第47話 参加資格
商会に戻った僕は、銀杯を置いて、リュートを持ち出し、最後の神殿――楽神ミューレの神殿へと向かう。
――が、それは存在しなかった。
正確に言うと、楽神ミューレだけでなく、詩神ロゴスや、画神ピクネーなど、創作系の様々な神様の神殿が一緒になって、芸術の殿堂みたくなっているので、楽神ミューレだけの神殿というものが存在しなかった。
大学のキャンパスほどの敷地の中に、いくつもの施設が複合的に配置されている。
どれも個性的な建物ながら、それでいてそれぞれが調和が取れていて、僕は感動した。
下手な観光地よりも、こっちの方が見ごたえがある。
中庭では、彫刻を掘る男を模写する絵描きの横で、バイオリン弾きが呑気な曲を奏でている。
なんかものすごくハイソで文化的な香りに溢れていた。
(そういえば、ナージャも、カリギュラは芸術がすごいと言っていたっけ)
しばらくその辺を楽しく散策していた僕だったが、一応、楽神ミューレの神官さんに信仰を確かめてもらうという目的がある。
特に案内員の人はいなかったが、何となく演奏者が集まってるスペースがあったのでそちらに向かって歩いていく。
中庭の隅で、演奏者たちは車座になって向かい合っていた。
その内の一人が奏でるフルートの音色に、皆が聞き入っている。
「こんにちは」
僕はその演奏が終わるのを待って、集団に話しかけた。
「こんにちは。あなたも音楽を愛する
先ほどまでフルートを奏でていた細面の男性が、僕が手にしたリュートを一瞥して尋ねてくる。
「ええ。楽神ミューレ様を信仰しております」
「それは素晴らしい。今、私たちでそれぞれの調べを鑑賞し合っているところなのですが、よろしければあなたも参加されていきませんか?」
「いいんですか? ならせっかくなので」
異世界の曲を聴ける機会なんて早々ない。
僕はペコリと頭を下げて、車座の一員になる。
横笛、リュート、ハープetc.並みいる楽器が勢ぞろい。
中にはアカペラの人もいる。
曲自体は、民族音楽の延長線上という感じで、新鮮味は感じない。
でも、生の迫力はやっぱり違った。
なによりみんなの技術がすごい。
風の魔法で音の揺らぎを調整して、音の強弱もビブラートも自由自在。
地球のプロの演奏家でもこうはいかないだろう。
(そうか。演奏には魔法も使えるんだな)
勉強になる。
「ご清聴ありがとうございました」
僕の隣のエルフの男性が、リュートの演奏を終えて優雅に一礼する。
「では、次はあなたの番です」
こうして僕にお
「はい」
頷いて立ち上がりながらも、僕は困る。
(どうしようかな……)
はっきり言って、演奏の技術では彼らに全く敵わない。
今から僕が風の魔法で彼らの演奏技術を猿真似したところで、純粋な劣化バージョンにしかならないだろう。別に負けること自体は構わないのだが、こういう演奏会はお互いの良い所を学び合うためにやるものなので、何の新鮮味もないただ下手な演奏をするのは申し訳ない。
なら、アプローチの方向を変えるか。
僕が現状彼らに勝っている能力といえば、魔法の力だろう。
それを全面的に活かす構成を考える。
「ええじゃないか Aじゃいやや サマータイム」
軽妙でお気楽なノリで曲を始める。
曲は、日本のコミックバンドのネタ曲。
多少の演奏ミスは許容範囲。
僕が勝負をかけるのは演出方面だ。
演奏の技術では敵わなくても、映画やミュージックビデオの効果技術には地球のエンターテイメント業界の方が一日の長がある。
動画サイトとかで見た、印象に残った演出を魔法で再現する。
水芸とか、爆発とか、ちょっとピンクな隠喩とか、諸々を詰め込んだ曲芸。
吟遊詩人というよりは、大道芸寄りのショーかもしれない。
「――以上です。ネタ演奏ですみません」
僕はペコリと頭を下げて腰を下ろす。
「素晴らしい!」
「このような斬新な演奏方法は見たことがありません!」
「広場でやればたちまち聴衆の人気を得られるでしょう!」
皆が称賛を送ってくれる。
「ありがとうございます」
お世辞なんだろうが、まあおもしろがってくれたみたいで良かった。
その後、ぐるりと演奏が一巡する。
どうやら、全員が演奏を終えたようだ。
「では、各々、本日一番刺激を受けたプレイヤーを選び、指さしましょう」
最初にフルートを演奏していた細面の男性がそう皆に呼びかける。
1、2、3で、一斉に指を差す。
僕は、たくさんの演奏者の中から、アカペラで腹話術のごとく一人輪唱をしていた人を指さした。
だけど、なんと他の演奏者の八割くらいは僕を指さしたのだった。
「おめでとうございます。タクマさん。あなたが優勝です」
フルートの男性が僕の名のともに祝辞を述べた。
皆が、僕に穏やかな拍手を送ってくれる。
「僕のことをご存じでしたか?」
僕は目を見開いた。
ソフォスの神殿に続き、ここでもだ。
マニスならともかく、カリギュラではまだ名前を知られるほどのことは何もやらかしていないはずなのだが。
「分かりませんでしたが、先ほどの演奏を拝聴して思い当たりました。マニスに彗星のように現れたという天才音楽家の存在を。ああ。申し遅れました。私はこのカリギュラでミューレ様の神官をやっている者です」
フルートの男性――神官さんはそう言って優雅に一礼した。
どうやら僕の存在は、マニスの神殿によって情報共有で知られていたらしい。
「どうも。でも、あの、曲も演出も僕のオリジナルじゃなくてですね」
「そうでしょうそうでしょう。我々は全て過去の誰かが紡いだ音を受け継いでいますから」
僕の言葉を謙遜と受け取ったのか、神官さんに軽く受け流される。
「本当に僕のオリジナルじゃないんです。でも、評価して頂いてありがとうございます」
僕はそう言って皆にお辞儀した。
「では、優勝者のタクマさんから順に、三位の方まで、こちらを差し上げます」
神官さんはそう言って、懐からパスケースくらいの大きさの薄い鈍色をした金属のカードを三枚取り出した。
タイトルは『玉石の宴へのお誘い』?
「これは?」
「明日の夜、貴族街で催されるパーティの参加チケットです。日頃、楽神ミューレ様の信心厚いさる高貴な御方の要請で、我々の中からパーティに華を添える人員を派遣することになっておりまして、今日の演奏会はその選考を兼ねていたのです」
神官さんがスラスラと僕の疑問に答える。
『信心厚い』と婉曲的な表現をしているが、要は
「そうなんですか。でも、いいんですか。自分で言うのもなんですが、僕はこの中で一番演奏が下手でしたよ。そういった社交場のマナーにも詳しくないですし、僕がパーティに参加したら、選んでくださった皆さんの顔を潰してしまうかもしれません」
僕は率直に懸念を伝えた。
「格式ばった晩餐会の場では、確かに今のあなたの曲はふさわしくないでしょう。しかし、今回は、庶民の参加も許されているような、お若い男女が出会いを求められる無礼講に近いパーティです。そういう会場では、演奏の技術より、いかに場を盛り上げられるかが求められます。その点において、あなた以上にふさわしい人はいません」
神官さんが穏やかに言った。
要は集団合コンみたいな認識でいいのだろうか?
貴族文化に疎い僕にはそこら辺の機微が分からない。
でも、せっかくの機会だし、貴族街に行けるなら行ってみたい。
もしかしたら、王城も近くで見られるかもしれない。
「そうおっしゃって頂けるのなら、ありがたく頂戴します」
僕は鈍色のカードを受け取って、財布代わりの革袋の中にしまう。
「では、今日はこの辺りでお開きにしましょう。ミューレ様への信仰を確かめたい方々は残ってください」
神官さんの呼びかけで、集まった人々が三々五々解散していく。
何人かは残って、スキルを貰うみたいだ。
小じゃれた教会のような施設に移動して、順番を待つ。
やがて僕の番がやってきた。
新たに習得したのは
『
祝曲
』
である。
特にこれを選んだ理由はない。
強いていえば、現状の僕のパーティだと、ナージャとの相乗効果が期待できるスキルだから、といった程度だ。
「ありがとうございました」
「こちらこそ素晴らしい曲を聞かせて頂きありがとうございました」
神官さんと挨拶を交わして別れる。
日は段々と傾きつつあり、昼から夕方といっていい時間帯に移っていた。
そろそろ食事の時間だし、商会に戻るとしよう。
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