第42話 硬質の迷宮

 カリギュラのダンジョンは街の南東にあった。


 貴族の住まう王城周辺から一番遠い位置である。


 天蓋つきのドームで封鎖されており、警備の兵士がいるところはマニスのダンジョン同じだったが、内部で商人が威勢のいい啖呵を切っているようなことはなく、厳粛な沈黙で満たされている。


 行く冒険者も、帰る冒険者も淡々として、金属のような刺々しく硬質な雰囲気をまとっていた。


 ダンジョンを敵地だとするならば、ある意味でこれがダンジョンに臨む正しい在り方なのかもしれない。


「じゃあ、行こうか」


 ダンジョンへと続く大穴を前にして、僕は仲間たちにそう呼びかけた。


「は、はい! ――ライト!」


 ミリアが緊張の面持ちで頷き、魔法を唱える。


 光球が先んじてダンジョンの穴へと潜った。


「まずワタクシが先に降りますわよ」


 斥候の役割も果たすナージャが、スルスルと素早くロープを伝って降りていく。


 日頃は奔放な言動が多い彼女だが、仕事に関しては油断なく、その動作に隙はない。


「――問題ありませんわ!」


「わかった! 今いくよ!」


 安全確認を終えたナージャの呼びかけを受けて、僕は降りていく。


「い、いきます!」


 その後にミリアも続いた。


「よっ、と」


 ダンジョンに降り立つ。


 マニスのダンジョンと大きな違いは感じないが、床が硬く、若干金かな臭い。


「この匂い、ドワーフの鉱山っぽくてちょっと落ち着きますー」


 ミリアが余裕のある口調で言う。


 随分成長したものだ。


「では、ちゃっちゃと銅ハリネズミのいる階層まで降りますわよ」


 ナージャが勝手知ったる庭といった手慣れた様子で僕たちを導く。


 一度も敵と遭遇することなく、一気に5階層まで踏破した。


 改めて探索者のありがたみを実感する。


「いくつかの銅ハリネズミらしき気配を察知致しましたわ」


「まずは複数体ではなく、一匹で練習させて欲しい」


 僕は万全を期して身体強化を施しつつ、そう要求する。


「では、右、右、左の順に通路を曲がった先におりますわ」


 ナージャはそう言って僕たちをぐんぐん先導していく。


「わかった。ミリアは一応、ナージャにプロテクトをかけておいて」


「はい!」


 現状ダメージを追うリスクが一番高いのは先行して周囲をサーチしている探索者だ。


「――20メートル先、きますわよ」


「了解」


 僕はハンドアックスを構える。


 ゴロゴロゴロ、と、勢いよくローリングしてくる一つの影。


 僕の方に突進してくる銅ハリネズミが、ついにその姿を現した。


 普通に見切れるし、物理攻撃だけで余裕で迎撃できる威力のようだが、初めは慎重にいく。


「ソイル」


 僕が即席でこしらえた土の壁に銅ハリネズミは激突し、ぶっ刺さる。


 動けなくなったそれに、僕は容赦なくハンドアックスの槌の部分を叩きつけた。


 その一撃は安々と赤銅色の針を砕き、中身の青い血をぶちまけてあっさりと銅ハリネズミを絶命させる。


 丸まりモードから通常モードになって身体を広げる銅ハリネズミ。


 意外にかわいくつぶらな瞳をしたそれに少し罪悪感を覚えながらも、銅部分の皮を分離する形で解体していく。


「ね? なんてことはない雑魚でしょう? 納得して頂けたならどんどん狩っていきますわよ」


「お手柔らかにね」


 ナージャが発見した銅針ネズミを、僕は淡々と狩る。


 一体ならそのまま叩き潰す。


 二体以上ならさっきのように土壁で足止めしてから倒す。


「……これで、20体目ですの。正直こうも作業が単調だと退屈ですわね」


 ナージャは銅ハリネズミを解体する僕を後目しりめに、欠伸をする。


「うーん。そういえば、ナージャさん。この階層って、飛行タイプのモンスターはいましたっけ?」


「おりませんわね。この階層に出てくるモンスターは、一番多いのが銅ハリネズミ、その次が屑鉄顎アリで、後は硬皮ガエルがたまに出てくる程度ですもの。ですが、それがどうか致しましたの?」


 ナージャはそう言って怪訝そうに首を傾げた。


「……実は、僕、もっと効率的な狩りの方法を思いついちゃったんですけど。試してみますか? 一回、商会に戻る必要がありますが」


「あら、おもしろいことおっしゃいますわね。そろそろ一度地上に戻ってもいい頃合いではなくて? 昼食をとりがてら、詳しく話を聞かせてくださる?」


「そうですね。ミリアも、それでいい?」


「はい! 私もお腹空きました!」


 こうして、僕たちは一度、銅ハリネズミ狩りを切り上げ、地上へと帰還した。



                         *


 僕たちは採集した銅ハリネズミの皮をルカさんに預け、外で食事をとってから(商会は朝夕の一日二食が基本なので、昼食は出ない)、商会に帰還した。


 一時間ほどの小休止をとってから、再び冒険者ギルドに足を向ける。


「では再び銅ハリネズミを狩りに行きたいと思います」


「あ、あの、タクマくん? 銅ハリネズミを狩るのはいいんだけど、そのバックパックから顔を出しているいるのは何かな?」


 ルカさんは顔を引きつらせて、僕のバックパックから頭をのぞかせる『ソレ』を指さす。


「あ、リュートです。ダンジョンで使おうかと思いまして。あと、もしよければ運搬用の人手を手配して頂きたいのですが」


「どういうことかしら?」


「はい。それはですね――」


 作戦の概要を説明する僕。


 それを聞き終えたルカさんは、大きく目を見開いた。

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