第77話 腹ペコエルフ
僕は改めて童女を観察する。
地球でいえば、小学校低学年から中学年くらいの外見だ。
髪は腰まで伸びた透き通るような白髪で、色素の極端に薄い肌をしている。
目は碧く、西洋のアンティーク人形のように整った容姿をしていた。
もちろん、胸はぺったんこだ。
耳が長いところを見るとと、エルフなのだろうか。
服は腰巻と胸当てだけという、言うなれば水着のパレオのような恰好で、冬なのにヘソが丸出しになっていて、かなり寒そうだ。
得物らしい短弓を大切そうに抱きしめて、ぷるぷると震えている。
「はい。なんでしょうか」
僕はテーブルの前に出て、童女に視線を合わせて話しかける。
「それ、売れ残ったやつでしょ!? そのままだと捨てちゃうやつでしょ!?」
童女は、僕のバンズとけんちん汁の入った鍋を指して言った。
「いえ。自分の家で仲間と一緒に食べるんで、捨てませんよ」
僕は首を横に振って言った。
これくらいの売れ残りなら、ミリア一人でもペロリと平らげてしまうだろう。
『もったいない』の国に生まれた僕なので、食べ物を無駄にするなんて考えられない。
「え!? で、でも、う、売れ残ったら損でしょ!?」
童女は泣きそうな顔でそう言い募る。
「まあ、そうですね。お客さんに食べてもらった方が、僕としては嬉しいですね」
僕の仲間たちで食べきれば特に損ではないと思うが、ここで泣き出されても困るので適当に話を合わせてあげることにする。
「でしょ!? 商売下手な人間が哀れだから、よかったら、ウチがそれといい物を交換してあげる! ありがたく思いなさい! 人間!」
童女はパッっと顔を輝かせて、腰に手を当てて上から目線でそう言い放った。
「はあ、物々交換ですか。まあ、場合によっては悪くないかもしれませんね。それで、何とと交換して頂けるのでしょうか」
「これよ!」
「これは……矢尻ですか?」
童女が僕のテーブルの上に出してきたのは、三角形の破片だった。
黒曜石にも似た、ツルツルした材質でできている。
「そうよ! 矢に仕立てれば、どんな獲物も逃がさずに追跡するすごいやつなんだから! べ、別にウチがお腹が空いてるとか、そんなんじゃないのよ? 哀れな人間を助けてあげるためなんだから!」
グウーっと。
童女がそう言い切った瞬間、僕の近くからお腹の鳴る音が聞こえてきた。
「い、今のは違うから。風の精霊のくしゃみだからね!?」
「はあ……」
矢尻……、矢尻かあ。
ぶっちゃけすごくいらないなあ。
でも、なんかこの子、めちゃくちゃお腹が空いているみたいでかわいそうだから、交換してあげるか。
「じゃあ、交換しましょうか。残ってるやつならどれでも好きなだけ食べていいですよ」
僕はそう言って、バンズと鍋を指した。
「え!? い、いいの!?」
童女は自分から提案しておきながら、信じられないとでも言うように目を見開く。
「どうぞ」
「じゃ、じゃあ……ハムハムハム! ングングング! プハッ!」
僕が許可を出した途端、童女はバンズに片っ端から食らいつき、鍋を抱え込んで、ゴクゴクと直飲みした。
やはり相当お腹が減っていたらしい。
「おいしかったですか?」
「ま、まあまあね! 人間にしてはやるじゃない!」
童女が自身のお腹をさすりながら、僕に向かって破顔する。
「満足してもらえたようで良かったです。それじゃあ、僕はこれで」
「あっ……」
荷物をまとめて立ち去ろうとする僕の背中に、所在なさげな声がかけられる。
振り返ると、童女は何か言いたげに口を開いて、また閉じてしまった。
「……あの、失礼ですけど、今晩泊まる所はありますか?」
僕は見るに見かねて、そう声をかけた。
明らかに路頭に迷ってるっぽい童女をこのまま放っておくというのも寝ざめが悪い。
「馬鹿にしないでくれる!? エルフにとっては、精霊のいるところ、どこでもマイホームなんだから!」
童女はそう言って、ない胸と一緒に虚勢を張った、
「どこでもいいなら、僕の家に泊まっていきますか。一人分の部屋くらいならありますから」
この女の子に何かをしてあげられるかは分からないが、とりあえず、事情くらいは聞いてもいいだろう。
「だ、騙されないわよ! そんな優しいことを言って、ウチを人さらいに売り飛ばすつもりなんでしょう!?」
童女はそう言って、自分の身体を守るように抱きしめて後ずさる。
「そう言われると困っちゃいますけど、人さらい、嫌いなんですよね。僕の大切な人がひどいめに遭わされたので」
昔のテルマさんの一件を思い出して、僕は顔をしかめた。
「まさか、この人間、本気で……。ちょっと待ってなさい。お腹がいっぱいになった今なら使えるはず――うん。うんうん。うん。本当? へえー。うんうんうん。そうなんだ」
童女は独り言のように呟くと、目を瞑って、僕の目には見えない何かとしきりに会話を始めた。
「精霊たちがあんたは悪い奴じゃないって言ってるから、とりあえずは信用してあげるわ! その家に案内しなさい!」
やがて目を見開いた幼女が、僕のリアカーに跳び乗って叫ぶ。
「じゃあ行きましょうか」
(この構図、それこそ人さらいっぽくて嫌だなあ)
そんなことを考えながら、僕は今日の売り上げと謎の童女を乗せて、自宅への道を急ぐ。
街中の喧騒がどんどん遠ざかっていく。
「ふう……だいぶ静かになったわ。それにしても、あんた。こんな立派そうな場所に家を持ってるの? 露店やってるのに」
童女は、リアカーの縁に顎を乗せて、僕を興味深げに見つめてくる。
「露店は副業で、本業は命がけの商売を頑張ってるんで」
「ふうん。そうなの。で、でも、ウチの故郷の神樹のお家の方がもっと素敵なんだからね?」
「そうなんですか――、もうすぐ着きますよ」
意地っ張りな少女の言葉を適当に受け流して、僕はだいぶ馴染んできた我が家を顎で示した。
「タクマ。お帰りなさい」
玄関前を掃き掃除していたテルマさんが、こちらに駆け寄ってくる。
「も、もももも、もしかして、姉さま! 姉さまですか!」
童女はテルマさんの姿を見つけるなり、声を震わせてリアカーから転げ出る。
「リロエ!? どうしてここに?」
テルマさんが驚きに目を見開く。
「ああ! やっぱり姉さま! 本物の姉さまだ! ようやく会えた!」
童女はポロポロと涙を流して、テルマさんの脚に蝉のごとく抱き着く。
リロエ――いつかテルマさんが寝言で呟いていた名前だ。
彼女がテルマさんを姉と呼ぶということは……。
「テルマさん。その子は、もしかして――」
「……この子は私の妹」
テルマさんはそう言って、嬉しさと困惑の入り混じった複雑な表情を浮かべ、慰めるように童女の頭を撫でた。
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