第66話 準備

 非合法ダンジョンのあらましを知った僕たちは、とりあえず依頼を受諾するか否かは保留し、一端、シャーレと別れた。


 僕たちはそのまま冒険者ギルドへと帰還し、早速、個室に陣取って、対策を練ることにする。


「お待たせ。これが、現在、判明しているところまでの非合法ダンジョンのマップの写し」


 事務局から戻ってきたテルマさんが、紙束を手にして言う。


 もちろん、タダではない。


 マニスのダンジョンなどの昔からある迷宮の地図は、新規冒険者の生還率を上げる観点から、冒険者ギルドの共有財産として、30階層くらいまで無償で公開されている。


 しかし、未攻略ダンジョンやまだ進出者が少ない深い階層の場合は、地図の情報としての価値が高いので、有料になるのだ。


 まあ、今回の場合は、マニスの都市全体で攻略を急いでいるということもあって、商会や冒険者ギルドからもかなりの補助が出て、僕たちの負担は日当分くらいの費用で済むようだが。


「拝見致しますわ」


 ナージャが、テルマさんから地図を受け取って、真剣な表情で黙読する。


 地図の作成は一般に探索者の仕事なので、これは彼女の領分だ。


「……どう?」


 僕はナージャが読み終わるのを待って尋ねた。


「先ほども見た通り、状態異常が厄介なダンジョンですわね。麻痺・毒・酸にその他諸々、ありとあらゆるバッドステータスの展示場ですわ。モンスターもそうですし、地形も罠も含め、様々な場面で状態異常への対策が求められるでしょう」


 ナージャはそう言って、下唇を噛む。


「あ、あの、地形の悪影響のことなら、私も役に立てると思います。私、最近、レベル21になって、新しい魔法を覚えられるようになりましたから。『プリファイベール浄化の衣』を習得すれば、行軍に支障がない程度にはできるかと」


 ミリアが怖ず怖ずおずおず手を挙げて言う。


「それは助かるよ」


 プリファイベールとは、味方の周囲に浄化効果のある守護の結界を張る魔法である。


 もちろん毒とかにも効くが、灼熱や吹雪といった過酷な環境の影響も軽減できるので、習得しておいて損はないだろう。


「然り。吾は日頃の修練で、おおよその状態異常には耐性がある故、あの手のダンジョンとの相性は良いでござるよ」


 レンが自信を滲ませて呟く。


「レンが敵を防いでくれるなら、虫モンスターのほとんどは炎に弱いし、大抵の敵は僕のエクスプロージョンとかで焼き払えると思う。さっきテルマに測ってもらったら、レベル50になってたから、威力も前より上がってるはずだよ」


 カリギュラでは、ナージャとの一夜があったり、命を狙われたり、仲間が増えたり、本当に色々なことを経験した。


 おかげで、『生きているだけで丸儲け』のスキルも大いに機能してくれたらしい。


「さすがは吾の主でござる。レベル50の達人となれば、カリギュラでも指折り数えるほどしかおりませぬぞ」


 レンが目を見開き、称賛を送ってくる。


「私の把握している限りでは、現在マニスに常駐している冒険者の中で、レベルが一番高いのはタクマ」


 テルマさんが嬉しそうに頷いた。


 いつの間にか、そんなことになっていたのか。


「まあ、レベルと中身が釣り合ってないけどね」


 僕は苦笑した。


 謙遜ではなく、純粋に、僕は経験も技術も足りていない。


 もし世間にレベル相応のパフォーマンスを求められたら、今の僕にそれに応える自信はなかった。


「ともかく、戦力としては十分、ということですわね。後は、念のため、様々な毒を吸い込まないようにするためのマスクが必要です。こちらはワタクシの知り合いの防具職人に手配可能ですわ――と、なると残る問題は、25階層の『コレ』ですわね」


 ナージャはそう言って、地図の一部をトントンと指で叩いた。


「これは……次の階層に行くには、湖に潜らなくちゃいけない?」


 地図には、『湖』と書かれており、その下に記号化された階段が記されている。


「ですわ。海に近いダンジョンですから、こういうものもあるのでしょう。敵は、湖の水中にモンスターを集中させているようです」


 ダンジョンは、基本的にこの地上の地形とは独立した別空間のはずなのだが、それでも影響は受けるらしい。


 そこらへんの詳しい原理は、僕にはよくわからないんだけど。


「一般的には、こういう場合、どうやって突破するの?」


「一番確実なのは、水中戦専用の装備を揃えること。もしくは、水中でも活動できるスキルを持った冒険者に護衛して貰いながら、力押しで突破する方法もある。この場合、魔法使いが風魔法の空気塊にくるむ形でパーティの呼吸を確保する」


 テルマさんが、活舌良く答えた。


「水中の装備を揃えるのは難しいんですか?」


「水中専用の装備はかなり高額だし、材料を揃えるにも仕立てるにも時間がかかるから現実的ではない」


 ミリアの疑問に、テルマさんが首を横に振る。


「呼吸の確保は僕が海でしばらく練習すれば可能だよね? なら、後は臨時で水中で活動できるスキルを持った冒険者を雇えないかな」


「それも難しい。マニスで水中戦が可能なスキルを持った者といえば、漁師と船乗り。だけど、彼らはあくまでダンジョンで活動する人たちではないから、よっぽどのベテランでもレベル20に届くかどうかといったところ。状態異常を駆使してくる25階層のモンスターの群れを相手に、戦闘が本職ではない彼らが警護の対応するのはほぼ不可能。そもそも、そんな危険な任務を彼らが受けてくれるとは思えない」


 テルマさんが再び首を横に振った。


「なるほど。だから、他のパーティも攻略を諦めたんだね」


 僕は納得して頷く。


「まあ、その方々も、一階層ぐらいなら、スキル全開で力押しで突破できないこともなかったと思いますわよ。ですけど、もし、この下の25階層以降全てに同じような無茶な潜水が要求されると仮定すれば、とてもパーティの体力がもちませんわ。従って、彼らが撤退したのは賢明ですわね」


 ナージャが補足した。


 冒険者とは、常に最悪の状況を想定して動くものだ。


 もし僕が彼らでも、おそらく撤退を選択しただろう。


「ふむ……難題でござるな」


「どうすればいいんでしょうか……」


 僕たちの間に、しばし沈黙が流れる。


(……要は潜ることが問題なのではなく、水中にいるモンスターへの対処が問題、ということか)


 僕は頭の中で情報を整理しながら考える。


(潜る前にライトニングボルトで湖の敵を全滅させる?)


 いや、それは現実的じゃない。


 ハリネズミの時に造った水たまりレベルのプールならともかく、湖全体を感電させるほどのライトニングボルトを放っていたら、それじゃあ結局、魔力がもたない。


(平地のモンスターの死骸を撒き餌にして、水中のモンスターを集めて一網打尽に……いや、だめか)


 不要なモンスターを殺しまくっていたら、結局労力としてはライトニングボルトを使うのと大差ないだろう。


(やっぱり、普通に僕たちを襲ってくる敵に対処するしかないか……ん? まてよ? なら、その水中で遭遇する敵が無視できるレベルで弱かったらいいんじゃないか?)


 ぱっとひらめく。


 幸い、僕には敵を弱める手段があるじゃないか。


「……もしかしたら、何とかなるかもしれない」


 僕はやおら呟く。


「本当ですの!? 冗談だったら承知しませんわよ!」


 ナージャが食い気味に身体を乗り出してくる。


「うん。保証はできないけど、準備にそれほど時間もお金もかからないから、湖への対処の件は僕に任せてもらえないかな?」


 僕はパーティメンバーの顔を見渡して、そう提案する。


「吾を打ち破った主殿の策ならば、きっと間違いござらぬ」


「私も、異存はないです」


「頼みますわよ! 豪邸がかかってるんですから!」


「うん。じゃあ、とりあえず依頼は受けるってことでいい?」


「「「はい」」」


 僕の問いかけに三人が頷く。


「と、いうことでテルマ。依頼、受けるよ」


「わかった。手続きしておく」


 テルマさんが頷く。


「じゃ、後は各自、非合法ダンジョンの攻略に向けた準備をするということで」


「はい! じゃあ私は早速マーレ様の神殿に行ってきます」


「毒を以って毒を制すと申しまする。状態異常回復のポーションもござろうが、吾は念のため、それでは治らぬような特殊な毒の解毒薬を調合しておきまする」


「ワタクシは対毒のマスクの注文をしておきますわ」


 パーティメンバーが三々五々退散していく。


 僕も、自分が約束したことを果たすため、一端家に帰って楽器を手にした後、楽神ミューレの神殿へと足を向けた。


「ようこそいらっしゃいました。カリギュラでは大活躍されたそうですね」


 僕を見つけた神官さんが、気さくに話しかけてくる。


 諸々伝わっているらしい。


「いえいえ。むしろ、道化の真似事をして、恥をさらしてしまいました」


「そもそも即興こそが音楽の始まり。場を興ずることができたならば、奏者として恥ずかしいことなどなにもありませんよ。――それで、本日はどういったご用件でしょうか」


「ええ。いくつかの新しい加護をミューレ様より授かりたいと思いまして」


「なるほど。では、何かあればお声かけください」


「はい。ありがとうございます」


 神官さんとの挨拶を済ませ、例の防音の個室に向かう。


 一応、何曲かミューレ神に捧げた後、僕は新たなスキルの習得を願った。


 今回習得したのは


 呪曲


 萎曲――魔力をのせた演奏者の曲を聞いた敵の力を萎えさせる。(効果は、演奏者の技量・曲との相性によって増減する)


 歪曲――魔力をのせた演奏者の曲を聞いた敵の勘を鈍らせ、不器用にする(効果は、演奏者の技量・曲との相性によって増減する)


 融曲――魔力をのせた演奏者の曲を聞いた敵の警戒心を解き、脆くする。(効果は、演奏者の技量・曲との相性によって増減する)


 悲曲――魔力をのせた演奏者の曲を聞いた敵の心を動揺させ、精神力を下げる。(効果は、演奏者の技量・曲との相性によって増減する)


 悪曲――魔力をのせた演奏者の曲を聞かせることで敵の魔力に干渉し、低下させる。(効果は、演奏者の技量・曲との相性によって増減する)


 怨曲――あらゆる負の感情が籠った演奏者の曲に魔力をのせ、敵の全ての能力を下げる。(萎曲・歪曲・融曲・縛曲・悲曲・悪曲の習得が前提となる)


 の、6つだ。


 かなり信仰の大盤振る舞いだが、これでもまだいくらか余裕があった。


 目的のスキルを手に入れた僕は、神殿から退去し、市場に足を伸ばす。


 お目当ては、材木屋だ。


「へいらっしゃい」


 軒先でノコギリを使って木材を切っていた筋骨たくましい店員さんが、作業を中断して僕に意識を向ける。


「こんにちは。丸太でも角材でもいいので、なるべく軽くて頑丈で水に強い木材を売ってもらえませんか? 量はそんなにいらないんですが」


 僕はペコリと頭を下げて、そう注文した。


「するってえと、ガンジェの木がいいと思うぜ。深海に生える珍しい木なんだが、馬鹿みたいに軽い癖に、モンスターにかじられてもくだけねえ代物だ。ちょうど端材があるから、安くしとくぜい!」


 店員さんはそう言って、軒先の隅を顎でしゃくった。


 そこには、深緑色をした、バウムクーヘンを二回りくらい大きくしたような丸太の端材が転がっている。


「じゃあ、それください」


「はいよ。毎度アリ。あんちゃん、見たところ冒険者っぽいが、こんなもん買ってどうすんだい。この量の木材じゃ、鼠の家くらいしか作れねえぜ」


 僕が料金を支払って商品を受け取ると、店員さんが不思議そうに尋ねてくる。


「家は作りません。強いて言うなら……ステージでしょうか」


 僕はちょっと考えてから、そう答えた。


 きょとんとする店員さんを後目に、帰路につく。


(よし。後は、水魔法と風魔法を組み合わせたウォーターカッターで、木材を加工するだけだ。そしたら、次は海で魔法を使って潜水する練習だな)


 準備の目途が立った僕は、来るべき非合法ダンジョンの攻略に向けて、静かに闘志を燃やすのだった。

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