第70話 冬支度

 僕たちがダンジョンから地上に出ると、世間の空気はすっかり秋から冬のものに様変わりしていた。


 木々の葉は色づきを通り越して散り始め、海の色もどこか澄んでいる。


 町行く人々も、徐々に厚着の割合が増え始めた。


 まあ、一か月近くダンジョンの中にいたのだから、当然といえば当然だ。


 さすがにダンジョン攻略で疲れた僕たちは、二日間の休養を取った。


 そして、僕たちがダンジョンから出てから三日後、シャーレが冒険者ギルドに、家の権利書を携えてやってきた。


 僕たちは早速個室に集まって、家の引き渡しの手続きに入る。


「にしても、本当にあのダンジョンを攻略しちまうとはなあ。オレが言うのもなんだが、よくやったよ。上の連中も喜んでたぜ」


 シャーレは、黄金に輝く特殊な羊皮紙――家の権利書をテーブルに出しながら言う。


「おほほほ! 当然ですわ! なにしろ、ワタクシが加わったパーティですもの!」


 ナージャが自慢げに哄笑する。


「はえー。本当にあの家が私たちの物になるんですねえ。いまだに信じられません」


 ミリアがしみじみと呟く。


「で、結局、あの家は誰の名義で登記するんだ?」


「? 普通にパーティみんなの共同名義じゃだめなの?」


「できないことはない。けれど、実務上は共同名義にしておくと、色々と面倒。税金の支払いとか、地域の公共施設の整備の積み立てとか、一々全員の許諾を得たことを書類に残さなきゃいけないから。後、諸々の手数料も余計にかかる」


 僕の疑問に、テルマさんがスラスラと答えた。


「客観的に見て、どう考えても此度のダンジョンの攻略で一番の功績があったのは主でござる」


「私もタクマさんがいいと思います!」


「まあ、仕方ありませんわね。万が一の時の相続者はワタクシたちにして頂く必要がありますけれど、お二人の意見に異存はありませんわ」


 三人が口々に言う。


「……みんな、僕に体よく面倒事を押し付けようとしてない?」


 さっきのテルマさんの言い方だと、僕が税金の支払いとか、色んな地域の会合に出なきゃいけないっぽいんだけど。


「あら、よいじゃありませんか。面倒事を引き受けるだけのメリットがあるのですから。『僕、豪邸持ってんだけど、寄ってかない?』ってナンパすれば、そこらの尻軽女を引っかけ放題になりますわよ。『女殺』の面目躍如ですわ」


「ナージャは一体僕を何だと思ってるの?」


 ナージャの軽口に、僕は苦笑する。


「私はタクマさんに押し付けるつもりはないです! 税金もちゃんと払います! でも、私が代表者になっちゃうと、何かの拍子に変な人に騙されちゃいそうで怖くて」


「吾は、風来の侠人。永遠にマニスに留まっていることをお約束できませぬ。故に名義人になる資格はござららぬ」


 ミリアとレンが補足するように言った。


 確かに、ミリアを名義人にするのは色んな意味で不安だ。


 レンも、本人の言う通り、永遠に僕たちと一緒にいると保証できる訳ではないから、ふさわしくないだろう。


 ナージャは……能力的には一番適任だろうが、屋敷の維持に関わる細々とした折衝や雑務をめんどくさがってやらなそうな懸念がある。


「うん。……まあ、みんながいいなら、僕の名義で登録するってことでいいよ」


 結局、僕は消去法的に納得せざるを得なかった。


「んじゃ、タクマの名義で登録するぞー。この二枚に、サインをしてくれ。一度書いたら取り消せないから、書き損じないようにな」


「うん」


 僕は慎重に自分の名前を契約書に記した。


 黄金の契約書が白く発光し、まるで初めからそういうデザインであったかのように羊皮紙と一体になる。


「うしっ。じゃあ、一枚が商会の保管分で、もう一枚はお前らの控えな。これで、あの家は正式にお前らのもんだ! ――もし、いらなくなったら、オレに言えよ? 良い値で買い取ってやるからよ!」


 シャーレは商売っ気のある微笑を浮かべ、僕の肩を叩くと、冒険者ギルドから去って行った。


「面倒なあれこれは終わりましたわね? さあ! 引っ越しの時間ですわ!」


 ナージャがうきうき顔で叫ぶ。


「じゃあ、私は、お世話になった女将さんに引っ越しのご挨拶をしてきます!」


「テルマ。レン。僕たちも荷物をまとめて退去の準備をしようか」


「承知」


「わかった。すでにほとんどの日用品はまとめてある」


 僕たちは、一端、それぞれの住居に帰り、元サルーン宅――これからは僕たちの本拠地に集合する。

 シャーレからもらった鍵で玄関を開けると、若干埃っぽい臭いが鼻についた。


 まずは掃除が必要だろう。


「じゃあまずは部屋割りを――」


「そんなの早いもの勝ちですわ! ワタクシは2階の南向きの海が見える角部屋を頂きますわ!」


 僕が何か言い終える前に、ナージャは一方的にそう宣言して、シュババババっと、二階に駆けあがる。


「――決めようか。残りのみんなで」


 僕は溜息と共にそう提案する。


「吾は僕として、主に仕えられるお側の部屋なら、どこでもよろしうござる」


「私も、タクマの奴隷として近くの部屋にいる必要がある」


「わ、私もタクマさんの隣の部屋がいいです!」


 レンとテルマさんとミリアが、ほぼ同時に言った。


 レンとテルマさんは、職務上の義務感から僕の側の部屋がいいというのは分かるのだが、ミリアまで参加希望したのは謎だ。


 ただのノリだろうか。


「じゃあ、ここは公平に、『剣盾魔法』で決める?」


 テルマさんが、厳かにそう提案した。


 ちなみに、『剣盾魔法』とは、地球で言うところのジャンケンである。


 盾は剣に強く、剣は魔法に強く、魔法は盾に強い。

 盾はジャンケンで言うところのパー。剣は人差し指一本だけを突き出した形。魔法はグーだ。


 地球のじゃんけんの形とは相性が逆な感じなので、僕的にはあまりしっくりこない。


「吾はそれで構わないでござる」


「が、がんばります!」


「じゃあ、いっせーの――」


 相打ち(あいこ)、相打ち、決着。


「わーん! 負けちゃいましたああああ!」


 ミリアが天を仰いで嘆く。


「勝負の世界は非情でござる」


 レンがミリアを慰めるように肩を叩く。


「では、早速荷物の移動を」


 テルマさんが促す。


「僕の意思は? ……まあ、特に希望もないからいいんだけどさ」

 

 三人がじゃんけんをした結果、部屋割りはこのようになった。



 二階


  ナージャ レン

          僕

  

          テルマ

   空き ミリア



 ちなみに一階は



 一階  


     浴室 トイレ


     中庭  広間   玄関

            

     空き  空き


 のような感じである。


 早速、各自がそれぞれの部屋に荷物を持ち込む。


 家具類を運び込むのはまた後日だ。


 とりあえず今日と明日使う分だけの最低限の荷ほどきをしてから、僕たちは広間に集合した。


「各々の部屋はいいとして、共同で使うテーブルや椅子、その他の家具は早急に揃えなくてはいけませんわね」


 ナージャが辺りをぐるりと見まわして呟く。


 確かに、調度品の一切が撤去された今の屋敷の中は、あまりにも殺風景だ。


 近々調達した方がいいのは分かるが、そんなに急ぐ必要はあるのだろうか。


「ぼちぼち揃えるんじゃだめなの?」


「もう半月もすると、マニスの街は冬至の祭りに向けた準備で忙しくなる。日用品を買うなら、今の内がいい」


 僕の疑問に、テルマさんが簡潔に答える。


「ああ、そういうこと」


 時折、街の人の話題に上るので、僕もその存在は知っていた。


 マニスは不凍港を抱えているので、年中栄えてはいる。


 それでも冬には、マニスと地続きの都市のいくつかは、雪に覆われて通行が不能になるため、やっぱり消費が落ち込むことには避けられない。


 そんな冬の間の経済のカンフル剤として、そもそもは冬至の祭りが創始されたそうだが――今はそれも伝統になり、年に数日の馬鹿騒ぎが許される日として、内外の人が楽しみにしているらしい。


 かくいう僕も、お祭り好きの日本人として初めての異世界での祭りを心待ちにしていた。


 ……まあ、地球では病院の窓越しにちらっと花火をみるくらいで、ほとんどその手のイベントには参加できなかったんだけど。


「もうそんな時期なんですね。去年はお金が全然なくて、お祭りの屋台料理も楽しめませんでしたから、今年はちょっと贅沢したいなー」


 ミリアがしみじみと呟いた。


「音に聞こえた『マニスの熱い冬』でござるな。マニス在住の者だけでなく、各国から祭りの客目当てにありとあらゆる商人が押し寄せて、大層賑やかになると聞き及んでおりまする。吾もフロル様が出店された屋台の監督を仰せつかり、何度か参加し申した」


 レンが懐かしそうに言う。


「屋台って、僕みたいな冒険者が出してもいいの?」


「もちろん。マニスでは人倫に反するものでない限り、あらゆる商売の自由が保障されているから」


 テルマさんが頷いて言う。


「あらタクマ。あなた、まさかご自分で屋台を出店なさるおつもりですの?」


「うん。せっかくだから、僕もこの街の一員として、祭りに積極的に参加したいと思ってね」


 祭りは、冬至の前後二週間は続くと言う。


 もちろん、消費者として数日は普通に祭りを楽しむつもりだが、二週間それを続けると、無駄な散財をしそうで怖い。


 なら、どうせだったら、売る側と買う側の両方を体験してみるのも、悪くないと思うのだ。


「主は料理もなさるのでござるか?」


「最低限はできるけど、正直上手くないと思うよ。だから、そんな難しい料理に手を出すつもりはないんだ。お遊び程度にね」


 一応、僕には家庭科で勉強した程度の最低限の知識はあるが、実践という意味では、ほとんど病院食を食べて暮らしていたので、経験が浅い。


 『異世界の料理を革命してやるぜ!』とか、そんな大それた志がある訳でもなく、地球にあって、異世界にない料理の内、僕が再現できそうなものをいくつか試してみたい。


 ただそれだけだ。


「おもしろそうですね! 味見役なら私に任せてください!」


 ミリアが勢いよく手を挙げて、そう申し出る。


「ありがとう。でも、その前にみんなで家具を買いに行こうか」


 僕は脱線気味の話を本流に戻す。


「ですわね。悪いですけれど、ワタクシ、内装には妥協しませんわよ?」


 ナージャがやる気満々なオーラを振りまいて小首を傾げる。


 こうして、僕たちは街に繰り出して、皆で費用を出し合って、家具を揃えた。


 相変わらずナージャはデザイン重視で、実用性を無視した家具を欲しがった。


 しかし、僕を含む他のメンバーからストップがかかり、椅子やテーブルなどの普段使いする物に関しては、彼女の暴走は食い止められた。


 もっとも、不機嫌になったナージャをなだめるため、調度品や細々とした装飾に関しては予算の許す限りで彼女に一任することになったのだけれど。


 なんだかんだ言って、最終的には上手いことナージャのエキセントリックさが抑えられ、調和のとれた品のいい内装に仕上がり、大いに満足する僕だった。

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