第69話 女王と王
居並ぶ奇形のモンスターを前に、僕は決意する。
どんな効果や攻撃方法を有しているか分からない未知のモンスター。
もはや、精神力を温存している余裕はない。
最初から全力を尽くす。
(いくよ!)
僕はパーティメンバーに目配せする。
瞬間、全員が僕の脚に密着するように伏せた。
「エクスプロージョン 《ライトニングボルト》」
僕を中心に巻き起こる爆炎と雷の嵐。
圧倒的な合成魔法の力が、キメラを瞬く間に蹂躙する。
まさに、攻撃こそが最大の防御だ。
前にこれを使った時からは、レベルが20程度上がっている。
魔法の威力も、倍以上の力を示していた。
潰し、細切れにし、焼き尽くす。
もはや、キメラにされたモンスターたちは苦しむこともなく、ただ灰へと還った。
「ああ! わらわのいとし子たちが! あないみじ! このようなやり方をされては実験にならぬのじゃ! 少しは宴を楽しまんとする雅な心はないのかえ!」
魔族は金切り声を上げて、般若の形相になる。
「茶番に付き合ってもメリットはないからね」
僕はマインドポーションを飲み干しながら呟く。
「つまらぬ! つまらぬ! わらわを馬鹿にしおって! 興が削がれたぞえ! よかろうぞ! そなたらが
魔族の顔がぐるりと裏返り、鬼の形相へと変わる。
「――エクスプロージョン 《ライトニングボルト》」
僕は再び詠唱する。
今度は合成せず、別々に魔族へと攻撃を集中した。
「ほほほ。無駄じゃ無駄じゃ!」
魔族がダンゴ虫のように身体を丸まらせる。
バババン! ボン!
魔族は爆風の威力を受け流すように弾む。
雷撃の効果もなさそうだ。
見た所、装甲は明らかに金属製っぽい光沢なのだが、非伝導体なのか、それとも別に絶縁体を仕込んでいるのか。
「キーゴリはさっさと絶滅なさい!」
ナージャが大量の投げナイフを投げつける。
「『鬼斬』」
合わせるようにレンが魔族に斬りかかった。
カキキン!
ガキン!
「ぬるい! ぬるい! わらわの甲は何物も通さぬ!」
魔族のくぐもった声が聞こえてくる。
ナージャの攻撃は無傷。
レンの渾身の一撃も、小さな火花を一つ散らすに終わった。
「くっ! こんなのアリですの!?」
ナージャが歯ぎしりする。
「あらゆる蟲を食らいつくし、硬い部分のみを抽出して、極限まで強化された装甲でござるか……厄介でござるな。まさに蟲毒の極み」
レンが苦々しげに呟く。
つまり、防御力特化型の敵ということらしい。
「ほほほ! わらわは全ての蟲の女王ぞ! さあ! 根競べじゃ! わらわは
(会話ができるってことは、聴覚はあるっぽいな)
僕はひそかにポケットのスマホに手を伸ばす。
「その手は食わぬぞよ。上層で起こったことを知らぬとでも思ったか? 軟弱な人間と違って、わらわはには音などいらぬ!」
「熱源感知でござるか!」
「……。……」
それきり魔族は黙りこくる。
耳を塞いだのか、装甲の間に真空の層でもあるのか。
とにかく、弱体化は使えない。
魔族はそこら中を跳ねまわり、ひたすら僕たちに体当たりを繰り返してくる。
定期的にボトボトと虫モンスターを産み落として、僕たちに休む暇を与えず、ただひたすらに持久戦に持ち込むつもりらしい。
「『ポイズン』 『イリュージョン』 《スリープクラウド》 《ギャザーウォター》――だめだ。効かない」
「『破突』! 『斬鉄』! 『蹴波』! 無理でござる! 打撃も斬撃も効き申さぬ!」
僕たちはひたすら敵の攻撃をかわしながら、思いつく限りの手段を試した。
しかし、全く効果はない。
「ああもう! 虫って本当に嫌らしいですわ! だからワタクシは嫌いなのです!」
「ど、どうしましょう!? あの装甲を何とかしない限り、勝てませんよね!?」
ミリアが悲痛な声で叫んだ。
「少々お待ちくだされ。毒には毒を――虫には、虫から生成された酸を試してみるでござる!」
レンが、虫から抽出した強アルカリや強酸性の薬品を、片っ端から魔族の装甲にぶっかけていく。
「どうですの!?」
「くっ。効果なしでござる――やはり、魔族が自身のダンジョンで生産される酸に対策をしてないはずもござらんか……」
レンが悔しそうに残液の残ったガラス管に蓋をして、ホルダーにしまう。
「あれ? レン。一つ試し忘れてない?」
僕は湧いてきた蠅を焼き殺しながら、そう問いかける。
「何をでござるか?」
「それぞれの薬品は単体で試したけど、合成したやつは試してないよね?」
「然り。されど、今ある酸をまぜても、吾の知る所では、せいぜい弱い毒の煙ができるだけでござるが」
(ん? もしかして、レンは知らないのかな?)
酸の中の酸。
唯一、女王に敵うかもしれない、『王』の存在を。
「……ちょっと僕に試験管を貸してくれる? 陰の酸のやつだけでいいんだけど」
「はっ。かしこまったでござる」
「ありがとう」
僕はレンから酸性の薬品を受け取る。
求めているのは塩酸と硝酸なのだが、どれがどれだか、特定が難しい。
揮発性の有無、色、臭いなどである程度は当たりがついているのだが、確証がない。
とりあえず、飲み終わった何本かのマインドポーションの空きのボトルを水で洗浄し、その中で少量ずつ数パターンの混合液を作る。
ポイントは3対1の割合で混ぜることだ。
「主。それをどうされるおつもりでござるか?」
「もちろん。実験に使うよ。もし、これでダメだったら、撤退しよう」
僕は、出来上がった混合液の入ったガラス管を、順番に魔族に投げつけていく。
ガチャン。
パターンA 失敗
「次」
ガチャン!
パターンB 失敗
「まだまだ!」
ガチャン!
パターンC――成功。
「うわ! すごいです! 溶けてますよ!」
ミリアが両手で口を覆う。
「キャー! さすがはワタクシのタクマですわ!」
ナージャが歓喜と興奮のあまり、僕に抱き着いて頬に口づけをする。
「主……これは一体どのような魔法でござるか」
レンが愕然と呟く。
「『王水』っていうらしいんだけれど、特定の比率で混ぜるとむちゃくちゃ強くなる陰の酸があるんだ」
僕はそう答えつつ、確定した塩酸と硝酸を使って、残量の許す限り最大量の王水を調合した。
先ほどと同じ所に、全力でガラス管を叩きつける。
じわじわと魔族の装甲に穴が空き、柔そうな茶色の地肌が露わになった。
「さあ、一気にたたみかけよう! ――ソイル 《ウインド》」
「豪邸! 豪邸! さっさと豪邸! ワタクシに豪邸を寄越すのですわ!」
「『破突』! 『破突』! 『破突』!」
露出した弱点に、僕たちは容赦なく攻撃を集中させていく。
やがて緑色の体液が装甲の穴から溢れ、さらには臓器だか卵だかよく分からない何かが、ボロっとまろび出てきた。
美しかった白銀の装甲がひび割れ、魔族はもはやただの大きなゴキブリと成り果てる。
「ゲボォッ。ま、待つのじゃ! わらわを殺すより、捕らえて生かしておいた方が得じゃぞ! 前にわらわが力を貸していた人間がどれほどの
魔族は仰向けで無数の手足をジタバタさせながら、媚びた笑みを浮かべて、僕たちを見る。
「エクスプロージョン《エクスプロージョン》」
僕は無慈悲に最大威力で合成魔法を繰り出した。
ボゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
もはや身を守る盾もなくなった魔族は、轟音と共に跡形もなく爆散する。
「お見事でござる。主」
レンがかしこまって言った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
と、次の瞬間、ダンジョン全体が、震度2くらいの微弱な鳴動を始める。
「ダンジョンマスターが死んで、最下層から崩壊が始まりましたわ!」
ナージャが叫ぶ。
「早く地上に戻りましょう!」
「うん!」
僕たちは急いで上階へと続く通路を駆け抜ける。
行きと違い、帰りは地図がすでに出来上がってるから楽だ。
「前方! デス蜥蜴が二体おりますわ!」
「承知!」
レンは双剣を振るうこともなく、二体の黒い巨大蜥蜴の頭を踏みつぶして叫ぶ。
「何かモンスターが弱くなってない!?」
「ダンジョンマスターの加護がなくなりましたもの!」
ナージャが走りながら頷く。
「地形の状態異常の効果も半減しているみたいです!」
ミリアが叫んだ。
こうして帰路を急いだ僕たちは、結局、行きの倍近い速度で、地上まで辿り着くことに成功したのだった。
==============あとがき================
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勝ちました。
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