第76話 移動販売
その後の三日間、僕は残りの三人のパーティメンバーと時を過ごした。
ミリアとは街中の屋台を巡ってジャンク感溢れる料理を楽しみ、テルマさんとは古本市を巡って冒険に役立ちそうな書籍を買い込んで、僕の部屋で回し読みしてまったりした。
レンは祭り自体にさほど興味がなく、武器屋を数件回ったきり、後は中庭で直接戦闘の訓練をして過ごした。
三人ともそもそもがどちらかといえばインドア派なので、ナージャのような派手な立ち回りはなく、いたって穏やかな祭日となった。
そして祭りが始まってから五日目、消費者として祭りを大方楽しんだ僕は、ついに屋台を出店することにした。
(売れてくれるといいけど)
事前にミルト商会で借りておいたリヤカーに料理と食材を乗せ、僕は一人街に繰り出す。
ちなみにナージャ以外の三人は手伝いを申し出てくれたが、僕の自己満足に付き合わせるのは申し訳ないし、まだ利益が出るか分からない状況では三人に報酬を払えるか不明確だったので、ひとまずは断った。
今は、夜明けから間もない、早朝も早朝といった時間帯。
商売において立地は重要で、露店もいい場所は早い者勝ちになるので、早起きしたのだ。
ミリアとの屋台巡りで目星をつけておいた場所に、僕は陣取る。
冒険者ギルドからほど近い、目抜き通りの一画だ。
(じゃあ、準備をするか)
僕は屋台を停めて、商品を陳列するテーブルを設置する。
メニューと料金が書かれた紙をテーブルの上に置いて、重石代わりのコップをのせた。
メニューは、細く削った木の串に通したヤキトリが基本で、ソースはマヨネーズと味噌、もしくはその両方を混ぜ合わせたものから選べる。
追加料金を払えば、醤油と味噌で味付けした野菜炒めを敷いたバンズを買うことができ、そこにヤキトリの肉を挟んで、ハンバーガーのように持ち歩いて食べることも可能にした。
無論、テルマさんみたいに肉が苦手な人は、バンズだけ独立して購入することもできる。
事前に寸胴鍋に仕込んでおいた汁物もある。
みそ汁――というより具沢山にしたけんちん汁に近い料理だ。
一応味噌は作ることができるようになったものの、味噌汁単体として勝負するには出汁が弱い。その上、路上販売では度々再加熱する必要があるので、味噌の香りが飛んでしまう懸念がある。だったら、いっそのことごった煮みたいにして、色んな食材の旨味が溶け込んだスープにした方がいいと思ったのだ。
「ギャザーウォター」
魔法の水で念入りに手を洗った後、僕は食材を取り出す。
「『メイクファイア』 《メイクファイア》」
僕は同時詠唱で、鍋を温めつつ、ヤキトリに火を通していく。
「やあ、おはよう」
顔見知りのハーフリングが、そう挨拶してくる。
いつぞや僕を誘ってくれたこともある、テルマさんの同僚で、冒険者ギルドの担当官の一人だ。
「エンリさん。おはようございます。世間はお祭りムード一色なのに大変ですね」
僕も頭を下げて言った。
「一応冒険者ギルドは年中無休だからね。まあ、祭りの期間中はあまりダンジョンに潜りたがる冒険者はいないけどさ。――ところで、いい匂いがするね。テルマから聞いたんだけど、それが例の君が開発したという料理かい?」
エンリさんは、興味深そうに僕がテーブルに並べた食材を眺める。
「はい。そうです。よかったらお客さん第一号になってくださいよ」
「そうだね。朝食もまだだし、お願いしようかな」
「ありがとうございます。オーソドックスなソースと、ちょっとクセのあるソースと二つを混ぜたやつの三種類があります」
僕はメニューを示して言う。
「何でも大丈夫だよ。僕は世界各国を旅していたから、クセの強い郷土料理にも慣れてる」
「そうでしたね。なら、こちらで適当に見繕わせてもらいますね――」
僕はちゃちゃっとヤキトリを作り、マヨネーズと味噌の混合ソースをかけ、バンズに挟んだ。
鍋の蓋を開けて、コップにけんちん汁を注ぐ。
「はいどうぞ」
「頂くよ。……」
僕から商品を受け取ったエンリさんは、バンズをかじり、けんちん汁を口に含む。
「どうですか?」
「――これは驚いたな。すごくおいしいよ。酸味と塩味と甘みのバランスが絶妙だし、滋味があるというか、味に奥行きがある。音楽といい、料理といい、一体君にはいくつの才能があるんだい?」
エンリさんが目を丸くして言う。
「お世辞を言われても、料金はサービスしませんよ?」
僕は冗談めかして首を傾げる。
「お世辞じゃないよ。君は僕の担当じゃないし、おだてても一銭にもならないからね」
エンリさんはそう言うと、自信の発言を証明するように、けんちん汁を一気に飲み干した。
「嬉しいです。本当においしいと思って頂けたなら、冒険者ギルドで宣伝してください」
「ははは、商売熱心だね。また昼食時にまたくるよ」
エンリさんは愉快そうに笑うと、既定の料金をテーブルに置き、バンズを片手に去って行った。
「おう! 『女殺』! 朝からこんなところでなーにやってんだ」
これまた顔見知りの冒険者が、千鳥足でこっちにやってくる。
「屋台だよ。一晩中飲んでたの?」
「おうよ! だって冬至の祭りだぜ? 今飲まなきゃいつ飲むんだ」
冒険者が開き直ったように言って、天を仰ぐ。
「飲むのはいいけど、ふらふらだよ。大丈夫?」
「おう! さすがの俺様もちょっと二日酔い気味だぜ」
「ちょうどよかった。二日酔いに効くスープがあるんだけど、飲んでかない?」
僕はそう言って、けんちん汁を器に注ぎ、冒険者に勧めた。
もちろん、嘘ではない。
味噌にはアルコールの排出を助ける効果があるらしいし。
「ほんとかよ。どれどれ――なんか臭え! でも、悪くねえな! 身体も温まって、もう一軒行ける気がしてきたぜ!」
冒険者は豪快にけんちん汁をガバっと口に入れると、器と料金をテーブルに叩きつけるようにして置き、また猥雑な小路へと姿を消していく。
「ほどほどにねー」
僕はその背中に手を振る。
やがて夜が明けると通行量がぐっと増え始めた。
「いらっしゃい。いらっしゃい。お昼の鐘が鳴るまでは特別サービス。ソースの増量が無料だよー。《ウインド》」
僕はそんな口上を述べながら、ヤキトリの匂いを風の魔法で拡散して、客を誘う。
午前中の客入りはまばらだったが、一度口にしてくれた人には概ね好評のようだ。
その人たちが口コミで宣伝してくれたのか、正午を過ぎる頃には、客が客を呼ぶ形でちょっとした行列ができるまでになった。
売上的には、ヤキトリに関しては、マヨネーズソースが5割、味噌とマヨネーズの混合が3割、味噌だけが2割といった感じ。
七割くらいの人はバンズも一緒に頼む。
けんちん汁の方は、『まあ損は出ないかな?』といったくらいのそこそこの売り上げだった。
異世界人にはあまり人気がなさげな味噌だが、熱狂的な人は熱狂的で、朝方きたお客さんが、昼にまたやってきて一人で10本の味噌のせのヤキトリを買っていったりもした。
ハマる人にはハマるらしい。
(ふう。もうこんな時間か)
働いているとあっという間に時間が過ぎるもので、気がつけば、夕刻になっていた。
ヤキトリも売り切れ、マヨネーズも心もとない。
けんちん汁とバンズと味噌は若干余っているが、今日はこれくらいが潮時だろう。
僕は客が途切れた所を見計らって、店じまいを始める。
「ちょ、ちょっと、あ、あんた!」
「ん?」
どこからか怖ず怖ずと僕を呼ぶ声がする。
だけど左見右見しても、周りには誰もいない。
「どこ見てんのよ! ここよ! ここ!」
僕のテーブルの端に、白く細い指がかけられる。
身を乗り出して下に目線をやれば、そこには童女がいた。
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