第37話 宵越しの金(1)
「ふう! 露店はざっとこんなところですわね」
目ぼしい露店を巡ったナージャは満足げに息を吐き出す。
買い物の途中で行商人から買ったズダ袋は、すでに一杯になっている。
その99・9%はもちろん、ナージャの私物だ。
ちなみに残りの0・1%は、僕がミリアのために買った女神像モチーフの髪飾りである。
純粋にミリアに似合うと思ったということもあるし、さっき仲間外れにされてスネてたから、フォローしなくちゃという下心もある。
(ナージャの買い物はまだまだ終わらないだろうな)
僕は確信する。
だって、ズダ袋はあと二枚残ってるから。
「次はどこに行くんですか?」
「ワタクシ馴染みのセレクトショップを巡りますわ!」
ナージャはウキウキでそう宣言した。
メインストリートにある建物の二階に足を向ける。
「オーナーさん。お久しぶりですわね!」
「あら! ナージャ様! いらっしゃいませ!」
店に入るなり、派手な化粧をした人間の中年女性が、もみ手でやってきた。
この反応を見るに、どうやらナージャはかなりの上客らしい。
店内には、ドレス系の服が所せましと並んでいる。
「そろそろ秋口にかけて着られる、新しいお洋服が欲しいと思っていたところですの。何かよい品はありますかしら?」
「まあまあ! それでしたらぴったりのがございますわよ! さる高貴な御方が婚礼衣装の一つとして仕立てられたお洋服なのですけれど、訳あって、その縁談が破談になってしまわれまして、流れ流れてうちにやってきました、ほとんど新品同然の素晴らしいお品です」
「それは結構ですわね。早速試着させてくださる?」
「はいもちろんです! こちらへどうぞ!」
ナージャが、店主と一緒にいそいそと奥に引っ込んでいく。
ちなみに、この世界においては、中古の服を買うのは普通である。
というか、庶民には中古の服でもなければ高くて手が出ない。
神様の与えるスキルのおかげで、地球の中世よりは社会の生産力は高いようだが、それでもさすがにファストファッションのように服を使い捨てにする現代の先進国のような豊かな社会には程遠かった。
なお、本当の金持ちは、仕立て屋で自分専用の服を作っているので、こういう店には来ないはずだ。
この店は、『そこそこ余裕のある市民』が訪れる店、といった位置付けだろう。
やがて、試着を終えたナージャが店の奥から戻ってくる。
「ふふふ、どうです。美しいワタクシにぴったりじゃありませんこと?」
豪華な刺繍の入った純白のドレスを身にまとったナージャが、ドレープに風を孕ませて優雅に一回転する。
その笑顔は無邪気で、父親からお気に入りの人形を買ってもらった少女のような純粋な喜びに溢れていた。
ナージャに貢いできた男たちは、きっとこの笑顔にやられてしまったのだろう。
物欲をひけらかすことに迷いのない彼女には、感情の表現にもまた、
「ええ。ええ。それはもう王妃様のようで」
オーナーの女性がそう追従を述べる。
「ですわよね!? でも、せっかくだから殿方の意見もうかがいたいですわ!」
そこでナージャは僕に水を向けた。
「そうですね。胸元の満開の花々の刺繍だけではくどくなりがちですが、背中の方の散り行く薔薇の花の物寂しさがアクセントになって、すっきりまとまっていると思います」
同時に、すぐ汚れたりほつれたりしそうで長くは着られなさそうだなあ、とも思ったのだけれど、余計なことは言わないでおく。
質問形式をとっていても、ナージャの中ではもう買うことは確定しているみたいなので、どうせだったら気持ちよく買い物してもらいたい。
「ですわよね! オーナー! これをくださいまし!」
「はい! お買い上げありがとうございます! ところで、このドレスにはお帽子の方もセットとなっているのですが……」
「もちろんそれも頂きますわ! はい。こちらがお代です!」
ポテトと一緒にドリンクはいかがですか、的な軽いノリで勧められた帽子に、ナージャは大枚を
「ナージャ様、ファッションは足下からと申します。このドレスと一緒に仕入れさせて頂いたヒールがございまして……」
「そちらは結構ですわ。そのヒール、ドレスや帽子とは別の服飾工房が手掛けているでしょう。悪くない品ですけど、製作者はドレスのコンセプトを理解していませんわね。合いません」
と、思ったら、締めるところは締めるらしい。
まあ、そうだよな。言われるものを片っ端から買っているようじゃただのカモだし。
審美眼があってこそ、『違い』の分かる上客という訳だ。
「御見それしました。ただ今商品をお包みしますね」
オーナーはへこへこしながら、風呂敷のような布でドレスを梱包する。
持つのはもちろん僕だ。
「さあ! 次はこのドレスに合う靴を探しますわよ!」
ナージャは、その後も全くテンションの落ちることなくショッピングを続けた。
靴屋、アクセサリーショップ、
どれも、知る人ぞ知る店といった雰囲気で、その全てでナージャは上客扱いされていた。
さすがは収入のほとんどを享楽に費やす遊び人だけはある。
僕としても、これからの人付き合いにおいて、こういう『使える』店を知っておいて損はないだろう。
今日は、金銭的にはタダ働きだが、インターネットもないこの世界では、情報に価値がある。
自分が足で稼いだ情報を惜しげもなく与えるという意味では、ナージャは決してケチではない。
「そろそろ日も暮れて参りましたわね。今日はこれくらいにしておきましょうか」
僕たちの影が長くなるほどの時刻になって、ナージャはぽつりと呟く。
「わかりました」
僕のズダ袋も、二袋半がいっぱいになってもう限界だ。
「それにしてもタクマ。今日は偉かったですわね。そこらの男だと、『女の買い物は長くて付き合ってらんねえ』っていう気持ちが言葉か態度に出がちですけれど、あなたは最後までワタクシに対して誠実でした。紳士として合格ですわ」
ナージャはそう言って、僕の頭を撫でてくる。
上から目線だが、一応褒められているらしい。
「前も言った通り、僕には目に映るもの全てが新鮮なんですよ。それに、僕に限らず、美人が綺麗な服を着ているのを見るのが嫌な男なんていないと思いますけど」
僕は小首を傾げた。
「……タクマ。あなた、その内、女性に刺されますわよ」
ナージャは一瞬頬をひくつかせてから、呆れと感心の入り混じったような声で呟いた。
「ええ……僕そんなに失礼なことを言いましたか?」
「無自覚ですのね――まあいいですわ。さすがのワタクシもこのまま返したら、申し訳ないですから、今日一日付き合ってくださったお礼に、あなたの行きたい場所に一件だけ付き合って差し上げますわよ」
ナージャはそう言って僕に微笑みかける。
「あ、それじゃあ、日常で着られるような手頃で丈夫な服を売っている店を教えてもらえませんか? テルマに買って帰りたいんです」
テルマさんは借金した時に、服もほとんど売ってしまったらしく、ほとんど一張羅で過ごしている。
なので、洗濯をしてその服を干している時などは、彼女は下着だけの状態となり、僕としては非常に目のやり場に困るのだ。
テルマさんは、僕が借金から棒引きする形で好きな服を用意するように言っても、遠慮して買ってこないので、いっそのこと僕の方からプレゼントしてしまおうという訳である。
「ドワーフの娘にも髪飾りを買ってましたし、さすが『女殺』さんはマメですわね。良いですわ。ついていらっしゃい!」
自信ありげに先導するナージャの後ろに、僕はサンタクロースのようにズダ袋を担いだまま従った。
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