第65話 別荘

「うわー。なんだか、色んな意味でキラキラしたところですねえー。私なんかが長居したら、溶けちゃいそうですー」


 ミリアが周りをキョロキョロしながら言った。


「隠密行動はとりにくいでござるな」


 レンが呟く。


「ここは、押しも押されもせぬ一等地だから、庶民の私たちには場違い感があっても仕方ない」


 テルマさんが頷く。


 シャーレが僕たちを連れてきたのは、マニスきっての高級住宅街だった。


「みるからにリゾート地、って感じだよね」


 僕は呟いた。


 秋の気配を含んだ、心地よい潮風が僕の頬を撫でる。


 徒歩数分のところには海水浴のできるビーチがあり、立ち並ぶのは小綺麗な別荘ばかり。


 聞こえるのは波音と、どこか間の抜けた海鳥のさえずり。


 威勢のいい啖呵が飛び交う港とは距離があるために、騒音とは無縁だった。


 散歩で何回か来たことはあるが、見るからに高そうな住宅ばかりなので、ここら辺に住もうとは、考えたことすらなかった。


「ああ。マジで金持ちしかいねえからなここらへん。んで、ついたぞ」


 シャーレが立ち止まって、物件を指さす。


 そこは、別荘と言うよりは、屋敷といっていい規模の建物だった。


 建物は2階建てで、凹の字型をしている。


 人の背丈ほどの囲いはもちろん、広めの庭もついており、今は若干雑草が生えているが、コスモスっぽい花が咲き誇っていた。


 建物自体は最初内見した孤児院よりは狭いだろうが、敷地の総面積は今まででみた中で一番なはずだ。


「これは――相当なものですわよ。新築なら、金貨5000枚、中古でも金貨3000枚は固い物件ですわ」


 ナージャが目を細めて、声を震わせる。


「……思ったよりも、趣味がいいね。クロービの一家なら、もっとセンスの悪い像とか置いてあると思ったんだけど」


 建物の意匠ははっきり言って、『無難』だった。


 特に派手な色を使ってる訳でもなければ、家紋が掲げられている訳でもない。


 普通のよくある素敵な別荘といった風情だ。


「ああ。ま、あんまり目立ちたくない事情があったってことさ」


 シャーレが意味深に言う。


「事情?」


「今から案内してやるよ」


 シャーレは堂々と屋敷の正門から敷地に入り、建物へと直行する。


 そのまま、正面玄関から中に入った。


 何となく、絵画とか絨毯とかありそうなイメージだったが、中は殺風景だった。


 家財道具一式はすでに持ち去られた後のようだ。


「家具類を処分しましたの?」

「ああ。最初に競り落とした買い主が、管理費の足しにしようとしてな。結局、扱いきれずに、今、この物件は、ミルト商会も含むマニスの主要な商会の共同管理になっている。その原因が――あれだ」


 ナージャの疑問に、シャーレは中庭へと続く扉をあけ放った。


 その先にあるのは、直径25メートル、深さが3メートルほどある、人工の池だった。


 今は水が抜かれ、底があらわになっている。


 元は池だったその穴の周りを、今は幾人もの兵士が警備している。


 その中心には、底の栓だろうか。


 マンホールを二回りくらい大きくしたような、金属製の蓋があった。


「なんだか、ワタクシ、ものすごく嫌な予感がしてまいりましたわ」


「うん。僕も。少なくとも隠す必要があるなにか、ってことだよね」


 ナージャの懸念に、僕は賛同する。


 この池は、人目を避けるように、建物と壁に守られている。


 つまりは、凹型の内側の部分だ。


 この建物のどこにいても、池は見張れる位置にある。


 もう正直、大体推測はついていた。


「もはや、ここまでくれば隠し立てする必要もないでござろう。吾の方から主たちに説明致してもよろしいか?」


 レンがもどかしそうに言った。


「ああ。そういや、お前、カリギュラの貴族のエージェントだったか。好きにしろよ。あんたの方が詳しそうだしな」

 シャーレが頷く。


「では、失礼して。あの池の下にあるのは、サルーン家所有の非合法ダンジョンでござる。奴らは別荘を隠れ蓑に、魔族どもと契約し、禁制の品の生産に手を染めてござった。サルーン家が粛清され、屋敷が人手に渡るにあたり、非合法ダンジョンの存在が発覚。されど、ダンジョンマスターの魔族は最下層に閉じこもり、未だ討伐されず仕舞い。左様でござろう?」


 レンがぶっちゃけた。


 なんと、あの下衆貴族を倒した影響が、こんなところにまで出ているとは。


 世界というのは、思わぬところでつながっているものだ。


「そういうこった。全くよお。お前の元雇い主のカリギュラの大貴族様がもうちょっと早く教えてくれりゃあ、ダンジョンが拡大する前の初期段階でサクっと対処できたんだけどな」


 シャーレが皮肉っぽい口調で愚痴る。


「申し訳ないが、マニスは情報の管理体制が甘もうござる。カリギュラのような王権による統一権力が存在しないマニスは、情報が洩れやすい故、事前に通告すれば、粛清の件が露見する可能性がござった」


 レンが毅然と告げる。


「ま、それは反論できねえな。金でなんでも買えるのがマニスの良い所でもあり、悪い所でもあるからな」


 シャーレが達観したように言って、肩をすくめた。


「然り。されど、カリギュラ側も此度の責任を取って、後始末の兵力を無償で差し向けると打診したはずでござるが……」


「ああ。わかってるよ。だけど、こっちにも面子メンツってもんがあんだよ。このままだと、オレたちは、非合法ダンジョンの存在にも気付けない間抜けで、その上、自分たちでケツも拭けねえ雑魚だってことになっちまうだろうが。マニスの独立を保つためには、舐められる訳にはいかねえんだ!」


 シャーレが苦々しい顔で呟く。


 カリギュラとマニスの関係には詳しくないが、色々な政治的な駆け引きがあるのだろう。


「んーと、良く分からないんですけど、要は、マニスの問題は、マニスで片付けたいってことですか?」


 ミリアが可愛らしく小首を傾げる。


「そう。実は、私たちのも含め、マニスにある冒険者ギルド全てに、非合法ダンジョンの攻略の依頼が、三週間ほど前からきていた。事情が事情だけに、非公開の依頼として、実力のあるパーティに限定して話を持っていったんだけど……」


 テルマさんがそこまで言って口ごもる。


「攻略できなかったんですね」


「そう。今まで、6組ほどの熟練のパーティが挑戦して、いずれも失敗した。一応、収穫としては、25階層くらいまでのマッピング地図作成は終わって、ダンジョンの規模が30~40階層の間であることまではつきとめられている」


 僕の言葉に、テルマさんが先を告げる。


 一応、僕たちのパーティの平均レベルを考えれば、攻略が不可能なダンジョンではない。


 でも、かなり危なそうだしな。


 うーん。


「話は大体分かりましたわ。問題は依頼の報酬ですわよ。家を探しているワタクシたちに、わざわざその話をもってきたということは、当然、期待してよろしいんですわよね?」


 ナージャは挑戦的な口調で言って、シャーレを横目で見た。


「おうよ! なんと依頼の達成報酬は、土地もひっくるめたこの屋敷全部の所有権だ! もし、サルーンの非合法ダンジョンを最終階層まで攻略できたら、大盤振る舞いの出血大サービスでタダでくれてやらあ!」


 シャーレがバナナの叩き売りをするみたいな口調で啖呵を切る。


「ふふふ。そうこなくっちゃいけませんわ! これはおもしろくなってきましたわね!」


 ナージャが獲物を見つけた虎のごとく、目を爛々と輝かせ、舌なめずりする。


「かなり高い物件なのに、本当にタダにしちゃっていいの?」


「ああ。早く攻略しねえとやべえんだよ。このままだと、非合法ダンジョンが、マニスのでっかい方のダンジョンと連結して、入り口が二つになるなんてことになりかねない。そしたら、治安的にもまずいし、ここらへんの土地の価値とか諸々暴落するからな」


 シャーレが深刻な表情で頷く。


「皆さん! 当然行きますわよね!? 未踏のダンジョンを攻略してこその冒険者! こんな機会は滅多にありませんもの! 豪邸ですわよ! 豪邸!」


 ナージャがそう言って、皆に発破をかける。


「うーん。確かに、報酬は魅力的ですけど、他のパーティの方々で攻略できなかったものが、私たちにできるんでしょうか」


 ミリアは躊躇するように呟いた。


「もし、主が向かわれるならば、吾はお供するだけにござる」


 レンは淡々と呟く。


「担当官の私としては、かなり難しい依頼だと思う。だけど、未踏のダンジョンの攻略は、それなりのレベルで冒険者生活を続けていれば、いずれぶつかる試練。たとえ、最終階層まで到達できなくても、未知の状況への対処する経験は将来のプラスになると思う。あくまで命を最優先にするという前提で、依頼を受けてもいいかもしれない」


 テルマさんが言葉を選びながら言う。


 彼女も決めかねてるといった感じだ。


「とりあえず、もう少しダンジョンについて詳しい情報を聞かないとなんとも言えないな」


 僕は腕組みをして考え込んだ。


 基本的に危険は冒さない主義だが、かといって、これほどまでのリターンがある依頼を受けられるチャンスはそうそう巡ってこない。


 少なくとも、検討もせずにバッサリと斬って捨てるには、勿体ない案件だ。


「ああ。じっくり考えろ。とりあえず、ちょっとダンジョンの中をチラ見していくか?」


 シャーレが、ダンジョンへと続く穴を塞ぐ蓋を指して呟く。


「うん。そうだね」


「わかった――おい! ミルト商会の者だが、悪いが、ちょっと蓋を開けてくれるか!」


 シャーレが中庭に出て、穴に降りて兵士たちに声をかける。


「まあ、見るだけならいいですよね……」


「吾も情報としては知ってござるが、実物は見ておりませぬ故、後学のために」


「もう。皆さん、慎重すぎますわよ!」


 僕たちはぞろぞろとその後に続いた。


 ゴリゴリゴリゴリ。


 兵士たちが、数人がかりでダンジョンを封鎖している蓋を押してずらす。


「あらあら。ワタクシの豪邸ちゃんへと化ける金の卵はどんなお顔をしているのでしょう――」


 うきうき顔で穴を覗き込むナージャ。


 瞬間、聞こえてくる、ブウウウウウン、と耳障りな羽音。


「ひいいいいいいいい! 死ね! 死ね! 死になさい! ――なんですの! アグリーフライに、ラージモスキートに、寄生トンボに! いやらしい虫モンスターばっかりじゃないですの!」


 ナージャはレイピアを抜き放ち、湧いてきた虫型モンスターを半狂乱で殺しまくる。


「《ファイア》――なんかすごい臭いだね」


 炎で虫を焼き払いながら、穴の近くまできた僕は顔をしかめた。


 鼻を突くのは、化学の授業で嗅がされたような薬品っぽい刺激臭だ。


「……蟲毒のダンジョンでござる。古今東西、ろくなことに使われぬ劇薬の製造が、サルーン家の裏稼業にこざった」


 レンは瞑目して、ナージャが狩り損ねた蚊を一刀に伏した。


「ううー。私、暗くて狭い所は苦手じゃないですけど、さすがにこれはちょっと……」


 ミリアが鼻を摘まむ。


「……これが、他のパーティが攻略に失敗した原因の一端」


「ま、そういうこった。ようこそ! 状態異常の楽園へ!」


 シャーレがやけくそ気味に叫ぶ。


 やっぱり、世の中、そんなに甘い話はなさそうだ。

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