第64話 家探し
翌日。
冒険者ギルドにみんなが集まったところで、僕は家の話を切り出した。
「私たちでお金を出し合って、一つの家を借りる、ですか?」
僕の話を聞き終えたミリアが、きょとんとした顔で言う。
「うん。やっぱり、ミリアは今の屋根裏部屋の方がいいかな?」
ミリアに詳しい家賃とかは聞いてないが、僕とパーティを組む前の彼女の経済状況を考えると、かなり格安なはずだ。
「いえ! それが、私が今住んでるパン屋さんの屋根裏部屋に入居したいドワーフの子がいるらしいんです。女将さんにも『あんたは自分でいっちょまえに稼げるようになったんだから、独り立ちしてさっさと後輩に譲りな!』って言われてて……。元々、女将さんがボランティアのような感じで提供してくれてる宿ですし、私も同じようにして譲ってもらったんで、居座る訳にもいかないですから、近々引っ越そうと思ってました。だからちょうどよかったです!」
ミリアがぶんぶんと首を横に振った。
「そっか。なら良かったよ。ナージャは?」
「まあ、マニスに長逗留するなら宿代も馬鹿になりませんし、物件次第ではワタクシも構いませんわよ」
ナージャが頷く。
「レンは?」
「吾はどこでも主にお供するでござる」
レンが即答した。
「と、いうことで、パーティのみんなは賛成みたいなんだけど、テルマはどう思う?」
パーティ全員のコンセンサスが取れたところで、僕はテルマさんに水を向けた。
「悪くない考え。元々、同じ担当官を持つ者同士やパーティ単位で家を借り上げるのは珍しい話ではない。なぜなら、共同生活を営むことには様々なメリットがあるから。例えば、金銭的には、生活コストが下がる。仕事的には、パーティの連帯が深まるし、固まっていた方がいざという時にも敵対者に対処しやすい。また、住居を福利厚生として提供すれば、新規メンバーの参入も促せる」
テルマさんが真面目な口調で答えた。
「じゃあ、テルマも賛成だね。後は物件だけど、シャーレ経由でミルト商会に紹介してもらえばいいかな?」
「そう思う。動くなら早い方がいい」
テルマさんが頷く。
「なら、早速、今から行きますか?」
「ふう。昨日の今日で、またあの小生意気な娘に会うと思うと微妙な気分ですけれど、仕方ないですわね」
ナージャが小さくため息をつく。
話がまとまり、僕たちは早速冒険者ギルドを出て、ミルト商会へと足を向けた。
「ふわあ。聞いたぜ。家を借りたいんだって? ま、頭数も増えてきたし、確かにそろそろ悪くない時期かもな。」
ミルト商会で呼び出したシャーレが、欠伸をしながらやってくる。
カリギュラから荷を運び込んだばっかりだし、昨日も遅くまで仕事していたのかもしれない。
「うん。忙しいところ悪いけど、物件の紹介をお願いできるかな」
「ああいいぜ。もちろん商売だから、仲介料は取るけどな。で、予算は?」
「私が計算したところによれば、この範囲がいいと思う」
テルマさんが、僕たちの平均的な稼ぎから算出した予算を提示する。
「わかった。じゃあ、その範囲で物件を探してくるからちょっと待ってろ」
シャーレが一端、奥に引っ込む。
「そういえば、マニスの家賃って結構高いよね?」
「ええ。マニスは食料品や服などの日用品は安いんですけれど、世界中から商売人が集まる人口密集地ですから。まあ、それだけ栄えている証拠でもありますけれど」
「私も、女将さんが拾ってくれるまでは大変でしたー」
ミリアがしみじみと呟いた。
「でも、お金さえ払えば、種族や仕事で差別されることは少ないから、そういう面では恵まれている」
テルマさんが補足する。
もしかしたらハーフエルフのテルマさんは、他の土地で嫌な思いをしたのかもしれない。
「待たせたな。んじゃ、早速ぼちぼち見て回るか?」
紙束を手にして戻ってきたシャーレが呟く。
「うん。よろしく」
「おう。まず初めはスラムの近くだな。ついてこい」
シャーレの先導に従って、僕たちはマニスの街を闊歩する。
やがて今、僕がテルマさんと住んでいる家と同じ地区に辿り着く。
上中下で言えば、下の上くらいの場所だろうか。
「ここだ。元々は、孤児院だったんだが、潰れちまってな。この物件の魅力は、何といっても、家賃の安さと広さだ。ここなら、仲間が100人になっても大丈夫だぜ!」
シャーレが立ち止まって指を差す。
かなり年季は入っているが、石造りの立派な建物だ。
地球でいうなら、キリスト教の教会っぽいかもしれない。
「私、結構好きかもしれません! マーレ様の神殿とちょっと雰囲気が似ています!」
ミリアが上機嫌で言った。
彼女は気に入ったようだ。
「とりあえず、中を見てみようか」
僕たちはそのまま内覧に移る。
部屋は大割りで、結構な平米があるにも関わらず、5つくらいの区画にしか分かれてなかった。
おそらく、大量の孤児を一カ所に集めて寝泊まりさせるような使い方をしていたのだろう。
「いくつか、床の色が違う箇所がありますわね。この家、雨漏りするんじゃなくて?」
ナージャが目ざとく見つけて問いかける。
「そりゃ雨漏りくらいするさ。それでも、ダンジョンに比べれば天国だろ? 冒険者なら、日頃からちょっと厳しめくらいの環境に身を置いた方が鍛えられるってもんだ」
シャーレがもっともらしく言う。
「然り。日々これ精進なり」
レンが納得したように頷いた。
「上手いこと言って誤魔化そうとしてもダメですわよ! ちなみに、おトイレは水洗ですの?」
「んなもん。汲み取り式に決まってるだろ」
マニスのトイレには、水洗と汲み取り式がある。
汲み取り式は言うまでもなく、一カ所に排泄物を溜めておいて定期的に回収するスタイルである。
水洗は、水路と繋がった溝があって、そこに一定時間ごとに水が流れる仕組みになっている。
個人宅に水洗トイレが引かれているのは相当な高級住宅で、大抵は、十軒に一つくらいの割合で、共同の水洗トイレがある。
ちなみに、今、僕がテルマと住んでいる家も、共同の水洗トイレである。
僕が調べた所では、これでもマニスのトイレ事情は異世界にしてはかなり進んでいる方なのだが、トイレ大国日本に育った身としては、正直しばらく慣れるのに時間がかかった。
「ダメですわ! ダメですわ! これじゃあ、今、ワタクシが泊っている宿より劣化しすぎですもの!」
「ちっ。わがままな奴だなあ」
断固拒否するナージャに、シャーレが舌打ちした。
「トイレはともかく、僕たちのパーティが住むには広すぎるかな」
これからパーティメンバーが増えることになるかもしれないが、現状、この元孤児院を有効活用するほどの人数が集まるとは到底思えない。
今この家を借りても、確実にもてあます。
「マニスは比較的温暖とはいえ、この建物だと暖房費が高くつきそう」
「はいはい。皆さんご不満って訳かよ。ま、オレもさすがに一軒目で決まるなんて思っちゃいないさ。次いくぞ」
シャーレが切り替えるように言って、元孤児院を後にした。
「次はどんな所?」
「貧乏長屋が嫌っていうなら、次は高級住宅街に連れていってやるよ!」
そう言うシャーレが僕たちを案内したのは、楽神ミューレの神殿の真後ろだった。
その家は、渦巻き貝のような中々前衛的な形をしていた。
色も、まさに螺鈿のごとく、七色に輝いている。
決して下品な色ではないが、人によっては『色彩の暴力』とか言い出しそうな派手な装飾が施されている。
見た限りでは、築年数は浅そうだ。
「あら! 中々素敵じゃありませんこと?」
ナージャが満更でもなさそうに手を打つ。
「だろ? 有名な建築家がスキルの粋を集めて建てたデザイナーズホームだぞ!」
シャーレが自信ありげに言う。
「まあ、とりあえず中を見てみようか」
また内見のために家に一歩足を踏み入れる僕たち。
すると――
ポロロロン♪
とでたらめにピアノをかき鳴らしたような音がなった。
「驚いたか!? この物件は、なんと、家全体が一つの楽器になっているんだ。それも、触れるところによって、毎回鳴る音が変わる。まさに『天から音が降ってくる』ってやつだ。ここで暮らした吟遊詩人は必ず売れっ子になるとかならないとかいう噂だぜ」
「あら! おもしろそうじゃありませんの! タクマも、仮にも楽神ミューレを奉ずる身なら、是非とも住んでみるべき物件じゃなくて?」
ナージャがノリノリで言った。
「うん。そうだけど、これ、多分、初めの一週間くらいは楽しそうだけど、長く暮らすには、ぶっちゃけ落ち着かない家だよね」
僕は苦笑して言った。
一言で表現するなら、某リフォーム番組でダメな匠にあたってしまったような家だ。
暮らしの中に遊び心があるのはいいと思うが、これはさすがにやり過ぎだ。
「広さの割に、家賃が高い。後、間取りを見る限り、部屋が狭そう。裏の楽神ミューレの神殿からの音漏れも気になる」
テルマさんがシャーレの手にある見取り図を覗き込んで言った。
家はその面積の大半を螺旋階段が占めていて、その周りにおまけのようにカプセルホテルっぽい部屋が配置されていた。
「……この家、微妙に傾斜してござるな。吾は一向に構いませぬが、耐性がないと体調を崩しまするぞ」
レンがぽつりと呟いた。
「私、うるさいのは苦手で」
ミリアが顔をしかめる。
「芸術には忍耐が必要なんだよ! 産みの苦しみってやつだ!」
「シャーレ。次お願い」
勢いで押し切ろうとするシャーレに、僕は冷静に告げた。
「ちっ。しゃーねーな! 任せとけ! 三度目の正直だ!」
が、結局、三軒目もみんなの合意がとれなかった。
と、いうか、僕たちのパーティそれぞれで求めるものが違いすぎる。
ナージャはとにかくオシャレさ最優先。居住空間としての実用性よりは、インテリアや外観のセンスを重視する。
ミリアは逆にこだわりがなさすぎで、とにかく安ければ、狭かろうが日当たりが最悪だろうがお構いなし。
レンも似たような感じだ。
僕とテルマさんはバランスのいい『そこそこ』の家を求めているのだが、中々、ちょうどいい家がない。
もちろん、決してシャーレが意地悪をしているとか、そういうことではなく、単純にいい物件はもう埋まってしまっているのだろう。
結局、日が暮れる前になっても、僕たちの新居は見つからなかった。
「ふう。これでもダメかよ。こうなってくると、訳アリ物件くらいしかなくなるぞ」
シャーレが困り顔で、持ってきた書類をパラパラとめくる。
「シャーレ。訳アリ物件といえば、最近、カリギュラの貴族の政変で、いくつか貴族の別宅が市場に流れたはず。その中で良い物件はないの?」
テルマさんがふと思い出したように尋ねた。
「ん? ああ、それな。あるにはあるが……。まあ、一応、行ってみるか。ある意味で、タクマたちにも関係がある話だしな。うん。そうしよう。お前らなら可能性がない訳じゃないし」
シャーレが含みのある口調で言って、ひとりでに頷く。
「どういうこと?」
「お前がぶっ潰すの手伝った、サルーンっていう大貴族がいただろ。その別荘さ。とんでもない、『おまけ』つきのな」
僕の問いに、シャーレがにやりと笑う。
「ああ。『アレ』でござるか」
レンが眉を潜めて頷く。
「な、なんなんですか! おばけですか!?」
ミリアがびくびくしながら叫んだ。
「ふふっ。まあ、おばけくらい出てもおかしくありませんわね。あの下衆貴族なら、地下に拷問室があって、一人や二人殺していても何の違和感もないですもの」
ナージャがミリアを
(おばけ……くらいじゃ済まないんだろうな)
こうして僕たちはシャーレに導かれ、とんでもない『訳』が潜んでそうな謎の物件に、期待と不安の入り混じった気持ちで向かうのだった。
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