第41話 予定

 僕たちにあてがわれたのは、八畳ほどの部屋だった。


 二段ベッドが二つあるところを見ると、本来は4人部屋なのだろう。


「ふうー。ご飯、おいしかったね」


 お腹も満たされ、風呂にも入ってすっきりした僕は、満足して二段ベッドの上の段に寝転がる。


 食事はバイキング形式で、量と質を両立した素晴らしい出来だった。


「はい! おいしすぎてつい食べ過ぎちゃいました!」


 僕の下の段で、ミリアが彼女自身の腹をさする。


 僕はあまり食が太くないが、ミリアは前衛職のマッチョな男冒険者に劣らないほど食べまくっていた。


「ドカ食いすると太りますわよ」


 ナージャは何かよく分からないクリームで肌のケアをしながら呟く。


 彼女は一人で二段ベッドを占拠していた。


 上段に陣取り、下段には種々の洋服が展開されている。


「それで。みんな。明日からはどうする?」


「私はざっと王都を観光して、手ごろなお土産があれば故郷の家族に送るつもりです」


「僕もとりあえず観光かな」


 僕はミリアと顔を見合わせて頷き合う。


「何をおっしゃっているんですの!? その前にダンジョンに潜って稼ぎますわよ! 先立つものがないと遊べないでしょう!?」


 ナージャが『信じられない』といった様子で肩をすくめる。


「僕はそれなりに貯金もしてるから、無駄遣いしなければ滞在中ダンジョンに潜らなくても平気だけど」


「私も、食事も宿も提供してもらえるので多少は余裕があります」


「お二人とも自分のことばかり、ワタクシ、悲しいですわ! 困った時は助け合うのが仲間というものではありませんの!?」


 ナージャがわざとらしく嘘泣きして訴えてくる。


 彼女の日頃の行動を棚に上げた発言だ。


 でも、さっさと僕たちのパーティーを抜けて他のパーティーに加わると言い出さないだけ、ナージャは彼女なりに誠意を見せてくれているんだろう。


「まあ、テルマさんにこちらの冒険者ギルドに取り次いでもらった手前、今後の関係も考えると、お義理でもいくつか依頼はこなしておいた方がいいかもしれませんね。ミリアもそれでいいかな?」


「はい。もちろん。お金はあるに越したことはないので」


 僕の問いにミリアが頷く。


「それでこそタクマですわ!」


 ナージャが嬉しそうに手を叩く。


「でも、初めてのダンジョンですし、絶対無理はしませんから。階層的に、かなりの安全マージンはとって臨みます」


 僕はそう釘を刺した。


「仕方ないですわね。まあ、カリギュラのダンジョンはマニスのダンジョンよりも稼ぎやすいから大丈夫でしょう」


「確か、換金性の高い金属系のモンスターが多いんでしたっけ」


 僕は事前にテルマさんから教えてもらった情報を思い出して言う。


 そもそも王都カリギュラは、ダンジョンから取れる豊富な金属資源を利用して発展したらしい。


 ダンジョンから取れる金属を目当てに、鍛冶屋や細工師が集まり、金属工業生産が盛んになる。


 すると、生産者の間で競争が発生し、技術が洗練されていく。


 当然それらはカリギュラの軍事的、経済的繁栄に直結しているに違いない。


 まさに、『鉄は国家なり』というやつだろうか。 


「ええ。物理攻撃をしてくる前衛系のモンスターが中心で、その多くが金属質の肉体で武装してますわ。カリギュラのダンジョンは、マニスに比べて一階層あたりの面積は狭いですけど、トラップはずっと多いダンジョンです。その分、宝物を発見する確率も高いですけれど。いわば、ハイリスクハイリターンでワタクシ好みのダンジョンですわ」


 ナージャがスラスラと答える。


 さすが経験豊富なだけあって、色々と詳しい。


「ううー。ちょっと怖くなってきました」


「前衛系のモンスターが多いとなると、戦士がいない僕たちのパーティーは無茶はできないね」


 どのみち金属系のドロップだと重くて大量にはもてないから、最初の方の階層を何度も往復するのが確実か。


「どうせ初期階層しか潜らないのでしょう? なら、ワタクシの警告を聞き逃さなければまず大丈夫ですわよ」


 ナージャが余裕の表情で言う。


 うん。


 そうだな。


 慢心はよくないけど、恐れすぎるのもよくない。


「とりあえず、明日、カリギュラの冒険者ギルドに顔を出して、どんな依頼があるのかチェックしようか」


 そういうことになった。



                            *



 翌日、商館で朝食を終えた後、ミルト商会の人にダンジョンに潜ると報告した後、僕たちは冒険者ギルドに向かった。


 規模的にはマニスのものと大差ない。


 強いていえば、建物がメタリックなのが特徴だろうか。


「おはようございます。ルカさんという方はいらっしゃいますか?」


 僕は受け付けの人にギルドカードを見せて、テルマさんから聞いていた臨時の担当官の名前を告げた。


「お待たせしたわね。私がルカよ。あなたがタクマくんね?」


 受付の奥から出てきたのは、褐色の肌をした長身の女性だった。


 耳が長いところをみると、エルフだろうか。


 愛嬌があってとっつきやすい雰囲気だ。


「はい。タクマ=サトウです。よろしくお願いします」


 僕は頷いて一礼した。


「テルマから話は聞いているわ。テルマを悪漢から救ったり、大活躍しているそうじゃない」


「いえ。全部やむにやまれぬと言った感じで……。あっ、ご存じだとは思いますが、僕の仲間です」


 ほめられるのがむずがゆい僕は適当に誤魔化して、ミリアとナージャを紹介する。


「ミリアです! よろしくお願いします」


 ミリアがペコリと頭を下げた。


「ルカさん。お久しぶりですわね」


 ナージャはルカさんと顔見知りらしく、軽く手を挙げて言う。


「二人ともよろしくね。じゃあ、ナージャちゃんは知っているとは思うけど、タクマくんとミリアちゃんのために、一応、カリギュラのダンジョンについての注意事項を説明するわね」


「はい」


「まず、一つ目。カリギュラでは、ダンジョンから得た利益の20%が国からの税金として差し引かれるの。現物納と金銭での納付があるんだけど、金銭納の方をお勧めするわ。現物納だと『20%』の解釈がめんどくさいことになるから。ま、細かいことは私がやるから気にしないでいいんだけど、後で『何で報酬が額面より少ないんだ!』ってならないようにね」


「わかりました」


 シャーレも王都では色々金がかかるとは言っていたが、つまりはこういうことだろう。


「次に二つ目。カリギュラのダンジョンには、通行の優先権があるの。まず貴族、次に王都の兵士、最後が冒険者。もし、道でかち合った場合は、必ず道を彼らに譲ること。兵士ならまだしも、貴族に無礼を働いた場合、最悪死刑もありえるから」


「はい! 普通の冒険者と、それ以外は見分けがつくんでしょうか?」


 ミリアがビシっと手を挙げて質問した。


「装備に王国の印章が刻まれているから分かるわよ」


「貴族の人もダンジョンに潜るんですか?」


 今度は僕が問う。


 少し意外な気がした。


 特権的な立場にある人間が、わざわざその身を危険に晒すなんて。


「武門の家柄の貴族は、訓練のために日常的に潜るわね。後は滅多にないんだけれど、箔をつける目的や、爵位を継ぐための通過儀礼として、ダンジョンに潜ることがあるの。まあその場合、実際戦うのは、ほとんどお供の人だけど」


「よくわかりました。気を付けます」


「じゃあ、最後ね。これはルールという訳じゃないんだけれど、カリギュラのダンジョンに潜る時の武器は、剣よりは、斧とかの打撃系の方がいいわね。斬撃が通用しないモンスターが多いから」


 ルカさんが僕の挿しているロングソードをちらっと見て言う。


「えっと、武器は貸して頂いたりはできるのでしょうか」


 闘神オルデンの神官さんに、一通りの近接武器を使いこなせるよう訓練は受けているので、斧を装備しても技術的には問題ないだろうが、現物がなければどうしようもない。


「ええ。私の保管している装備の中から貸すわ」


 僕の問いに、ルカさんが快く頷く。


「ちなみに料金は?」


「テルマとパートナーシップ契約を結んでるから、特別な料金はかからないわよ。逆に言うと、私の担当している冒険者がマニスのダンジョンに潜る時も、同じ条件で提供してもらってるわ」


「助かります」


「では、保管庫に行きましょうか。その間、二人はこの依頼リストでも見ていて」


 ルカさんがナージャとミリアに羊皮紙の束を手渡す。


 僕はルカさんと一緒に保管庫に行き、ロングソードを預ける。


 いくつかある斧の中から、僕はハンドアックス(片手斧)を貸してもらう。


 一本の金属塊を削りだして作った中々の品で、つなぎ目がない。左側は斧になっており、右側は尖った槌のような形で、敵にそのまま叩きつけることができる武器だ。


「何かいい依頼はあった?」


 武器を換えて、ルカさんと一緒に受付けへと戻ってきた僕は、ミリアとナージャに問いかける。


「あっ。タクマさん。ナージャさんとも話し合ったんですけど、この『銅ハリネズミの収集』がいいんじゃないかって話になりました」


「まあ無難なところだとこれでしょう。5階層くらいに出る雑魚ですけれど」


 ナージャが物足りなさそうに言う。


「いい選択ね。銅なら安定した金額の報酬を支払えるから、観光用のお小遣いを稼ぐにはちょうどいいんじゃないかしら」


 ルカさんがそう言ってほほ笑む。


 僕たちの腹積もりは見透かされていたらしい。


「すみません。なんだか冷やかしみたいで」


「いえ。お上りさんに無茶されて死なれるより、ずっといいわ。テルマから聞いていた通り、力に溺れずちゃんとしている人で、私、むしろ安心したわよ」


 頭を下げる僕に、ルカさんは首を横に振る。


 こうして僕たちは『銅ハリネズミの収集』の依頼を受け、カリギュラのダンジョンへと足を向けたのだった。

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