姿の彼女を見つけるのは簡単だった。


 店の中央付近――ラシャが貼られ、周りに囲いのついたビリヤード台のようなテーブルの側。


 そこに彼女はいた。


 ナージャの手にあるのは三個のサイコロ。


 テーブルの上には、金属製のどんぶりが置かれている。


 どうやら、地球の『チンチロリン』に似た博打らしい。


 ナージャに向かい合ってるのは、恰幅のいい獣人の中年男性だ。


 さらに、テーブルの短辺――つまり、両者にとって中立的な位置に、監視役らしい船員の女性が目を光らせていた。


「では、よろしいですか? よろしいですね? ――では、親のナージャ様、勝負を!」


 監視役が中年男性とナージャを左見右見して宣言する。


「幸運の女神 エバンシルよ! どうかワタクシに力をお貸しください!」


 ナージャは握りしめたサイコロを祈るように天に掲げてから、カップの中に投げ入れる。


「3、3、1 ――『サイクロプス』の目で親の負け。総付けで交代です」


「そんな! ありえませんわああああああああああああああ!」


 ナージャの絶叫が店中に響き渡る。


 監視役がナージャのなけなしのチップを取り上げ、男性に渡す。


 男性の傍らには、山盛りのチップ。


 ルールがよくわからないが、とにかくナージャの負けらしいことは分かった。


「残念だったね。ちょうどいい頃合いだからやめにしたら? みんなレストランでナージャを待ってるよ」


 僕は慰めるように、ナージャの肩を叩いて言った。


「……それはできませんわ」


 ナージャが消え入りそうなほどの小声で呟いた。


「なんで?」


「怒らないで、海のような、空のような、大地のような、広い心でこれをご覧になってくださる?」


 ナージャが全力で予防線を張りつつ、こそっと僕に見せてきたチケットの裏面。


 そのポイントの残高がゼロになっていた。

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