第45話 観光
「はい。これが依頼の報酬の金貨60枚よ。私も結構長いことこのギルドにいるけれど、銅ハリネズミだけでこれだけ稼いだパーティーなんて、初めてだわ!」
冒険者ギルドに戻った僕たちを、ルカさんが驚きをもって出迎える。
「ありがとうございます。大量の銅ハリネズミの皮を押し付ける形になってしまって、ご迷惑ではなかったですか?」
僕は報酬を受け取りつつ尋ねる。
「いえいえ。銅はあって困るものじゃないから。むしろ、銅とか鉄とかの消費量の多い金属は、冒険者ギルドごとに収集量が割り当てられていたりするから、ありがたいくらいよ」
ルカさんは鷹揚に笑って言う。
「それならよかったです。――じゃあ、みんなで三等分ね」
僕は20枚ずつ金貨を取り分けて言った。
「え! いいんですか? ほとんどタクマさん一人で稼いだようなものなのに」
ミリアが遠慮がちに言う。
「しっ! 余計なことは言わなくいいんですのよ。タクマがいいと言ってるんですから、あなたは『嬉しいですー』とか言って適当に抱き着いておきなさい!」
ナージャがミリアの口を塞ぐ。
ばっちり聞こえてるけど、まあいいや。
功績の算定というのは難しいものだと思う。
確かに敵を殺したのは僕だ。
でも、ナージャが感知してくれないと、敵の量をコントロールできるかが怖くて、こんな大胆な作戦には臨めなかっただろう。
同様に、ミリアの存在も、ライトの魔法はもちろん、いざという時に回復してもらえるという安心感という意味では決して無駄ではない。
だから、僕としては三等分で当然だと思うのだ。
「うー、わかりました。ありがとうございます。タクマさん。これだけあれば末の妹の誕生日に、かなりいいプレゼントを買ってあげられそうです」
ミリアは申し訳なさそうに報酬を受け取ると、僕の脚にぎゅっと抱き着いて礼を述べる。
「ミリアは家族想いで偉いね」
僕はミリアの頭を撫でながら言う。
僕ももし、地球にいた時にこれくらいのお金があったら、母に色々としてあげられたこともあっただろうな、なんて、ちょっとセンチメンタルな気分になった。
「さあ、早く帰って汗を流しますわよ」
ナージャがさっと髪をかき上げて行った。
僕たちは、冒険者ギルドを後にする。
その夜は、達成感のおかげか、ぐっすりと眠ることができた。
*
翌日。
観光のための資金を得た僕たちは、一日自由行動をすることとなった。
(さて、どこにいこうかな?)
自分でいうのもなんだが、僕にはあまり物欲がない。
もっとも、貴族も通うような高級店の食事はめちゃくちゃおいしいらしいが、値段も相応らしい。
となると、やはりカリギュラの主産業である、金属製品を見て回るのが無難か。
(とりあえず、テルマさんへのお土産を買うか)
宝飾品とかは彼女が遠慮するだろうから、普段使いするような食器の類がいいだろう。
そう当たりをつけ、僕は朝食の時にシャーレに話しかけ、いくつかふさわしい店を教えてもらった。
街に出る。
秋晴れの空。
心地よい微風が吹いて、散歩には絶好の日和だ。
しばらく街をブラブラしてみる。
常に兵士が巡回しており、かつ貧民層を徹底的に排除しているからか、治安はよさそうだ。
徒党を組んでスリをはたらこうとする子供たちもいないし、路地影で昼間から酒を煽る浮浪者もいない。
お店も客引きが積極的に声をかけてくるような感じはなく、上品なものだ。
(おっ。ここだ)
教えて貰った店名を見つけ、僕は足を踏み入れた。
店内には美しい意匠の刻まれた金食器や銀食器が整然と並んでいる。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。何か私めにお手伝いできることはございますか?」
燕尾服を着たダンディな店員さんが、つかず離れずの距離で声をかけてくる。
「ルームメイトの女性に日常使いできる食器を贈りたいと考えているのですが」
「失礼ですが、その女性の特徴や嗜好を伺ってもよろしいですか?」
「僕よりちょっと年上で、派手めなものは好みません。好きな物は、花とか音楽だと思います」
「なるほど……でしたら、こちらの銀杯などはいかがでしょう」
店員さんが棚の一つからペアの銀のコップを持ってきた。
「あの、一つでいいんですけど」
そのコップ自体の意匠自体に文句はない。
片方の杯には花冠を編むエルフの少女が掘られており、もう片方には花畑で寝転んで妖精と戯れているユニコーンが彫られている。
その技術は大変すばらしいのだが、要はこれって夫婦茶碗的な代物じゃないのか?
だとすれば、これをテルマさんに送ると余計な誤解を招きかねない。
「もちろん単体でもお売りできないことはないのですが、これは元々使用されるお客様二人がいつまでもユニコーンと乙女のごとく仲良く寄り添って暮らしていけるよう願って作られた銀杯でして。片方のみでは成立致しません。製作者の想いを汲んで頂けると私としては大変ありがたいのですが……」
店員さんが、控えめに、だけどプロとしての矜持をにじませた声で告げる。
マニスは基本的に『金さえ払えばなんでもOK!』なスタンスの店が多いのだが、カリギュラの店は違うらしい。
自都市の文化に誇りを持っている感じとでも言おうか。
「そういうことでしたら、二つセットで買わせてもらいます」
文化を大切にするのは素晴らしいことだと思うし、カリギュラの物価は基本的には高いのだが、金属製品に関してはマニスより安い。
買って損にはならないだろう。
ペアっぽいのは――まあ、最悪僕がこっそり片方だけ処分してしまえば分からない。職人さんには申し訳ないけれど。
ちなみに、事前にシャーレに忠告されたのだが、カリギュラには値切りの文化がないらしい。
その代わりまともな店はぼったくり値もつけないので、そういうのをさらに値切ろうとすると『都会を知らない野蛮人』だと判断されるのだそうだ。
「ありがとうございます。では、ただいまお包み致します」
マニスでは梱包サービスなどないのだが、カリギュラはそこら辺もきちんとしていた。
店の名前の記された布で丁寧にくるんだ上に、綿の手提げ袋までセットでついてきた。
これで金貨一枚以内で収まるのなら、安い方だろう。
その後は、カリギュラで有名な歴史的建造物を一通りチェックする。
興味深くはあるが、肝心の王城は見られないので物足りなさは否めない。
結局、午前中ですぐにやることがなくなってしまう。
(さて。次は神殿でも巡ってみるかな)
僕は自分が信仰している神様の神殿を一通りお参りすることにした。
まずは闘神オルデンの神殿に向かう。
マニスのそれはコロシアム状だったが、カリギュラのは金網で区切られた四角い空間だった。
大きな正方形の中に、中くらいの正方形が4つあり、さらにその一つ一つが4分割されている。
規模はマニスの三倍以上あり、この国でかなり重視されていることが分かる。
「「「いち! に! いち! に!」」」
素振りをする兵士たちの規則正しい掛け声が響く。
「何用か?」
マニスのヒャッハー感溢れる神官さんと違い、こっちの神官さんは渋くてクールだった。
「信徒なのですが、訓練をつけて頂けませんでしょうか」
僕は規定のお布施を示してそう願い出る。
「ついてこい」
僕は他の訓練志望者と、その場で即席のグループを作らされた。
マニスの神官さんは実践重視で『とりあえず一人でモンスターとそこそこ戦えるようにする』ことを主眼とした訓練をつけてくれたが、カリギュラでは反復的な型の練習と、集団での連携に重きを置いた動きを重視していた。
こちらより敵の人数が多い場合、少ない場合。奇襲や、遭遇戦への対応。
様々なケースに合わせ、理論的な講習が組まれている。
しかも、座学の時間まであった。
カリギュラの闘神オルデンの神殿は、国家的な軍学校の前段階的な位置づけなのかもしれない。
ここらへんはお国柄か。
「ありがとうございました」
「励まれよ」
規定のプログラムを終え、心地よく汗を流した僕は、満足感と共に神殿を出た。
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