第74話 冬至の祭り(2)

 各者一斉にスタート。


 まずは洗礼とばかりに、いくつかのペアが僕たちに体をぶつけようとしてきたが、それを難なく回避した。


 さすがに本気で殺しにかかってくるモンスターと比べれば、同じヒト同士の争いは気が楽だ。


「基本的にはこのまま右回りで二つのチェックポイントを巡って、ゴールを目指しますわよ。とりあえず、市街に入ったら、建物の上に跳びますわ。地上だと見物客とか参加者の仕込んだ協力者とか、色々障害に遭遇するリスクが増えて面倒ですから」


 ナージャが囁くように言って、前方の海産物屋の屋根を顎でしゃくる。


「わかった」


 僕は頷く。


 磯の臭いが遠くなった頃、僕たちは跳び上がった。


 まずはその屋根を足場に、二階、三階とさらに高い建物へと移っていく。


 もはや、平気で5メートルくらいの高さはジャンプできるようになってしまった。


 改めて、ステータスアップの効果を思い知る。


『おーっと! やはり今年も二手に別れたぜ! 上をピョンピョンせっかちなバッタ! 大地を猪突猛進に突き進むホーシィ野郎ども! 創造の女神はどっちに微笑む!?』


 実況のビッグマウスは、背中に羽みたいなのを装備して空を飛んでいる。


 僕たちを追いかけて、俯瞰で実況するようだ。


「なにあの羽、欲しい」


「マニス所有の宝具ですわね。小国が買えるくらい高いですわよ」


「ちなみに、このレースの参加者って飛んでもいいの?」


「十秒以上足を地から離すと失格ですわ」


 青い屋根を踏みしめながら、僕たちは疾駆する。


 とりあえず、先頭集団には入れたようだ。


 もちろん僕たち以外にも屋根の上を戦場に選んだ人たちはたくさんいる。


 割合としては、地上対屋根上で7対3くらいの比率だろうか。


「三秒後、加速してくださいまし。あそこで出遅れると取り返すのは中々難しいですわ」


 ナージャが視線で前方の、三角のとんがり屋根を示した。


 ここからしばらくは、似たような三角屋根の家――つまり、複数のペアが展開するのが難しい狭い隘路が続いている。


「『ウインド』」


 追い風を受け、僕たちはスピードを上げる。


「速いね。レミ」


「でも負けないよ。ミレ」


 そんな僕たちに並ぶ影。


 実況でも有力視されていた例の双子だ。


「さすがだね」


「あの兄妹も確か冒険者だったはずですわ。とはいえ、レベルではワタクシたちの方が上なはずですけれど、まるで一心同体のように連携が取れてますわね」


 ナージャが苦々しげに呟く。


 二人三脚と一緒で、手をつないだ状態でのレースはお互いに歩調を合わせなくてはいけない。


 進む方向のベクトルや、加速・減速するタイミングがちょっとズレただけで、トップスピードが遅くなる。


 結局僕たちは双子から半歩遅れて屋根から跳躍する形となった――が。


 何のスキルか、双子はわざと中空で二段ジャンプのようなことをして、テンポをずらしてきた。


『おーっと! まずは双子が仕掛けたあああああ!』


「このままじゃあの二人にぶつかって地面に落下しますわよ!」


「っつ! 《ソイル》、『ウインド』」


 僕は即席の足場を作り出し、風の魔法の勢いを借りて再跳躍し、何とか落ちるのを免れる。


「ナイスフォローですわ! タクマ!」


「ふう。危ないなあ」


 ナージャの称賛に、僕は小さくため息をつく。


 確かに、直接攻撃を受けてはいないが、この程度の妨害は普通にアリらしい。


「まあ、冒険者のワタクシたちなら落ちても死にはしないと判断してのことでしょうけど、やられっぱなしは気に食いませんわね!」


 ナージャ悔しげに叫んだ。


(おっ――あれは!)


 そんな中、僕は前方の建物に使えそうな要素を見出した。


 石造りの廃屋っぽいその建物の屋根の端が、苔むして今にも崩れそうだ。


「ならこういうのはどうかな――《インクリーズ》」


 僕は手をつないでない方の左手で詠唱し、朽ちかけている屋根の腐敗を全力で加速させた。


 僕たちに先行する双子が跳躍する。


 彼らが着地した瞬間、その重みに耐えかねて、屋根の一部が崩壊した。


「うわっ! っと怖いね! レミ」


「鬼畜だね! ミレ」


 足を踏み外した双子は器用に前転して落下を免れる。


 それでも、速度の低下は免れない。


「おーほっほっほ! あまりワタクシたちをなめないでくださる!?」


 ナージャが愉快げに哄笑する。


 今度は僕たちが先頭に躍り出た。


『おーっと! 英雄コンビの仕返しだ! 両者激しいデッドヒートのまま第一チェックポイントへ。一方、地上サイドは前回覇者『翼足』ペアの独走状態か!?』


 実況がうきうきで叫ぶ。


「あの円形の魔法陣がチェックポイントですわ!」


 ナージャが空いた方の手で指さす。


 確かに地上に直径5メートルほどの魔法陣が描かれて、青色の燐光を放っていた。


「通過するだけでいいの?」


「ええ! 自動で認識されますわ!」


 僕たちは一端地上へと降りる。


 結局、双子と抜きつ抜かれつの状態で、僕たちは第一チェックポイントを通過した。


 前回優勝者は、もうすでに先の角を曲がっている。


 ここから先は低層の建物が続くので、屋根の上に登るメリットは薄そうだ。


「このまま僕たちが妨害し合ってもトップが得をするだけなんで、一位に追いつくまでは一時休戦にしませんか!?」


 僕は双子にそう呼びかける。


「タクマの言う通りですわ! 不毛な消耗戦はお互いにとって無益です!」


 ナージャが繰り返す。


「どうする? ミレ」


「負けたら意味がないから受けてもいいと思うよ。レミ」


 双子が頷く。


 こうして僕たちは妨害を気にする必要がなくなり、一気にスピードがアップする。


『おーっと! ここで紳士協定! 双子と英雄コンビが猛追を開始したあああああ! 『女殺』はかわいい男の娘までいけちゃう口なのか!?』


「あの実況の人、事故に見せかけて撃ち落としていい?」


「失格になりますから我慢してくださいまし」


 ナージャがなだめるように言う。


 やがて、第二チェックポイントまで半分といった距離で、僕たちは双子と一緒に、『翼足』コンビに追いついた。


「来やがったな! てめえら! おい! カルネ! こいつらにいつものやってやれ!」


 こちらを一瞬振り返った『翼足』が、肩で楽しそうにリズムを刻むハーフリングの女性――カルネをけしかける。


「うん! わかった! あのね! あのね! これは私が旅の道化師さんから聞いた話なんだけどね! ある日、獣人のお医者さんと、エルフの聖職者さんと、ハーフリングの会計士さんが宿屋で同室になってね――」


 カルネは肩からこちら側に半身を乗り出して、いきなりそう話し始めた。


 内容はいわゆる笑い話だが、センスがどちらかというとアメリカのスタンドアップコメディ寄りなので、元日本人の僕の笑いのツボには入らない。


「ぷぷっ。おもしろいね。レミ」


「はははは! 笑っちゃうね。ミレ」


 でも、異世界人的にはかなりおもしろかったらしく、双子が大爆笑して脱力する。


『おーっと! 双子がやや順位を落とした! 『おしゃべり人形』のマシンガントークが炸裂だああああ!』


「ふふっ。中々ユニークな妨害ですわね」


 ナージャが愉快そうに笑う。


 こういうウィットに富んだからかいをされるのは、ナージャはきっと好きだ。


 まあでも一応、妨害は妨害だし、反撃した方がいい……かな?


「楽しいお話をありがとう。お礼に僕からもとある宿にまつわるおもしろい話を聞かせてあげるよ。――『これは、私が地方公演で田舎のホテルに泊まった時の話なんですけどね――』」


 僕はポケットからスマホを取り出して、中に入っていた音声ファイルを再生する。


 内容は、夏限定大活躍する例のあの人の怪談だ。


 ちなみに、地球時代の病院で百物語をするイベントがあり、その語りの練習のために入れてあったやつである。


「うわーん! 怖いお話嫌ー! もっとハッピーなのがいいー!」


 カルネは話を中断し、涙目になって『翼足』にすがりつく。


「くっ! やるじゃねえか! 『女殺』!」


 翼足が唸るように言う。


『『女殺』がヤベー話で切り返す! これは英雄ペアと凸凹コンビの優勝争いになりそうだ!』


 僕たちはそのまま第二チェックポイントを通過する。


 ここからは、終盤の競争を盛り上げるためか、付近の建物の高低差が大きく、素直に地上を行った方が速いルートになっている。


『行け! 『翼足』とちんちくりん! リア充共をチギれー!』


『ハーレム野郎に負けるなー!』


『『傾国』! 飲み代返しやがれー!』


 僕たちは沿道の見物客に様々な野次を飛ばされながら、街道を疾駆する。


「何か僕たち応援されてなくない?」


「所詮は持たざる者の嫉妬じゃなくて? ――それより、そろそろゴールの闘神オルデンの神殿が見えてまいりましたわよ!」


 ナージャが叫ぶ。


 遠目に、お馴染みのコロシアム型の神殿が見えてきた。


「ふふ。やるな。まさかここまで競るとは思わなかったぜ」


「それはこっちのセリフですよ。レベルの差が全てじゃないって改めて思い知らされました」


 メッセンジャーという職業柄だろうか。


 『翼足』は速さもさることながら、走る技術に足けており、レベル以上の速さを発揮していた。


 マニスの複雑な地形を完全に把握しているということも大きいだろう。


「……これから、俺は本気を出す。お前も、出し惜しみするなよ。『早足』、『ポンプアップ』」


「――わかりました」


 『翼足』が僕の心中を見透かしたように言って加速する。


『ここで『翼足』、渾身のスキルで全力で突き放しにかかる!』


 手を抜いているつもりはないのだが、やっぱり心のどこかで、神様から貰ったチートで得た能力を全開にすることへの罪悪感みたいなのはある。


 でも、ここまできたらもうそんなことを考えるだけ失礼かもしれない。


「さあ! 笑っても泣いても後少しですわ!」


「うん!」


 僕はスマホの音楽を再生し、『愉曲』を発動して素早さをアップする。


 最初から使うと、悪目立ちして他のペアに集中砲火されそうだったので、温存しておいたのだ。


「ウインド 《ウインド》」


 さらに魔法もフル威力で発動し、最高の追い風を演出する。


『おーっと! 英雄コンビもラストスパートだ! 追いつく! 追いつく! 追い抜いたああああああああ!』


 コロシアムの中に入る。


 ゴールとなっている魔法陣は神殿の中心で輝いている。


 あと少し――。


「タクマ! 勝てますわよ!」


 ナージャが喜色を浮かべて叫ぶ。


「甘い! 甘いよ! 私がいること忘れてない? ない? なない? 『魔力膨張!』」


 カルネが、一瞬で天を突くほどの巨人に化ける。


 彼女はそのまま『翼足』を抱きかかえて、足を伸ばした。


 そのあまりに長いリーチは、たった一歩でたやすくゴールを踏みしめてしまうだろう。


 だが、僕はまだ諦めない。


 広い神殿の中なら、市街では使えなかったあの魔法を使えるから。


「ちょっと無茶するよ!」


「タクマ!?」


 僕はぐっとナージャの腕を引き、抱き寄せる。


「『ソイル』 《エクスプロージョン》」


 僕は背中を土壁で守りながら、全身で爆風の衝撃波を受けた。


 そのまま吹き飛ばされる僕。


 何とか空中で仰向けになり、ナージャを庇う体勢を取る。


 ズザザザザザザ!


 と、背中がすりおろされるような痛み。


 直後、僕の顔のすぐ横に、巨大な足がスタンプを押す。


『会場のみんな! 見たか!? 見たよな? やってくれたぜ! なんて劇的なゴールだクレイジー共! 今年もキンキンな冬を最高に熱くしてくれた『嫁運びレース』。その栄えある優勝者は――ナージャ&タクマのペア! おめでとう! 賞金 金貨50枚と副賞 豪華客船世界一周チケットは君たちのものだ!』


 ビッグマウスのハイテンションな声が天から降り注ぐ。


 その瞬間、ようやく僕たちは自分たちの勝利を確信することができた。

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