第63話 土産話
マニスに帰った僕たちは、商会までシャーレに同行し、護衛の任務を無事達成した後に、その日は解散となった。
冒険者ギルドはもう閉まっている時間だったので、僕は直接、テルマさんが待っているであろう家へと帰る。
「ただいまー」
僕は中に入り、背負っていた旅行鞄を降ろす。
「タクマ! お帰――その子は誰?」
笑顔でパタパタとこちらに走ってきたテルマさんは、僕の後ろにいる人物を見つけてすっと目を細めた。
「お初にお目にかかる。吾は、レンと申す。同じ主を持つ者同士、以後お見知りおきを」
僕の後ろに控えていたレンが恭しく一礼する。
「……主?」
テルマさんの視線がさらにきつくなる。
「えっと、事情があって、僕が一応、レンのご主人さまっていう設定になってるんだよ。だから、こうして連れてくることになってさ」
僕としては、レンには普通に宿を取ってそこに泊まって貰いたかったが、彼女が『近くに侍っておらねば、迅速にご命令を承れませぬ』と言うので、仕方がない。
レンだと、放っておけば、家の周りの道端で野宿しかねない。
ちなみに、僕とテルマさんの関係性と、同居している事情は、すでにここまでの道中でレンに説明してある。
「とりあえず、中に入って。事情を、
何故か職務質問する警察のようなねっとりとした口調で、テルマさんがそう言った。
「うん。じゃあ、レン入って」
「お邪魔致しまする」
何となくピリピリした緊張感の中、テーブルについた僕は、テルマさんにカリギュラであったあれこれを、一通り順を追って説明する。
「――そう。事情は分かった。つまり、レンはタクマに対してビジネス上の借りを返す目的で一緒にいるだけで、個人的な好意がある訳ではないということ」
僕の話を聞き終えたテルマさんが決めつけるように言った。
いや、確かに彼女の言う通りなのだが、はっきりと言語化されるとなんか傷つくな。
「否。吾はタクマ殿を個人的にも好いてござるよ。そうでなければ、主と仰ぎ、命を預けることなどできませぬ」
レンが真剣な表情で言い返す。
よかった。
もちろん、仲間としての好意だろうが、嫌われてはなかったようだ。
「……」
「……」
レンとテルマさんがお互いを見つめ合い、じっと押し黙る。
二人の間に微妙な空気が流れた。
「あ、あの、とりあえず、お互いの自己紹介も終わったことだし、今日はもう休まない? 僕たちはミルト商会でごちそうになったし、テルマももう食事は済ませたんでしょ?」
台所の食器の濡れ具合を見て、僕はそう推測する。
なんだか今になって旅の疲れがぐっと出てきた。
早く横になりたい。
「分かった」
「承知でござる」
二人が同時に頷く。
「じゃあ、ちょっと身体を洗うよ。僕からでいいかな? それとも、レンかテルマが先にする?」
「タクマからでいい」
「吾も、もちろん主からで構いませぬが、吾は魔法は使えませぬ故、近くの公衆浴場などがあればご紹介頂ければありがたい」
「公衆浴場はあるけど、レンも疲れただろうし、慣れない街を歩くのは大変でしょ。なんだったら、僕がお湯を出すよ。あ、もちろん、目は瞑ってるから」
僕はそう提案した。
ちょうど魔法のいい訓練になる。
「かたじけない。主の厚意、ありがたく頂戴致す。されど、わざわざ、目を閉じて頂く必要はございませぬ。主人に裸を見られて恥ずかしがる僕などおりませぬ故」
レンはそう言って、スルスルと服を脱ぎ始めた。
レンが下着一枚になったところで、僕とレンの間にテルマさんが割り込む。
「だめ。ご主人様のタクマに、そんな雑事はさせられない。奴隷の私がやる」
テルマさんが強い口調でそう主張した。
「え、あ、うん。なんかごめん」
僕はすごすごと引き下がった。
本当にテルマさんは責任感が強い。
三人とも入浴が終わり、就寝の準備が整う。
「あ、そうだ。テルマ。これ渡すの忘れてたんだけど、これ、カリギュラのお土産」
僕はふと思い出して、旅行鞄からペアの銀のコップを取り出した。
もちろん、カリギュラで買ったやつだ。
「これ、ペアコップ?」
「うん。そうなんだ。ペアで買うのもどうかと思ったんだけど、お店の人が二つ一緒じゃないと売りたくなさそうな雰囲気だったし、製作者の人もペアで使った方が喜ぶと思ったから」
僕は正直にそう白状した。
僕がアニミズムの国に生まれた日本人だからか、この2つのコップを引き離すとなんとなくバチがあたるような気がして、結局、片方だけ処分するようなことはできなかった。
「いやいい。文化と製作者の意思は尊重するべき」
テルマさんはもっともらしくそう言って、二つのコップをぴったりとくっつけてテーブルの上に置いた。
「そう言ってもらえるとありがたいよ。じゃあ寝ようか」
「寝る」
テルマさんは頷いて、床に寝具を広げる。
「……テルマ。まだ新しい布団、買ってないの?」
僕は室内をぐるりと見渡して、首を傾げる。
さすがに二ヵ月近く経っているから大丈夫だろうと思っていたのに。
「うっかり忘れてた。てへ」
テルマさんは似合わない冗談めかした仕草で、拳で彼女自身の頭を小突いた。
「うーん。困ったなあ。誰が使えばいいか」
二セットあれば、テルマさんとレンをそこに寝かせて、僕は使わないといった使い方ができるのだが、一セットしかないと対処に困る。
「迷うことはありませぬ。吾は主の僕、テルマ嬢も主の僕であれば、主が使う以外の選択肢はないでござろう」
レンがきっぱりと言う。
「いや、それはさすがに僕が心苦しいから……」
女性を二人床に寝かせて僕だけ布団でぬくぬくというのは、罪悪感で逆に眠れなさそうだ。
「お気になさらず。少なくとも吾は、立って眠ることもできまする。屋根も壁もあって、横になれるならば、上等でござる」
レンはそう言って、直接床に寝転がった。
「……そう。レンがそう言うなら問題ない。私とタクマは今まで通りに布団を半分に分け合えばいいだけ。さっ。タクマも」
「えっ。ちょっ、ちょっと」
テルマさんが僕の手を引いて寝かせ、強引にいつもの眠る時のポジションにもっていく。
「お待ちくだされ。なぜ、奴隷のテルマ嬢が、主と床を共にするのでござるか?」
ガバっと起き上がったレンが、僕たちを怪訝そうに見つめる。
「なぜもなにも、これがタクマと私の日頃の習慣」
テルマさんが平然と答えた。
「そうなると話は変わってきまする。僕同士の間で待遇に差があるのは、義とは言えませぬ」
「じゃあ、どうするの?」
「こうしまする」
「えっ!?」
僕は思わず声上げた。
横にローリングしたレンが身体ごと掛布団のように僕に覆いかぶさってくる。
「主の上に乗っかるなんて失礼」
テルマさんがレンの脇腹をぐいぐいと押して、僕の上からどけようとする。
「そうでござろうか? 自らの懐で主の手袋を温めて出世した騎士の話もございまする故、むしろ忠義と心得まするが。いかがですか。主。お嫌でござるか?」
涼しい顔でテルマさんの手を押し返しながら、僕に問いかけるレン。
「嫌か嫌じゃないかでいえば、嫌じゃないけど……」
獣人は人間より基礎体温が高いのだろうか。
レンは確かに暖かい。
失礼な例えをすれば、猫を腹の上にのせて眠るような、例えようもない幸福感がある。
特にこれからの寒い季節にはありがたそうだ。
「なら、レンより身体の面積の広い私が掛布団役をやった方がより効率的。代わって」
「吾の拝見したところ、テルマ嬢はハーフエルフでござろう? であるならば、純粋な人間である主殿より、体温は低いはずにござる。掛布団としては不適にござる」
(なんかめんどくさいなあ……)
延々と続く二人のやりとりを聞きながら、僕は大きく欠伸をした。
就寝一つで、こんなにごたごたするなんておかしい。
こうなってしまった原因は明らかである。
この狭い部屋で三人が共同生活するのには、やはり無理があるのだ。
(そうだ。引っ越そう。そろそろメンバーも増えてきたし、いっそのことパーティ全員でお金を出し合って、シェアハウスみたいな一つの大きな家に住めばいいじゃないか。早速明日、みんなに提案してみよう)
僕はそう決意して、瞳を閉じる。
旅の疲れもあって、やがて眠くなってきた。
結局、最終的に僕の上に乗っかっていたのは誰なのか。
真相は夢の中である。
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