第68話 蟲毒の極み
結論からいえば、25階層以降にも湖はあった。
ダンジョンの構成やモンスターの強さはさほど変わらなかったが、情報がないため、ナージャが逐一マッピングする必要があり、どうしても時間を食われる。
結局、4日をかけてようやく30階層まで辿り着いた。
「自爆蠅がくるでござる!」
突っ込んでくる巨大な蠅の群れが、破裂して強酸性の体液をまき散らす。
「エクスプロージョン!」
僕はただちにそれを爆風で相殺した。
「地中から、獄炎ケラが来ますわよ! ミリアの所ですわ!」
ナージャが指を指す。
「ひええええ! もうちょっと早く言ってくださいいいい!」
「そいつ、隠密と擬態のスキル持ちですのよ!」
慌てて立ち退いたミリアが先ほどまでいた所に、獄炎ケラ――醜悪な顎を持った巨大なオケラが顔を出す。
「メイクウォーター 《ウインド》」」
瞬間で凍らせた氷柱で、攻撃させる間を与えず、一気に獄炎ケラを刺し貫く。
「追加で三体、湧いてきますわよ!」
ナージャが叫んだ。
この距離だと、ミリアを巻き込むのでエクスプロージョンは仕えない。
ライトニングボルトは地中には通らない。
「レン! 蠅を何体かこっちにちょうだい!」
「承知つかまつった!」
レンが足先と剣先にひっかけて、器用に蠅の死骸をこっちに投げ渡してくる。
「ウインド」
ゲームセンターのモグラたたきの終盤のように、一気に顔を出した獄炎ケラ三匹。
その口中に、流れ作業のように魔法で操った、強酸性の蠅の死骸を叩き込む。
反射的に死骸を丸呑みする獄炎ケラ。
プスン。
と、彼らの吐き出そうとした炎は不発に終わり、細く白い煙になった。
獄炎ケラはアルカリ性金属を燃焼させて炎を吐き出すので、強酸性の蠅で中和させたのだ。
「『突き』」
僕はスキルで獄炎ケラの顔を刺し貫く。
「お見事でござる――はっ!」
こちらに救援にかけつかたレンが、瞬く間に残り二匹の獄炎ケラの頭を斬り飛ばした。
「レンも、さすがだね」
僕はレンは軽く武器を重ね合わせて、お互いの健闘を称えた。
「ああ! 偽装壁ですわ! ダメです! 行き止まりですわ!」
ナージャはそう言って、天井を仰いだ。
目の前の壁は半透明で、向こう側の通路が見えているのだが、どうやら通れないらしい。
「じゃあ一端来た道を戻る?」
「ええ。残念ながらそうなりますわね。久々に手ごたえのあるダンジョンですわ」
ナージャがどこか楽しそうに言う。
現在、33階層。
30階層以降は、ダンジョンが急に複雑になり、ぐっと敵が強くなった感がある。
守りが固くなっているということは、そろそろ、最終階層が近づいている証拠だろうか。
「タクマさん。さっきの敵を弱らせる奴は使えないんですか?」
「地上だと、中々使うタイミングが難しくてね」
水中ならスマホを独立させて投げ入れているから、万が一奇襲を受けても、最悪僕たちの命は助かる。
でも、地上ではそうはいかない。
変な所で音楽を流すと、弱らせる前に大量の敵に囲まれて、対処不能な状況に陥るかもしれない。
このダンジョンには、さっきみたいに奇襲してくるモンスターも多いので、油断ができないのだ。
「問題ないですわよ。ワタクシの感覚では、後、二~三階潜れば、最終階層に辿り着くはずですから」
ナージャはそう言うと、音を確かめるように床で二回タップを踏んだ。
「吾も、禍々しい死の気配が段々強くなってくるのを感じまする。数々の命を屠ってきた悪意を」
レンがすっと目を細める。
「それって、ダンジョンマスターってやつ?」
「おそらくは」
僕の疑問に、レンが頷く。
「じゃあ、前以上に休憩はこまめに取った方がいいね。いつダンジョンマスターと遭遇するか分からない訳だから」
「ですわね」
僕たちはさらに慎重に歩みを勧めた。
一階層で三回以上は休憩を取り、さらに3日かけて一階層を下る。
34階層の中ほどで、僕たちは野営を張った。
魔法で作った水で周囲の毒をざっと洗い流してから、ソイルで念入りに盛り土する。
一応、『ポイズン』の魔法も撒いておくが、このダンジョンのモンスターは状態異常への耐性を持っている個体が多いので、効果は薄い。
「では、先にワタクシたちが見張りにつきますわ」
「お二人とも、おやすみなさいー」
ナージャとミリアが、左右で見張りに立つ。
危険の察知に優れたナージャとレンが一緒にならないように、二つに分ける形のグループだ。
「うん。お休み」
「では、少々休ませて頂くでござる」
僕は毛布を被って横になる。
一方のレンは、目を閉じるものの膝立ちの姿勢だ。
彼女はこの格好でも眠れるらしい。
僕も目を閉じて、心のスイッチを切る。
昔はベッドでも寝付けない夜があったのに、今では僕も寝るべき時に寝られるようになった。
……。
……。
……。
「――クマさん!」
「う……ん」
「タクマさん! 起きてください!」
肩に揺れを感じて、僕は身を起こす。
見れば、ミリアの顔が眼前にあった。
「ナージャ! 敵!?」
僕は急いで武器を構える。
「いえ。ワタクシは大丈夫だと思うのですけれど、レンが――」
「主。周りの死の気配、怨嗟の殺気が濃くなってきてござる。襲撃に備えられよ」
いつの間にか起きていたレンが、
「ですが、ワタクシの感じとったところでは、周囲に敵の生体反応は増えておりませんわよ! 地中も念入りにサーチしておりましたし!」
ナージャがキョロキョロと周囲を見渡して言った。
確かに僕の見た限りでは、どこにもモンスターの姿はない。
「ナージャ嬢は優秀な御方でござるが、いかんせん、攻略方が定式化されたダンジョンに慣れ過ぎたようでござるな。知性ある魔族に人の常識は通じませぬぞ」
レンは諭すように言って、懐から取り出した鋭く尖った針を、床の一点に投擲する。
「惜しいのう。あと少しで新しい邪毒を試し
やけに美女っぽい声が聞こえた瞬間、足下の床が盛り上がった。
「な、なんですの!?」
「ひいっ!」
僕たちは慌てて飛び退く。
やがて、床を突き破り、地中から身を起こしたのは、まさに『蟲毒』というべき存在だった。
胴体だけ潰された酸蟻、足を潰されて狂ったように舌を出し入れするトカゲ、羽をもがれた蠅。
全身にこんもりと半死半生のモンスターを張り付けた『何か』。
それは、今までのただ暴力的なだけの敵とは違う、凝縮された死の気配を振りまいている。
「あなた、生体反応を上回る死を
ナージャが悔しそうに叫ぶ。
「ほほほ! 欺くためだけではないぞ」
『何か』はそう言うと、まるで服でも脱ぐように、身体から死にかけの虫モンスターたちを剥がした。
「ふむ。甲虫型の魔族でござるか」
「こ、甲虫というか、あれ、大きなキーゴリじゃありませんの!」
ナージャが嫌悪感も露わに叫ぶ。
中から現れたのは、一言で言えば、白銀に輝く巨大ゴキブリだった。
ただし、普通のゴキブリとは違う点もある。
まず、四本の足で直立しているし、人間でいうところの頭の部分には、三つ目の顔が埋め込まれるように存在している。
その顔は、まるで浮世絵で描かれる幽霊のような、美しいながらもどこか不気味な美人だった。
身体のグロテクスさとのギャップが、よりいっそうこの魔族の異物感を増している。
「――ほれ。集え。嬲れ。殺せ。わらわの愛し子たちよ!」
魔族は歌うように叫ぶ。
それを合図として、死にかけのモンスターたちは、消滅していく命に抗うように、互いを傷つけ、食らい、殺し合い始めた。
「な、なにをするんですか! いくらモンスターでも、すでに死にかけている命をわざわざ苦しめて冒涜するなんて許されません!」
ミリアが義憤を滲ませて叫ぶ。
「冒涜? なにを世迷言をほざいておるのじゃ。これは実験ぞ! 進化ぞ! そなたらが家畜を掛け合わせて己に都合の良い種を選別しておるのと同じじゃ!」
やがて、醜く争う虫モンスターたちが淘汰されてくる。
魔族は頃合いを見計らったかのように、口から
蜂と蛙が、バッタと蟻が、蠅とオケラが、不自然な形で連結し、再び新たなモンスターとしての生を得る。
「キメラか……」
僕は正気を失いそうなほど陰惨な光景を目を背けずに見つめた。
これが、この魔族特有の能力なのだろうか?
「ほほほほ! 歪な命は長くはもたぬが、消えかけの蝋燭の炎こそ、一等激しいものぞ」
魔族の女はにたりと笑う。
こうして、僕たちのダンジョンマスターとの戦闘は、予期せぬ形で始まった。
そう。
僕はわかっていた。
この世界はゲームじゃない。
ボスが大人しく僕たちを最終階層で待ち構えてくれている。
そんな都合のいい状況を、期待しちゃいけないって。
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