第40話 王都カリギュラ

 マニスを出発してから18日目の夕刻。


 僕たちは、王都カリギュラの城壁の手前へとたどり着いた。


 途中、何度かワイルドハウンドの襲撃には遭ったのだが、ダンジョンに出てくる個体と比べるとかなり弱く、僕たちを含む冒険者の集団に難なく倒された。


 それ以外は、商会側が懸念していたであろう、盗賊などの襲撃はなく、順調な旅だと言ってよいだろう。


 とはいっても、本来、前にシャーレから聞いた距離感では、マニスから王都カリギュラまで三週間はかかるはずだ。しかし、商人の中には風の魔法を操るのを得意とする人がおり、常に追い風状態を維持することで移動速度を上げることにより、早く到着することができたらしい。


 王都、と聞くと華やかなイメージがあったのだが、少なくとも目の前の光景はそれにはほど遠かった。


 城壁に沿って、延々と広がるスラム。


 バラック小屋――はまだ人間らしい方で、テントとも言えない、竪穴式住居のできそこないみたいなのが大半。何の雨風をしのぐものもなく、野ざらしになっている人間もざらにいた。


 マニスにももちろん貧富の差はあったし、スラム街も存在したが、それらを街全体が混然一体に受け入れている感があった。

 

 しかし、カリギュラはもっと露骨に内と外――光と影が区別されている。


 王都、というからには身分制度があるのだろうし、社会体制の違いだろうか。


「言うまでもないですけど、接近する人影がありますわ。数は、200人そこらですわね。全員レベル10にも満たない方々ですけれど」


 ナージャのけだるげな報告が入る。


「タクマ。そろそろ、スラムの奴らがタカりにくるから、派手な魔法を使って威嚇しろ。それでも寄ってくる奴は容赦なく攻撃していい。最悪殺しても罪には問われない。ぬるいお前のことだから、かわいそうだとか考えているだろうが、間違えても銅貨一枚でもやるんじゃねえぞ。収拾がつかなくなるからな」


 予言じみたシャーレの忠告から間もなく、左右から黒山の人だかりがワッと湧き出した。


「エクスプロージョン! 《エクスプロージョン》」


 同時詠唱で、進路の左右に轟音の爆発を炸裂させた。


 魔法の威力を調整し、殺傷につながる石の構成比率を極力下げ、一方で風と火の割合を増やして爆発の音を大きくする。


 威嚇効果を上げるためだ。


 実力の差を理解したのか、こちらに近寄ってこようとしていた者たちはぴたりと動きを止め、恨みがましい視線をじっとこちらに送ってくる。


 他の冒険者も、剣を抜き、弓を構え、容赦なく周囲を威嚇していた。


(これもまた理不尽か)


 あの時、シャーレに出会ってなかったら、もしくはマニスではなくカリギュラに向かう道を選択していたら、僕も彼らのようになっていたかもしれない。


 心苦しくはあるし、同情もするが、今は仕事だ。


 僕は僕の義務を果たす。


 結局、スラムの人たちの接近を許すことはなく、深い堀にかけられた跳ね橋を渡り、僕たちは城門へとたどり着いた。


 王都をぐるりと囲む城壁は、10メートル近い高さがあり、来るものを拒むような武骨な玄武岩色をしている。


 ここまでくると、王都の兵士が待ち構えていて厳重に警備をしているので安心だ。


 もっとも、安心できているのは僕たちだけで、警備の兵士たちにとっては僕たちも信用ならない人間の一部に過ぎない。


 僕たちに先行する荷車を一台一台入念にチェックしている。


 やがて、僕たちの番が回ってきた。


「許可証を見せろ!」


 槍を手にした兵士が僕たちの所にやってくる。


「これだ」


「問題ないな! 禁制の品がないか荷物をあらためるぞ!」


 シャーレが懐から取り出した許可証を確認した兵士が、荷台に踏み込んでくる。


 僕たちは荷車から降りて、その様子を見張る。


「よしっ! 先の料金所で、規定の城門税を払った後、入都を認める!」


 兵士は事務的な口調で告げた。


 城門の中にある料金所で、シャーレが現金を支払う。


 こうしてようやく、僕たちは王都に足を踏み入れることを許された。


 僕たちは再び荷車に乗って、ミルト商会の支部を目指す。


「王都の華やかさは大好きですけれど、あの横柄な兵士の方々は何度お会いしても気に食いませんわ」


 ナージャもそんなに人のことは言えないとは思うが、僕は空気を読んで黙っていた。


「まあでも、マシな方だよ。こいつらは職務に忠実なだけで、賄賂を要求してきたり、荷をパクったりはしないからな」


 シャーレは慣れっこなのか、呑気に欠伸して答えた。


 ――と、言いつつも、先頭の商会の人は果物みたいなものを渡して兵士のご機嫌をとっていたが、その程度は賄賂の内には入らないということだろう。


「つきましたか? つきましたか?」


 荷物の一部のようになっていたミリアが、御者台に座っている僕の肩に掴まってひょこっと顔を出す。


「うん。ついたよ」


「はえー! なんかすごい街ですね。ゴミも少ないし、マニスと違って、きっちりしてるっていうか」


「そうだね。計画的に整備されたっていう感じだ」


 異世界の都市なので適切な例えは思い浮かばないが、マニスをヴェネチアとするなら、カリギュラはニューヨークといった感じで、合理主義的な整然さを感じる。


 どちらが良いかといえば、僕としては人間味のあるマニスの方が好きかもしれない。


「ああ。だから、道も覚えやすいぞ。ちゃんと通りの全部に番号が振ってあって、物を届けるのにも便利だ」


「あのすごく大きくて立派な建物がお城ですよね?」


 ミリアが町の北側にそびえる巨大建造物を指さす。


 高さは目算で100メートルを越えている。


 横幅は推定すらできない。


 というのも、どこからどこまでが城なのか判断できないからだ。


 所々途切れながらも、城とそれに付随する細々とした建物が、一定の区画を丸ごと呑み込んでいる。


 遠めにも分かるその威容は、他の建物とは明らかに一線を画していた。


 というか、多分、王城より高い建物は造っちゃいけないんだろうな。


「せっかくだから見学させてもらえないかなあ」


 僕たちを支配するかのように見下ろす城を、漫然と見つめる。


「王城周辺は貴族の居留地になっておりますから、当然平民は立ち入り禁止に決まってるでしょう。許可なく侵入したら殺されますわよ」


 ナージャが呆れた声で呟く。


「ですよねー」


 残念だ。


 異世界人の僕なんかは、見物料でもとって開放してくれればいいのに、なんてつい思ってしまうけど、それよりも権力の誇示とか、防衛上の問題が優先されるのは当然である。


 三十分ほどで荷車に揺られた後、ホーシィーがゆっくりと停止する。


「さ、ついたぞ。大した敵とも遭遇しなかったんだから、せめて荷下ろしくらい手伝えよな」


 シャーレが凝った肩をならすように、腕をぐるりと回して呟く。


 ミルト商会のカリギュラ支部の建物は、5階建てだった。


 マニスのそれよりも大きいのだが、あまりすごいという印象は受けない。


 周りに似たような建物がいくつかあるからだ。


 マニスでは指折りのミルト商会も、このカリギュラでは中堅のちょい上くらいの扱いなのかもしれない。


「うん。わかった」


「あっ。私も手伝います」


 僕とミリアは、シャーレと一緒になって、リレー形式で荷下ろしを始める。


「力仕事は殿方にお任せしますわ。それでワタクシの部屋はどこですの?」


「『ユニコーンの間』だよ。もちろん、お前ら三人で一部屋だからな」


「個室じゃありませんの? 会長の娘のワタクシに随分なおもてなしですわね」


「けっ。金の下には誰でも平等ってところが商会の素晴らしいところだぜ」


 ナージャの嫌味っぽい言葉を、シャーレが鼻で笑う。


「仕方ないですわねえ……」


 ナージャは彼女自身の旅行カバンだけを持って、さっさと建物の中に入っていった。


 僕たちは黙々と仕事に徹する。


「これで終わり?」


 大方の荷物が商会の中に運び込まれるのを見届けて、僕は呟く。


「ああ。次のお前らの出番はマニスへの帰路だ。オレたちが商売している間は、基本的に自由行動だが、少なくとも一日一回は連絡を入れろよ」


 シャーレが頷いて言う。


「分かった。じゃあまたよろしく」


「ふうー。お腹が減りましたー。ご飯はタダなんですよね!?」


「おう。王宮の料理人崩れが作るまかないだから美味いぞ。期待しておけ」


「わーい!」


 ミリアは万歳のポーズで商会に駆けこんで行った。


「旅の汚れを落としたいんだけど、どこか水魔法を使えるところはあるかな?」


「そんなことしなくても、今日は従業員用の風呂が使えるぞ。遅くなると湯船が汚れるから早めに入っておけ。毎日沸かす訳じゃないから、機会を逃すともったいない」


「それは助かるよ」


 異世界にきてから、初めてのちゃんした意味での『風呂』だ。


 これは存分に満喫しなくては。

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