第56話 穴

「お覚悟!」


 広間の奥で待ち構える僕たちを発見した少女が、向こうの通路から双剣を手に駆けてくる。


 僕たちを追跡する途中に少女はポーションで回復したのか、最初に襲撃をしてきた時の傷は回復していた。


「また罠でござるか」


 少女は床にまかれたまきびしを見つけ、壁に跳躍する。


 ――瞬間、飛び出してくる槍。


 身体をそらして余裕で回避する。


 宙に舞う人影。


「ソイル 《ソイル》 ソイル 《ソイル》」


 その身体めがけて、僕は連続で投石した。


「手緩い!」


 その全てを剣で弾き、広間の床へと少女は着地する。


 パリン。


 と、ガラスの割れる音。


「むっ!?」


 少女が違和感に顔をしかめた。


 だけどもう遅い。

 

 パリン。

 

 パリン。

 

 パリン。


 パリン。


 と、ドミノ倒しのように音は幾重にも連鎖する。


 それは針金で連結された状態異常回復のポーションだ。


 ナージャが、少女が床のどこかを踏めば発動するように仕込んだトラップ。


 でも、彼女は感知できない。


 いや、する必要がない。


 なぜなら、僕たちのトラップに殺意はなく、状態異常のポーションが割れても、少女にはかすり傷一つのダメージも与えられないからである。


 ただし、直接は・・・


「SYUGYUGYUGYU!」

「SYUGYUGYUGYU!」

「SYUGYUGYUGYU!」

「SYUGYUGYUGYU!」

「SYUGYUGYUGYU!」

「SYUGYUGYUGYU!」

「SYUGYUGYUGYU!」

「SYUGYUGYUGYU!」


 地中から飛び出す無数の敵影。


 これらのモンスターの存在を、彼女はさっきまで察知できなかった。


 なぜなら、眠っているモンスターは無意識であり、そこに害意は存在しないから。


 状態異常回復のポーションで目覚めた無数のメタルリザード。


 彼らは、冒険者を殺すというモンスターの本能に従って、一番近くにいた少女へと一斉に襲い掛かる。


「やりましたわ!」


「まだ油断はできないよ!」


「下がりましょう!」


 僕たちはモンスターの攻撃に巻き込まれないように、少女からさらに距離を取る。


「くっ! 『斬鉄』」


 少女の対応は、およそ状況から考えられる最善のものだった。


 動揺することなく双剣を振るい、斬撃が通用しないはずの敵を切り裂いて、一気に二体葬り去る。


 それでもまだ二体残った敵の内、一体の斬撃を回避。


 しかし、もう一体はさすがにかわし切れず、腕を切り裂かれる。


 それでも、深手を負うのは避けたようだ。


「メタルリザードに当てないようにだけ気を付けて!」


「分かってますわよ!」


 僕とナージャも、隙を見つけて遠距離から少女へ攻撃を開始した。


 僕は投石で。


 ナージャは太もものホルダーに仕込んでいた投げナイフを。


 彼女はそれを察知するも、避けきれない。


 だって、次のメタルリザードが少女を取り囲んでいるから。


「うぐっ」


 少女は投げナイフを口で噛んで受け止めた。


 しかし、僕の投石を両肩にまともに受ける。


 それでも僕たちは追撃の手を緩めない。


「次いきますわよ!」


 ナージャが投げナイフを構える。


「タクマさん! 石です!」


「ありがとう! ウインド 《ウインド》」


 僕はミリアから受け取った石を、加速させて少女にぶつける。


 モンスターと僕たちの数に任せた波状攻撃で、少女にポーションで回復する暇を与えない。


 それでもなお、少女は致命傷は避け続け、奮戦する。


 闘志が折れる様子は全くない。


 僕の石が手を打ち、途中で双剣の片方を取り落とす少女。


 しかし、少女はメタルリザードの片腕を斬り落とし、三本の指しか動かない手でそれを武器代わりにする。


 美しさの欠片もない消耗戦。


 出血と傷が増えるにつれ、徐々に少女の動きは鈍くなる。


 やがて、擦傷は裂傷になり、打撲は骨折となった。


 それでも、少女は驚異的な粘りで、メタルリザードを殲滅までもっていく。


 そのすさまじさに、僕は冷や汗をかく。


 少女が最後の一体を回し蹴りで仕留め切った所で、ようやく僕の投石の一撃が軸脚にクリティカルに入った。


 グキャ!


 と嫌な音がする。


「ごめん! ――ウインド 《ウインド》」


 僕はそれでもなお、追い打ちをかけた。


 投石が彼女の反対の脚をも砕く。


「お見事……」


 少女が血と共に賞賛の言葉を吐いて、床にうつ伏せに倒れる。


 すでに、両腕は完全に折れており、アバラの何本かも逝ってるはずだ。


 切り傷は打撲は数え切れず、その上に今、両脚を折ったのだから、さすがにこれで抵抗力は失っただろう。


「はあ。な、なんとか勝てましたね」


 ミリアはほっとしたような溜息をつきつつ、正視に耐えないとでもいったように少女の惨状から目をそらした。


「トドメを刺しませんの? 女性に優しいことは紳士の美徳ですけれど、それも時と場合によりますわよ」


 ナージャが目を細めて言った。


 彼女は未だ油断せず、少女に注意を払っている。


「……できる限り、得られる情報は得ておきたいから。それに、僕はこの娘、そんなに悪い人じゃないと思うんだよね。少なくとも、クロービとはタイプが違う」


 僕は一瞬考えてから、ナージャの問いに答えた。


「違うとおっしゃる根拠はありますの?」


「うーん、搦め手は使ってきても戦い方は誠実だったから、かな? 例えば、運び屋さんたちを人質にとって利用するとか、僕たちの中で一番戦闘能力の低いミリアを狙って足止めするとか。そういう卑怯な手は使ってこなかったでしょ」


 最初にモンスターの群れに隠れて接近してきたのは卑怯といえば卑怯かもしれないが、それは、僕たちが罠を張って彼女を倒したのと何も変わらない。


 上手く言えないが、弱肉強食のルールの中で全力を尽くすが、同時に人倫も捨ててない。


 生き方に、一本筋が通っている。


 そんな感じだ。


 クロービに喜んで付き従っていそうな娘には思えないので、ひとまず事情を聴いてみたい。


「一理ありますわね――ふう。わかりましたわ。とりあえず生かしましょう。でも、最低限捕縛はしませんと」


「うん。そうだね――」


 僕はまず投石で、少女の武器を遠くに弾いた。


 それから、スリープの魔法で眠らせる。


「これでいいかな?」


 そこまでしてから、ナージャに尋ねた。


「ええ。では、まず身ぐるみを剥がします」


 ナージャはそう宣言して少女に肉薄すると、容赦なく少女の服を脱がした。


 細身の引き締まった肉体が露わになる。


「そ、そこまでしなきゃだめ?」


 僕は視線の遣り場に困って、声を震わせた。


 マナー的には視線を外したいが、万が一少女が起きて抵抗する可能性もゼロでないため、それはできない。


「だめですわね。こういう輩は、色んな所に色んな物を隠し持っているものですから」


 ナージャはきっぱりとそう言って、裸に剥いた少女の身体をあちこちまさぐる。


 一応、配慮はしているのか、ナージャは僕と少女の間に身体を挟み、大事な部分は見えないようにしている。


 ありがたい。


 っていうか、実際、毒針っぽいのとか、カミソリっぽいのとか、色々出てきた。


 怖い。


「はい。もうよろしくてよ」


 身体検査を終えたナージャは、探索用のロープで少女を縛り上げてから、その身体に先ほど脱がした服をかけた。


「ふう。よかった。ミリア。彼女にヒールをかけてあげて」


「は、はい! 完全に回復させるには、何回か重ねる必要がありますけど、どうしましょう?」


「とりあえず、出血が止まるくらいで大丈夫だよ」


 放っておくと死んでしまうが、かといって治し過ぎるのも恐ろしい。


 武器はなくても、彼女は体術だけで僕たちを殺せそうだ。


「ええ。この娘を治し過ぎるのは危険ですわ」


 ナージャが僕に同意するように頷く。


「わかりました! じゃあほどほどに治しますね! ヒール!」


 ミリアの魔法で、少女の肌についた傷が癒えていく。


 さて、彼女が話の通じる相手ならいいが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る