第46話 皆伝
昼食を取って小休止をとった僕は、叡智審ソフォスの神殿に向かった。
こちらの神殿はマニスのそれと見た目がほとんど変わらない。
中に入ると、インクの匂いが僕を包み込む。
なんとなく、実家のような安心感だ。
「こんにちは。信徒なのですが、信仰の蓄積を測って頂くことは可能でしょうか?」
「ようこそいらっしゃいました。むむむ――むむむ? このすさまじい気配! もしや、あなたは『女殺』タクマさんではありませんか?」
僕が話かけた神官さんが目を見開いて言う。
「僕のことをご存じなのですか?」
驚いて尋ねる。
マニスではなく、カリギュラでもこの不本意な二つ名が広まっているとは。
「はい。兄弟から、手紙で格別信仰心厚いソフォス様の使徒がいると聞き及んでおります。お会いできて光栄です!」
神官さんから握手を求められ、僕はそれに応ずる。
兄弟とは文字通りの肉親か? それとも同じ『信者』という意味での兄弟だろうか。
雰囲気的にはマニスの神官さんと似ている気もするけど、判然としない。
「恐縮です。それで、あの、信仰を……」
「ああ、そうでしたね! 私一人では力不足でしょうから、今仲間を呼んで参ります」
神官さんが他の神官さんを呼びに走る。
「ではまいります」
新たに三人を引き連れて、神官さんが戻ってきた。
「よろしくお願いします」
僕は目と閉じる。
「うおおおおお!」
「これが噂の――!」
「すさまじい!」
「これが神より愛されし者の力――!」
僕はこっぱずかしい気分で、瞳を閉じて神官さんの呟きを聞く。
『きょきょきょきょ! 魔法とは毒であり薬である!』
あ、またなんかソフォス神っぽい声が聞こえた。
「おお!」
「まさかこれは!」
「うむ間違いない。『皆伝』だ」
僕が目を開けると、神官さんたちがなにやらざわついていた。
「あの、どうかしましたか?」
「おめでとうございます! あなたの信仰がソフォス神に認められ、新たな魔法の習得が許されました!」
神官さんたちが僕に拍手を送ってくる。
周りにいた人たちもそれにつられて拍手をしてきて、ぶっちゃけかなり恥ずかしい。
「あ、ありがとうございます。で、その、新たな魔法とは?」
僕は周囲にペコペコ頭を下げながら尋ねた。
「色々ありますが、代表的な例えいえば、状態異常を与える魔法でしょうか。敵を眠らせたり、幻覚を見せたり、毒を与えたり、そういう類の魔法です」
「えっと、ソフォス神は善神なので、危険な魔法は教えないはずでは?」
「はい。もちろん、大量破壊にしか用途のない魔法は習得できません。ですが、通常の魔法よりも悪用の危険性は高いものの、使い様によっては有用に成り得る微妙な位置づけの魔法もあります。そのような魔法は、ソフォス神がお認めになった方にのみ習得が許されるのです。めったにないことなのですよ!」
神官さんが興奮気味にまくしたてた。
ともかく、戦闘に使える魔法が増えるのはありがたい。
「なるほど。では、早速習得させてもらってもいいですか?」
「もちろんです!」
初級魔法相当
『スリープ』――相手の脳を魔力的
『ポイズン』――悪性の魔力を相手に注ぎ込み、中毒状態にする魔法。(薬学的な毒と、魔法による毒は別物であるので、どちらか片方しか効かないモンスターも存在する)
『イリュージョン』――相手の視覚に干渉し、幻覚を見せる魔法。
中級魔法相当
『スリープクラウド』――睡眠誘発効果のある魔力的な霧を広範囲に散布する魔法(スリープに加え、風・水・火の基礎魔法の習得が前提となる)
とりあえず、今の信仰の蓄積が許す範囲で魔法を習得した。
なぜ複数ある中級魔法の中から、スリープクラウドを優先的に習得したかといえば、これが使用時に一番モンスターの素材の価値を損なわないと考えたからだ。
毒だと、食用系の素材採集ミッションには使えない。
幻覚は、逆にこちらが予想もしない突発的な敵の動きを誘発しそうで怖い。
「いい選択をなさいました。スリープの魔法は、不眠症の方々の需要が大きく、それだけで生計を立てていらっしゃる方もいますよ」
「そうなんですか。まだまだ知らないことが多いので、本を読んで勉強します」
僕はそう言いつつ、お布施をそれぞれの神官さんに渡す。
「かしこまりました。どうぞごゆっくり」
神官さんがそっと僕から離れていく。
まずは今日、僕が習得した魔法について調べる。
『スリープ』の魔法は先ほど神官さんも言っていた通り、不眠症の対策にも使われるらしい。
『イリュージョン』は、敵を幻惑するだけでなく、心理的トラウマを抱えた人の治療とかにも使えるそうだ。
『ポイズン』は、殺虫剤的な感覚で撒くことで、農村などで有害なモンスターや虫を除ける用途で有効だという。
『使い方によって良くも悪くもなる』という趣旨を僕は理解した。
それから、さらにカリギュラの図書館で一、二時間ほど気になる本をザッピングする。
魔法に関する蔵書の量はマニスのものと大差ないが、その他の本には違いがある。
マニスの蔵書は生活に密着した実用書が多いが、カリギュラの蔵書はもう少しアカデミックな概念論系の書物が豊富だった。
(ふう。勉強になった)
僕は満足して、一端商会に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます