第55話 アイデア

「ふええええ! あの人なんで襲ってくるんですか!? 前にふとっちょの貴族さんの側にいた子ですよね!?」


 ミリアが頭に疑問符を浮かべたまま、首を振り乱す。


「昨日の玉石の宴でちょっとクロービとトラブルがあって、怒らせちゃってさ。多分、クロービの命令を受けて僕たちを殺しにきたんだと思う」


「ええ!? そんな事情があるんなら、初めから言っておいてくださいよお!」


 ミリアが僕の袖にすがりついて叫ぶ。


「ごめんなさい。ワタクシのせいですわ。あの女が気配を消すのが上手くて確証はなかったですけれど、実は今朝から気配は感じてはいたんですの。でも、タクマはともかく、ミリアは動揺が表情に出やすいタイプですから、『襲撃者があるかもしれない』なんて事前に言っていたら、敵に気取られると思いましたの。上手いこと敵がワタクシたちを襲いやすいダンジョンに誘い込んでハメ殺しにするつもりでしたのに、まさか、あれほどの強者つわものとは思いませんでした」


 ナージャが後悔するように唇を噛んだ。


「いや、よくやってくれたよ。もし、ナージャがいなかったら、僕は死んでた」


 もし、今日、何も考えずに自由行動をしていたら、僕とナージャはあの少女に各個撃破されていただろう。


 結果は残念だったが、戦力を固めて少女を返り討ちするという方針は正しい。


「で、ど、どうするんですか!? あの女の子、めちゃくちゃ強いですよ!?」


「僕とナージャで協力すれば、正攻法で倒せる?」


「厳しいですわね。さきほども体験した通り、タクマの攻撃魔法は通用致しませんし、イリュージョンなどの搦め手も二度目は警戒されて決まりにくいはずですわ」


 ナージャが首を横に振る。


「物理攻撃での力押しは?」


「それも……難しいでしょう。タクマの前衛としてのスキルは初心者に毛が生えたようなものですし、素早さも足りませんわ。ワタクシと連携して攻撃しようとしても、かえってあの女につけいる隙を与えるだけです」


 ナージャはそう言って、呻吟しんぎんした。


 僕のレベルはおそらくあの少女を10くらいは上回っている。


 しかし、彼女は攻撃力と素早さに特化したステータスをしているので、平均型の僕よりも、前衛での戦闘においては強いのだ。


「うーん。困ったなあ。トラップも効かないんだよね?」


「ええ。彼女はおそらく『殺気前知』スキルを習得しておりますから。ワタクシも似たような『危険感知』系のスキルを習得してますけど、それとは少々種類が違いますわね。あれは、危険そのものを漠然と感知するのではなく、『攻撃する意思』に反応するタイプです」


 なるほど。


 だから、見えない状況でも、僕の投擲を迎撃できたのか。


 トラップも、魔法も、物理攻撃も、彼女を直接狙うと気取られる。


 と、すれば。


「……じゃあ、攻撃しなければいいんじゃない?」


 ふと一つのアイデアを思いついた僕は、ぽつりと呟いた。


「え?」


「タクマ。大丈夫ですの? ストレスのあまりおかしくなりました?」


 僕に心配そうな視線を送ってくる、ミリアとナージャ。


「大丈夫。ぐずぐずとしていると敵に追いつかれる。動きながら説明してもいいかな?」


 もう今頃とっくにあの少女は回復して、僕たちを追跡しているだろう。


 時間はあまりない。


「ふう。まあ、ワタクシには対案がありませんから仕方ありませんわね。それに、今までタクマがこうやって突拍子もない思いつきをする時は、大体、良い結果に繋がっておりますから」


「わ、私もタクマさんを信じます!」


 ナージャとミリアが頷く。


「ありがとう。じゃあ、ナージャ。まずはモンスターを探してほしい。なるべくあの少女の斬撃が通りにくいやつを」


「なら、もう二つ下の階層にいる、メタルリザードが良いですわね。分厚い金属の鱗で覆われていますから、まず斬撃は通用しませんわ。でも、あの少女がスキルを使えば、金属ごと切断しかねませんわよ」


 僕の注文に、ナージャはすらすらと答えた。


「うん。そうだとしても、なるべくあの娘が苦手な敵がいいんだ。じゃあ、階層を降りよう」


 僕たちは、できる限り迅速に二階層を下る。


 道中、僕はナージャとミリアに作戦のあらましを説明した。


 初めは驚きに目を見開いていた二人だったが、僕の話が進んでいく内、やがてそれは納得の表情に変わっていった。


 そうこうしている間に、僕たちは、二つ下――13階層に辿り着いた。


「右の角、いますわよ」


「了解」


 僕は一呼吸置いてから、角を曲がる。


 そこには、人型のトカゲカマキリとでも呼ぶべきモンスターがいた。


 背丈は2メートルくらい。


 基本形はいわゆるリザードマンみたいな容姿だが、両腕はカットラスにも似た、湾曲したブレードになっている。


 ナージャの言っていた通り、全身をびっしり細かい金属の鱗が覆っており、天然の鎖帷子みたいになっている。いや、それ以上に堅そうだ。


「SYUGYUGYUGYU!」


 低く擦れた声を挙げ、鈍色の舌をチロチロ出しながら、メタルリザードがこちらに向かってくる。


 結構速い!


 けど――


「スリープ」


 僕はまともにメタルリザードを相手にすることなく、速攻で眠らせる。


「これをたくさん集めるんですよね?」


 ミリアが確認するように問うた。


「うん。後は、あの少女に不意打ちされないような視界の開けた部屋があればいいかな」


 僕は頷いて言った。


「それは、角を右に二回、左に一回曲がった先にありますわ。後は、ワタクシがメタルリザードを釣ってくればよろしくて?」


「うん。お願い。その間に僕は穴を掘っておくよ」


 僕たちは粛々と少女を迎撃する準備を整える。


 さて、どうなることやら。

 

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