第78話 リロエ

 とりあえず冬の寒空に外で立ち話するのもなんだということで、僕たちは屋敷の中に入った。


 テルマさんは脚にリロエをくっつけたまま、広間のテーブルに向かう。


 僕もその後に続いた。


「それで、リロエ。どうして里からわざわざマニスまで出てきたの?」


 テルマさんは優しくリロエを抱き上げて、椅子に座らせながら問いかける。


「はい! ウチ、里長から、みんなの代表として外界に救援の戦力を呼びに行く大役を仰せつかったんです!」


 リロエが背筋をピシっと立てて答える。


「……里長から? 一体なにがあったの?」


 テルマさんが急に声色を変え、表情を険しくした。


「そんなに珍しいことなんですか?」


「基本的に、エルフは結界で守られた森の中で暮らしていて、外とは接触したがらない。それぞれが精霊魔法という強力な魔法の使い手だから、非戦闘員でも冒険者でいうところのレベル30クラスの力を持っている。だから、大抵の紛争は自分たちで処理するし、そうできることを誇りに思っている。そんな彼らが慣習を曲げて、外に助けを求めるのはよっぽどのこと」


 テルマさんが危機感を募らせて言った。


「それが……、里の一人が『魔族墜ち』してしまったみたいで。そのエルフが密かに築いていたダンジョンが、アンデッド系がうじゃうじゃしているやつだったんで、みんな精霊魔法が使えなくて……。このままじゃ、神樹様まで汚されてしまうかもしれないって大騒ぎで」


 リロエが身体を震わせてぽつり、ぽつりと、呟く。


「生と死の理が崩れると土地が汚染される。確かにその手の場所には精霊が寄り付かない。元エルフの魔族だとすると里の弱点を熟知していた可能性が高い」


 テルマさんが納得して頷く。


「あの、話の腰を折って悪いんだけど、普通の魔法と精霊魔法って違うの?」


「ある意味では同じだし、ある意味では違う。タクマたちが今使っている魔法は、呪文で、火・水・風・土といった自然に存在するエネルギーに働きかけ、個人の精神力を消費して指向性を持たせることで、魔法という奇跡を再現している」


「ああ。それは何となくわかるよ」


 僕は頷いて相槌を打った。


「でも、タクマたちの魔法で利用できているエネルギーは、実は極一部。エネルギーの大半は、実は精霊という形で世界に存在している。精霊とは、自然に存在するエネルギーが凝縮して独立した意思を有するようになったもの。精霊は、普通の魔法のように精神力で指向性を持たせようとしても、独自の意思を持つために従わない。だけど、エルフはその精霊の協力を得て魔法を発動する術を身に着けている。精霊は意思を持ったエネルギーだから、普通の魔法のように精神力を消費して指向性を持たせる必要がない。つまり、精神力を消費しない。また、エネルギーの密度が濃いから、魔法の威力も桁違いになる」


 要はMPが無尽蔵で、魔法攻撃力が大幅アップするということか。


 僕がいうのもなんだけど、割とチートだな。


「ふふん! どう、分かった!? 人間! エルフはすごいんだからね!」


 リロエがドヤ顔で僕を見てきた。


「……私も知識としては知っていても、精霊魔法は使えないけど」


 テルマさんが視線を伏せる。


 テルマさんはハーフエルフだから、精霊魔法は使えないのか。


 でも、妹のリロエは純粋なエルフっぽい感じだし……色々複雑な家庭の事情がありそうだ。


「ね、姉さまはとってもかしこくてお美しくて素敵だからいいんです!」


 リロエが気まずそうにフォローした。


「だけど、メリットばかりじゃないんだよね? 今回のように精霊の協力が得られない場所では魔法が発動しにくくなるというデメリットもあるという認識でいい?」


「そう。一般に、自然の少ない都市部では精霊魔法は使いにくくなる。ダンジョンは地形によって使いやすい魔法が決まってくるし、今回のように自然の理に反するアンデッドに汚されている場合は精霊が逃げ出して、ほぼ魔法が使えない」


 僕の確認に、テルマさんが頷く。


 エルフが森の奥に引き籠っている理由がよく分かった。


 基本的に自然の多い所を拠点にしている限り、エルフは無敵なのだから、わざわざ自分たちが不利になる都市文明圏に出たがらないのも当然だろう。


「よくわかったよ。続けて」


 僕は先を促す。


「……リロエがわざわざ大都市のマニスまでやってきたということは、辺境の冒険者の戦力では事態に対処できなかった?」


「そうなんです! 里から一番近い、外の戦士が集まるっていう、『冒険者ギルド』のある村に行って、戦力を募ったんですけど、ダンジョンで返り討ちに遭ってしまいました。それでもう一回冒険者ギルドに行ったんですけど、『これ以上の戦力を求めるなら、もっと強い奴のいる所に行くしかない。このギルド経由で応援要請することもできるが、それだといつ救援がやってくるか分からない』って言われて……。なら、いっそのこと里を出る時に姉さまが向かうとおっしゃっていたマニスに行ってみようと思って、はるばる海を渡ってきたんです!」


 リロエはそう言って、テルマさんの手に頬を擦り付けた。


「事情は分かった。今日はもう、冒険者ギルドの営業時間は終了しているけど、明日一で依頼の発注の手続きができるようにしておく。ここから遠征するとなると、相当な報酬を提示しなければ冒険者は動かない。里から預かってきた依頼料はどれくらい?」


「そ、それが……、そのお……。今ちょっと持ち合わせがなくてぇ……」


 テルマさんの問いに、リロエは指と指とを擦り合わせてもじもじし始めた。


「? 大丈夫、エルフの里に市井で流通している貨幣の蓄えがないことは分かっている。宝石でも、希少な薬草でも、私の知り合いの商会に頼んであげるから、換金の心配はない」


 テルマさんがリロエを安心させるように言う。


「う……。うう……」


 リロエは助けを求めるように僕を見た。


 そんな目をされても困る。


 とりあえず、素直に話すしかないんじゃないか。


「……リロエちゃん、多分、本当に換金可能な貴重品は持ってないと思うよ。さっき、僕が店の商品の代金代わりに受け取ったのがこれだったし」


 僕は、リロエと交換した矢尻をテルマさんに見せる。


 この矢尻の価値がどれほどかは分からないが、普通、自分の生命線となる武器に必要な道具は差し出さないだろう。


 それでもあれしか交換できるものがなかったのだとすれば、相当切羽詰まっていたに違いない。


「――リロエ? ちゃんと説明して」


 テルマさんがリロエに顔をぐっと近づけて言う。


「う、う、う、う、うわあああああああん! お姉さまああああ! ウチ、ウチ! 里から託された宝石、全部盗まれちゃいましたあああああ!」

 リロエが手で顔を覆って、再び盛大に泣き出す。


「……そう。落ち着いて。私も一緒に対応策を考えるから、とりあえず、今日はゆっくりと休んで」


「でもお。でもお」


「大丈夫。大丈夫だから。――タクマ。リロエを私の部屋に泊めてもいい?」


 テルマさんがグズるリロエを抱き上げて背中を擦りながら、僕にそう尋ねてくる。


 一応、家の名義上の所有者が僕だから確認を取っているのだろう。


「もちろん。元から泊めるつもりで連れてきたから」


 僕は快く頷いた。


「ありがとう。じゃあ、ちょっとこの子を寝かしつけてくる」


 テルマさんはそう言って、二階へと上がって行った。


「わかった。僕は商売道具を片付けてくるから、もし相談が必要なら、後で僕の部屋にきて」


 僕も一端席を外して、リアカーをしまい、余った食材をキッチンに運び込んで、調理道具の類の洗い物を済ませた。


(ふう。どうやら大変なことになりそうだなあ)


 味噌のようにすぐには流れてくれなさそうな問題に、僕は小さくため息をついた。

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