第61話 フロルとお礼

「殿下。まずは、卑賎なるワタクシたちに、此度のような素晴らしい場を設けてくださったことに、心から感謝申し上げます」


 ナージャが恭しく礼を述べる。


「あ、ありがとうございましゅ!」


 ミリアが噛んだ。


「ありがとうございます」


 僕も二人に合わせて礼を言った。


「はいー。こちらこそ、国家への反逆者の粛清に協力して頂いてありがとうございましたー。あとー、仕方ない事情があったとはいえー、そちらを攻撃する形になってしまってごめんなさいー」


 フロルさんが悲しそうな顔で謝罪する。


「まことに面目ない」


 レンが深々と頭を下げる。


「もう解決したことなので、僕は気にしていません」


「ええ。冒険者は危険と隣り合わせの稼業ですもの」


「私は、みんなが無事ならそれで」


 僕たちは顔を見合わせて、頷き合った。


 実際、今さらあの件をフロルさんに抗議したところで、僕たちにメリットはない。


「皆さんがお優しい方で良かったですー。それでー、お三方にー、反逆者の粛清への協力と、レンを助けてくださったことへのお礼がしたいと思うのですがー」


「そんな! ワタクシたちは当然のことをしたまでです。お礼なんてとんでもないですわ。ねえ、タクマ?」


「うん。ナージャはすでに金貨314枚受け取ってるもんね。十分だよ」


 王女様の前でいい子ぶるナージャに、僕は事実を告げる。


「おほほほほ! タクマったら、このような場所でお金の話をするなんてお下品ですわよ」


「そうなんだ。ごめんね。僕、マナーに疎くて」


 張り付いた笑顔を浮かべるナージャが、『空気読め』的な視線を送ってくるが、もちろん、僕は敢えて読まなかったのだ。


 あのお金は結局フロルさんから出ている訳だから、もう十分お礼は得てるんじゃないだろうか。


 これ以上何かを望むのは強欲な気がする。


「ふふふ。元々あれはクロービを逮捕するためにレンに渡した資金だったのでー、目的が達成されたならその使い道は問いませんー。だから、お礼はそれとは別ですー」


 僕とナージャのやりとりを微笑ましげに見守っていたフロルさんが、鷹揚に言う。


 さすが大物は器が違う。


「そ、それでは、殿下。もし、よろしければ。本当にご無理じゃなければですけれど、ワタクシの夢を一つ、叶えて頂けませんでしょうか」


 ナージャが非常にもったいぶった言い方で、フロルさんに懇願する。


「はいー。どのような夢でしょうー?」


「殿下をはじめ、王家の方々にはお抱えの素晴らしい技術を持った服職人がいらっしゃると思いますの。その方たちにワタクシの服を作って頂ける権利をお与えくださいませんでしょうか。もちろん、費用はワタクシ自身が負担致しますわ」


「もちろん、構いませんー。フロルの知っている服職人さんならー、いくらでも紹介しますよー。いくつかの流派があるので、後で見学されていきますかー?」


「はい! ご厚情感謝致しますわ!」


 ナージャが感動の面持ちで頷く。


 てっきりさらにお金を要求すると思っていたら、意外にまともな要求だった。


 というか、これは上手いやり方だ。


 フロルさんから得た金を、フロルさんの勢力下にある服職人に流すのだから、これは結局、彼女にお金を返しているのに近い意味を持つ。


 なんだかんだで社交術に長けたナージャらしいと思った。


 これなら、僕が特に口を挟む必要はない。


「ではー、次は、そこのドワーフさん。何が欲しいですかー?」


 フロルさんはそう言って、ミリアに微笑みかけた。


「え? わ、私ですか? 私は、タクマさんやナージャさんと違って、大した活躍もしてないですから、今日、こうしておいしいものをいっぱい食べられただけで、十分です!」


 ミリアがきょどきょどしながら、たどたどしい口調で答える。


 でも、その言動だけで、彼女の誠実な人柄は十分に伝わったと思う。


「なるほどー。ドワーフさんは食べることがお好きなんですねー?」


「は、はい!」


「ではー、マニスの方にー、フロルが出資している『クロガネ庵』っていうお食事の店があるんですけどー、そこの生涯無料チケットなんてどうでしょうー」


 フロルさんはそう提案して小首を傾げた。


「く、クロガネ庵って、有名人がお忍びで通うと噂の超高級店ですよね!? それを一生!? ほ、本当に、いいんですか?」


 ミリアが口元からよだれを垂らしながら確認する。


「はいー。まあ、保証できるのは、フロルが生きている内ですけどー。あとー、あの店は店主のこだわりが強くて仕入れが気に食わない時は店を開けませんしー、何かの拍子にお店自体を辞めちゃうこともあるかもしれませんしー。それでもいいですかー?」


「も、もちろんです! ありがとうございましゅ!」


 ゴン。


 ミリアは深く礼をするあまり、頭をテーブルにぶつけた。


 確かに、彼女に対してはこれ以上のお礼はないだろう。


「最後はー、吟遊詩人さんですよー。何を望まれますかー?」


 フロルさんがそう言って僕に水を向ける。


「僕は、特には欲しい物はないです。前にレンさんにも言いましたが、クロービから襲われることがなくなったというのが、僕にとっての報酬です」


 僕は率直に答えた。


「んー。でもー、レンの報告によればー、今回の一番の功労者はー、吟遊詩人さんだと聞いていますー。その方に報いなかったとなればー、王家の名が廃りますー。ではー、例えばお金はどうですか? マニスの金貨で1000枚程度なら、用立てますよー」


「お金は大事ですけど、今回、レンさんを助けるのに手を貸したのは、僕の個人的な信条に依るものなので、それを金銭的価値に還元するのは違うというか……」


 僕はちょっと考えてからそう答えた。


 僕は『生きているだけの丸儲け』の信条に従って、レンを助けた。


 丸儲けと言っても、ここでいう『儲け』はきっとお金を意味しない。


 もっと、人生にとって大切ななにかだと、僕は思っている。


「では、名誉はどうでしょうー? ギルドカードに記載できるくらいの勲章なら、いくらでもお出しできますけどー」


「もっといりません。お気持ちは嬉しいですが、下手に名声があがると厄介ごとが増えそうで怖いです」


 フロルさんの次の提案に、僕は首を横に振った。


「んー。そうですかー。困りましたねー。本当になにも欲しい物はないんですかー?」


 フロルさんが、かわいらしく唇を尖らせて言う。


「……実を言うと、あります。でも、それは物じゃありませんし、ひょっとするとかなりわがままな要求になってしまうかもしれません」


 僕はちょっと考えからそう口を開いた。


 フロルさんがお礼をくれるという流れになってから、アレコレ考えたが、どうしても今僕の欲しいものを述べよと言われれば、それは一つしかない。


「是非、おっしゃってくださいー。聞きたいです」


 フロルさんがそう促す。


「では……。もしよろしければ、レンさんを僕たちのパーティにお貸し願えませんか? もちろん、彼女本人が望むなら、ですが」


 僕は意を決して言った。


 今僕が欲しいのは、さらに深いダンジョンへ挑戦するための仲間だ。


 今の僕たちは、はっきり言って、パーティのレベルに見合った深さに挑戦できていない。


 それは、前衛に不安があるからだ。


 斥候役のナージャ。


 中衛で、魔法使い兼遊撃要員の僕。


 後衛でヒーラーのミリア。


 ここに前衛のレンが加わってくれれば、パーティは一応の完成をみるはずだ。


「ちょっ! タクマ! 本気ですの!? 確かに、まともな前衛が加われば、パーティの幅はぐっと広がりますけれど!」


「はえー」


 ナージャとミリアが驚愕に目を見開く。


「んふふー。なるほどなるほどー。そうきましたかー。――どうですか、レン?」


 フロルさんは含み笑いを浮かべて、レンに水を向ける。


「吾、個人としては、タクマ殿に命を救って頂いた恩を返したい気持ちは多分にありまする。されど、主に受けた恩は、吾個人に留まらず、一族全てに及ぶ大恩故、どちらかを選べと申しつけられれば、やはり主を選ばざるを得ませぬ」


 レンが眉間に皺を寄せ、腕を組みながら答える。


「フロルへの恩はー、今までの働きと、今回の件でもう十分返してくれましたよー。レンが望むならー、吟遊詩人さんの所へいくべきですー。フロルはー、レンの一生を縛り付けるつもりはありませんー」


 フロルさんはそう言って、レンの頭を撫でた。


「されど……」


 レンは逡巡するように、フロルさんと僕の顔を交互に見る。


「あ、あの、そんな難しく考えてもらわなくてもいいんです。僕たちとパーティを組んでも上手くいかない可能性もありますし、とりあえずはちょっとした出張だと思ってくれれば」


 僕は慌ててそう補足する。


 僕としてはなにも、レンを困らせたい訳ではない。


 ちゃんとした状態のパーティで冒険に臨んでみたかっただけなのだ。


 もし、仮にレンが僕たちのパーティが気に食わなくて抜けるにしても、深い所まで潜った実績があった方が、新しいメンバーも入りやすくなるだろう。


「……んー。そうですねー。ではー、こうしましょう。レン。フロルが、あなたの主として命令しますー。これからは、吟遊詩人さんを仮の主とし、レン自身のこれからの行く先を決めてくださいー。レンが吟遊詩人さんの下に留まるなら、フロルは止めませんー。もちろん、レンが戻ってきたくなったなら、フロルは喜んで受け入れますー。これは期限無制限の任務ですー」


 フロルさんはしばらく考え込んだ後、レンにきっぱりとそう命ずる。


「はっ。主命承知致した。吾へのご配慮。かたじけなく存じますする」


 レンが拳を心臓のあたりに当てて、深く一礼した。


「えっと、あの、別に僕は仲間が欲しかっただけで、レンの主にしてもらわなくても大丈夫なんですけど」


 納得したように頷き合うフロルさんとレンに、僕はおずおずとそう申し出る。


 僕はレンを従属させたい訳ではなく、対等なパーティメンバーになって欲しいのだが。


「んー。これは、吟遊詩人さんへの報酬ですしー、誰に命令権が帰属するかはっきりしておかないと、逆にレンが困ると思いますー」


「はあ、そういうものですか」


 僕は頷いた。


 僕個人としては思うところもあるが、フロルさんがそう言うなら、素直に従っておいた方がいいだろう。


 仮とはいえ、一応、主従関係だと、僕がレンに敬語を使うのはおかしいだろうか。


「然り。では、これから末永く主従関係が続くよう、よろしくお願い申し上げまする。主」


 レンがフロルさんの下から、僕の側にやってきて、忠犬のような瞳で見上げてくる。


「う、うん。よろしく」


 とりあえず、フロルさんがしていたようにレンの頭を撫でておいた。


「やはり、タクマは『女殺』ですわね」


「『女殺』ですねー」


 ナージャとミリアが僕をジト目で見てくる。


「あらあらー。なんですかー。その二つ名。おもしろそうですねー。フロルもドンファンされちゃうんでしょうかー」


 フロルさんが興味津々で二人の会話に割って入る。


「勘弁してください……。もっと他に楽しいことがあるでしょう」


 僕は手を合わせて、そう懇願する。


 女性4人に囲まれた、僕にとってははなはだ不利な状況の中、食事会は賑やかに進んでいくのだった。

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